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ここは貴方の店になりました?

「書店の主人?」


「先程も述べましたがその書物は契約書です。契約が締結し、ここは貴方の店になりました」


「……」


「故に貴方の許可がなければ、どんな魔物でも踏み込むことができなくなったのです」


したり顔で黒い毛玉が説明を始めだした。


「ほう……?」


話に耳を傾けながら、どうも喉が渇いているのに気がついた。

どこかに腰を落ち着かせ、熱い紅茶を飲みたくなったが生憎、望みを叶えるのは難しそうだ。

床はあまりにも汚れていたし、台所も茶葉もどこにも見当たらない。


思案の末、書物を開いてみる。


《注文の章》

《汝、資金の許す限り所望されたし》

《残り9,700G》


念じ、二度指を払ってみた。


≪質のいい安楽椅子3,000G≫

≪美味しい紅茶入りティーポット&カップ2,000G≫

≪残金4,700G≫


果たして望み通りの文字が現れるのと同時に、足元にずずずと何かが現れる。


脚が橇状になった座り心地の良さそうな椅子と、差し口から蒸気を燻らせた陶器製の茶器だった。

これで一先ずティータイムと洒落込むことができそうだ。


「あの……何か勝手に出してません?」


「いや気にしないで続けて欲しい」


「ええとですね。要するにですね」


黒猫は人間がするように首を左右に小さく振りながら、説明を続ける。


「貴方は今のように、契約書が与える幾つかの権利(まじゅつ)を行使できるようになりました」


「成程」


「ただ同時に、貴方は義務を背負うことにもなったのです」


「義務とは?」


「この地下迷宮で書物を売り、それで得た収入の一部を還元するという義務です」


「……ふむ」


僕はティーカップに口を浸け、ゆっくりとのどを潤した。


初めて口にした味だ。

柑橘系の果実を思わせる爽やかなそれでいてどこか薔薇を思わせる風味があった。


悪くない。

茶葉はふんだんに使われていたし、じっくりと蒸らしてある。即席にしては良い仕事をしている。


これまでさほど関心もなく、縁のない生活を送っていたが、こうしてみると魔術は案外便利かもしれない。


「あの……お話、聞いてます?」


「全然」


実際には黒い毛玉の説明は、半分も耳に届いていない。

ただ取り敢えず面倒に巻き込まれてしまったのは確かなようで、「困ったことになったな」と独りごちながら、僕は暫し寛ぐことにした。


「聞いて下さい。要は貴方はここで働く事になったんです」


「ふむ」


事情があり僕は現在、無職だった。

実は仕事を斡旋して貰えるという点では非常に有難い話ではある。


「待遇は保証します。売り上げの殆どは貴方の取り分です。休日も勤務時間も貴方の裁量次第です」


「ええとひとつだけ職場環境に問題があるんだけど」


「はて?」


「僕は死ぬほど地下迷宮が大嫌いなんだ」


魔物や罠やらも問題だがそれ以上に、埃っぽかったり、黴臭かったり、日が差さないような環境が問題だ。僕は汚いモノや場所を何より嫌悪している。あまり長い時間、不衛生にさらされるとアレルギーが出るくらいだ。


「慣れろ」


黒猫は率直すぎる言葉で告げてくる。


「残念ですが拒否権はありません。契約書に血判を頂いてしまいました」


「踏み倒すという手もあるんじゃないかな」


魔導書(それ)はもはや貴方の身体の一部。第二の心臓です。故に契約違反は自傷行為を意味します。万が一にでも履行されない場合、恐ろしい罰則ペナルティが課せられる事になります」


「罰則とは具体的に何だろう?」


「最悪の場合、魂を失います」


魔術は本物。

嘘ではないのだろう。


「いや成る程、よく分かった。命が惜しいから引き受けよう」


「意外なくらい物分かりがいいですね」


仕方がない。

いずれなんとかするつもりだが、やるからには誠心誠意やらせて貰おう。たかだか本を売るだけだ。楽な仕事じゃないか。環境以外は問題ない。


「地下迷宮はそんなにお嫌いですか」


「大嫌いだね。見なよ。埃が酷いし、瓦礫も、塵も散らかり放題だ」


言っていて、思いついたというか何よりも大事な事に気付いた。


「……ふむ。店を始めるにあたってすべきことがあるね」


「何ですか?」


「掃除だよ」

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