分かれ道の先で 2/6
「うおっ! 本当に起きてたのか」
完全に素のリアクションを見せるオッサンだが、内心私の事をバカにしているんだろう。
まんまと引っかかってしまったが、どうせ文字通り手も足も出ないし、まあ寝たふりしてても大して変わらないだろうが。
「とぼけやがって……っと」
変わらないついでに、芋虫みたいに無様な動きで身体の向きを変えて、私は運転手のオッサンの方を向いた。
オッサンは顔的に見た感じ50辺りで、わずかに薄くなっている頭に、大分白が混じっていた。
体格的にはごっつい方の部類だが、表情はかなり朗らかな方で、同業者特有の血の臭いは大分薄い。
……となると、さしずめ『配達屋』辺りか。
大方、チンピラ共が仲間割れでもして共倒れしたところで、棚ぼた的に私を見つけたんだろう。
一部の例外(蜂須賀理恵)とかを除いて、『配達屋』は大体そこまで人殺しは上手くない。
「オメー、用心棒にしちゃ全然厳つくねえな? 精々ちんけな『配達屋』風情ってところか?」
その辺を見極めるために、小馬鹿にした調子でオッサンを煽った。すると、
「おお、流石二つ名持ちだ。一目で分かっちゃうか。その通り、俺はしがない冴えない所帯もない、三拍子揃ったしょぼい51の『配達屋』・久佐周平さ!」
全くと言って良いほど意に介さず、自虐的な事を吐いてがっはっは、と無駄に元気に笑ってあしらわれた。
「ご丁寧にどーも」
しかしまあ、よく喋るオッサンだ。
「そりゃ、一方的に君の名前を知っている状態の上に、用心のためとは言えそんな格好させてるんだ。まあ、このくらいはね?」
「で、私をどうするつもりだ。高く買ってくれるアテでもあんのか?」
ほっといたらいつまでも話しそうなので、隙を見てそんな質問を投げかけた。
「それとも何か? 解放の交換条件で一発やろうって魂胆――」
「こらこらこら。そういうこと言うもんじゃないよ。いつ死ぬか分からないって言っても、もっと自分の身体を大事しなきゃ」
追加でそっち方面に誘うような言い方をしたら、普通に至極まっとうな注意をされた。
調子狂うな……。
「……それか殺し屋ってのは、そういう事が必要になったりするのかい?」
さらに注意どころか、かなり深刻な感じで心配までされてしまった。
「人によりけりだ。一応、そうしねえといけねえ事もある、って覚悟はしてるが」
「……辞めたい、とは?」
「私みてえなのは、お前とかみてえなのと違って、ここに居るしかねえんだよ。別の道なんか、実質無えみてえなもんなんだよ」
ルームミラー越しに、同情の混じりの目線を向けられるのが、無性に勘に障った。
「申し訳ない。嫌なこと訊いたね」
「うっせえ黙れ。……余計惨めな気になる」
神妙に謝ってきたオッサンに、今の多分ひでえ事になってる顔を見せたくなくて、私はまた元のように後ろを向いた。
「あーそれで、君をどうするかだが、君の雇い主と連絡取って、蜂須賀、という『配達屋』に回収して貰う手はずになってるから安心して欲しい」
空気を重苦しくしてしまった事を気にしてか、オッサンはさっきより声を抑えて、私の質問に答えた。
「そうか。……って、蜂須賀かよ! うげ……」
多分、あのデカブツジャージが断ったんだな……。
「それはありがてえが、アレが来る前にほどいてくれよ? 何されるか分かったもんじゃねえ」
「なんだね、その猛獣でも相手にするような話し方」
「よく分かんねえけど、アレに気に入られてんだよ私」
「ああ。これは詮索しない方が良さそうだね?」
「正解だ」
「明日仕事があるなら蜂須賀とは寝るな、ってのは本当だったのか……」
オッサンの半分独り言を聞くに、どうやらあの精力オバケのアレさは、同業者の間でも有名らしい。
何やってんだアイツは……。
「聞くところによると、最近はかなりセーブしてるらしいし、そこまで怯えなくて大丈夫じゃあないのか?」
「どうだか。あの変態性欲魔人が我慢出来るた思えねえが。――ぐえっ」
いい加減、陸揚げされたマグロみたいな格好もキツくなってきたから、半身を起こそうとしたけど、腹の辺りをグイッと圧迫されて出来なかった。
どうやら、床にリードかなんかで繋がれているらしい。
「あ、ごめんな。それも用心のためでな」
「どんだけ用心深いんだよ……」
チャカがなければ雑魚に毛が生えた程度だぞ私。まあ、実際持ってんだから、正解の対応なんだが。
まあ、それはそれとしてだ。
「で、回収地点まではどのくらいなんだ?」
いつまでもこんなマヌケな格好はご免なので、せめて時間ぐらいは訊いておきたい。
「うーん、あと1時間ぐらいかな? それ以上はかからないはず」
「そうか、結構走るな……」
「結構遠い場所だからね」
「あん? そんなに面倒な連中なのか、あのチンピラ共」
ただの引き渡しなら、多少人目につかなければ割とどこでも良いはずだが。
「正解。連中は『地下』の下っ端だ」
「おいおい、面倒くさいの代名詞じゃねーか」
蜂須賀の何倍も相手にしたくない連中の名前に、私は思いきり顔をしかめた。
『地下』は『情報屋』の影響力が届かない、まあ簡単に言えば死ぬほど厄介な敵対組織だ。
1人殺すのに雑兵程度の連中を10人ぐらい投入してくるわ、仕留めるまで延々と追い回してくるわ、兵隊の倫理観がイかれてる事も多いわ、というのが特徴だ。
まあ、面倒くさいだけのハエの大軍、という意味での「厄介」だが。
「良く関わろうと思ったな。オッサン」
「君の雇い主からたっぷり謝礼金貰おうと思ってね」
「もしかしてふっかけたんじゃねえだろうな?」
んな生き方してると長生きできねぇぞ、と言うと、
「そこまで怖い物知らずじゃないさ」
と、無駄に爽やかな声でそう嘯きやがった。




