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殺し屋の本分 3/3

「手を挙げてこっちを向け」


 ヘルメットを手にゆっくり振り返ると、そこに居たのは、件の指名手配犯共と同じ刺青を頬に入れている、がっしりした体格の男だった。


 ……1人だけ、別行動してたのか。


「武器をよこせ。全部だ」


 男にまんまと拳銃を奪われた私は、相棒でない方の9ミリを背中に押し当てられながら、裏路地の暗い道を歩かされる。


 10分程そのまま歩かされ、随分前に空き家になったのか、庭が荒れ放題になっている古い家に連れ込まれた。


「おいテメエ。私を拷問したところで、あのガキの行き先は知ら――げふッ!」


 銃を私に突きつけたまま、玄関の鍵を閉めた男から、全部言い切る前に腹を思い切り殴られた。

 ふらつきながらも堪えたが、それから何発もボディーブローを喰らわされて、耐えきれなくなった私はその場に崩れ落ちた。


「そんなことはもうどうでも良い」


 男は下品な笑みを浮かべてそう言うと、荒い呼吸をする私を引きずって、生活の痕跡があるキッチンへやってきた。どうやら、連中はここに潜伏していたらしい。


 そこのある備え付けテーブルの金属製の脚に、手錠を使って私の両腕を固定して太股の上に座られた。


 ああ、またか……。


 こうされてしまうと、私は殺し屋でも何でも無い、ただの哀れな女でしかない。


 完全に自分の支配下に置いた私をなめ回す様に眺める男は、私のライダースーツのファスナーをへその辺りまで下ろして、スポーツブラに包まれた胸をはだけさせてきた。


「へへっ。こりゃ上物だ」

「……ッ」


 それをナイフで切り裂くと、丸出しになった私の無駄にデカい乳をまさぐりだす。


「ん……ッ。あ……っ」

「やけにしおらしいじゃないか。こうされるのが好きなのか?」

「違……、う……。ん……ッ、ふ……」


 そんな訳ねえだろ。


 私は思考と感覚を分離させて、その行為と言葉に精神をやられないようにする。


 だけど悔しいことに、生理的な反応はどうにもならず、股間が湿っぽくなって行くのを感じた。


「は、あ……ッ」

「そろそろ()()()かな」


 散々人の乳をいじり回した男は、興奮してフーフー言いながら、ファスナーをへそより下に下げようとする。


 だが、ホルスターのベルトに引っかかって、それ以上下げられなくなった。

 舌打ちをした男は、その引っ張るタイプのバックルに手をかけて引いた。すると、


「ん? 針?」


 そこから針が発射されて、男の顎の下に刺さった。その数秒後、男はナイフを取り落として仰向けに倒れ込んだ。


 実はこのバックル、こういう手も足も出せない状況での悪あがき用に、強力な麻酔針を発射できる様に仕込みがしてある。

 さっきうずくまったときに、私はこっそり安全装置をはずしていた。


 危機を脱した私は、いつもの様に手首に仕込んだ糸鋸(いとのこ)で手錠を外し、男の下敷きになっている足を引き抜いた。


 雑に放置されている銃を拾い上げて、あるべき所に戻してから、男をその辺にあった電源コードで縛りあげた。


 それで少し余裕が出た私の脳裏に、針を外してしまって、めちゃくちゃにされている自分の姿がよぎった。

 バックルの仕掛けは、天才の文が作ったとはいえ、構造上、あんまり命中率が良くないので、そうなっていた可能性は十二分にあった。


 ああ、上手く行って良かった……。


 元『主人』のあの男に犯されたときの記憶がフラッシュバックして、私は自分の身体を抱いてしばらく震えていた。


 少しして気が落ち着いた私は、建物の外に出て、もう一度例の変態刑事に電話をかける。


「おやおや? 気が変わっ――」

淫行(いんこう)で捕まれ。それか12回ぐらい死ね」

「はっはー、つれないなあ」

「うるせえ。テメエに仕事以外で電話するかよ。もう1人手配犯捕まえたから取りに来い」

「なーんだ。つまんないなあ」

「さっきもだが、お前の手柄になるんだから喜べよ」

「えー、帆花ちゃんの方が――」

「うるせえ死ね。このクソ野郎」

「……帆花ちゃん、なんかあった?」

「……言いたくねえ。場所送るからとっとと来い」


 私の話し方に何かを感じ取ったのか、杉野の声色が真面目な感じになった。

 だが、コイツからそういう風に心配されるのは(しゃく)なので、私はそう言ってさっさと電話を切った。


「帆花君大丈夫ー?」

「ご無事でー?」


 そのタイミングで、私に何かあったと思ったらしく、武装した文と緒方姉が駆けつけてきた。


「この通りだ。多少痛い目にはあったがな」

「あー良かったあ……。君が殺されてたらどうしようかと……」

「……文、お前はヘリでも()としにきたのか?」


 動揺していたのか、人が無くなる威力の重火器を担いでいる文に、私は呆れてそう言った。



                    *



 文が乗ってきた、ガレージにあった『情報屋』の軽トラックに続いて走って、私は事務所に帰った。


 即行でライダースーツを脱いで、念入りにシャワーを浴びた私は、自分の部屋でベッドに背を預けて並んで座り、文と温め直したピザを食いながら、特番の音楽番組をボンヤリと見ていた。


「こんなに甘えて来るなんて、今日のは流石(さすが)の君でも堪えたかい?」

「ああ……。綱渡りも良い所だったからな」


 どうにも気持ちが落ち着かなくて、私は文に身体を密着させている。背中に回されたその腕の暖かさで大分気持ちが楽にはなったが。


「それにしても、ああいう子のために身体張るなんて、君って本当に人が良いよね」


 嫌味(いやみ)とかじゃ無くてさ、と言って、文は微笑(ほほえ)みを浮かべながらそう言ってきた。


「私みてえなのを増やしたく無かっただけだよ。あんなヤツでも、死んだら寝覚めが悪いしな」


 人殺しとしてのクソみたいな死にザマ(さら)すヤツなんざ、少ないに超したことは無い。


 ――特にああいう根っこでは素直なヤツは、そのまま生きてるべきだ。


「君は本当に素直じゃ無いんだから」


 心を読んだみたいに、生暖かい目で文にそう言われ、


「うっせ」


 私はプイ、とちょっと熱くなった顔を逸らして、短くそう言った。

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