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晴れて御主人様となりましたか?

「では欲しいものを念じながら、空白部分を指でなぞりましょう」


「ただなぞればいいのかな?」


「いいえ。取引台と陳列台が欲しいと心の底から願いながらなぞるのです」


「別に欲しくないんだけど?」


「得られなければ死あるのみと知って下さい」


「成程」


渋々言う通りにすると、血で滲む人差し指が通り過ぎた部分に赤い文字が浮かんだ。


《取引台 120G》

《陳列台 180G》

《残金 9,700G》


同時にずずずずと部屋の中央から何かがせり上がってくる。

それは誰がどう見ても木製の頑丈そうな長机と硝子箱の付いた台だった。


「……」


正直、自分が何をしているのかも、何が起きているのか分からなかった。

ただその説明をいちいちを黒猫に求めている暇はないようだ。


「ええと次は何だったかな」


「商品です」


「そうそう商品」


「貴方が売りたいと思ったものなら、武器だろうが薬、食べ物だろうが何でも構いません」


「急にそう言われても困るんだけどね」


「まだ一行程残っていますから、犬の餌になりたくなければ、さっさと決めて下さいね」


突然、扉から巨大な牙が生えた。バリバリという音と共に、腐りかけた木製板が易々と食い破られ、ダラダラと涎を垂らした恐ろしげなあぎとが出現する。


察するに連中は、相当腹が減っているようだ。何匹もの鼻先が争うように侵入を試みようとするせいで、逆にもたついていた。


死がそこに迫っていた。黄色く汚れた巨大な牙がそれを告げていた。冗談でも、比喩でも、暗喩でも、婉曲表現でもなく、紛れも無い死がそこにあるの実感された。


「……何でも良いんだよね」


「何でも構いませんよ」


僕は適当なモノを思い浮かべ、本の空白を指で払った。

念じた通りの品名が書物に記述され、陳列台の硝子内部ですとんと何かが落ちる音がする。


「これでお店が出来上がりました」


「次。最後はどうすればいい?」


「それでは仕上げです。設備の章から床の設定へと頁を進んでみて下さい」


何を言っているのか分からなかったが、書物が再び捲れあがる。

中ごろの頁が開き、やはり白紙にじわじわと言葉が生まれていく。


《設備の章ーー》《床の設定ーー》

《魔物(許可)ーー》《冒険者(許可)ーー》《その他(詳細設定)ーー》


「魔物の欄にある(許可)を(禁止)に変更しましょう。それでこの部屋に二度と魔物が入ってくることはありません」


「魔物の記述を、禁止にすればいいんだね?」


「はい」


飲み込みは良い方だ。

念じつつ、魔物という文字を指の腹で撫でると、予想通り《魔物(禁止)》と変化した。


「できたよ」


「以上で、終了です」


黒猫がそう宣言したが、何も起きはしなかった。


代わりに壊れた扉から他を押しのけて一匹が入り込んできてしまう。

灰色の毛並みをした巨躯の犬だ。見上げる程もあるその圧倒的な存在がぐるぐるると喉を鳴らしながら、のっそりとこちらに近づいてこようとしていた。


「おい、ちょっ、どうなっているわけ? 何も起きないんだけど?」


「暫しお待ち下さい」


所詮は猫畜生だったのかも。

他に手段がないからと、獣の妄言に頼った自分が愚かだったというわけか。ここは大人しく諦めて、この地下迷宮の食物連鎖に取り込まれるべきか。


「できるなら汚れるのは嫌なので、一飲みにして殺して下さい。いやそれも唾液で汚れるし胃袋が臭そうなので嫌だやはり死にたくないです。お願いしますお願いします」


「完了です」


「……?」


目の前の灰狼の様子がおかしかった。

近づいて来ようとしない。

それどころかまるで恐ろしい何かに遭遇したように怯え震えていた。そしてジリジリと後退し、ばっと身を翻し扉から飛び出して行った。


他の狼たちの気配も消えている。

食いちぎられた扉の向こう、部屋の外、暗がりの向こうに目を凝らすと、遠ざかっていく尻尾たちは見えた。

腹ペコだったはず灰狼たちは何故、立ち去ってしまったのだろう。


「助かったのか……? 何が起きたのか一向にわからんのだけども」


「契約が更新されたのです」


「契約?」


「おめでとうございます。貴方は晴れてこの書店と私の御主人様オーナーとなったのです」


そこに黒猫の姿はなかった。

代わりに少女がいた。

趣味的かつ奇抜な装いだ。黒一色でフリルのたくさんついた趣味的なのドレス姿をしており、必要もないのに何故か蝙蝠傘を差し、頭部には三角の耳を模したヘッドドレスと小さなシルクハット、更にはスカートから尻尾のようなものを垂らしている。


「宜しくお願いします御主人様」


「……」


気づいたら地下迷宮にいて、喋る猫に話しかけられて、巨大な犬に襲われて、おかしな書物と怪しげな契約とやらを交わした。

そしてこの怒涛のように続いたよく分からない一連の事態の留めのような出来事として、見知らぬ少女がいる。


それに対して、僕が辛うじてできたコメントが以下の通りだったのは許して頂きたい。


「……は?」



これが全ての始まり、これが黒猫ケットシーとの出会い、そして蝋燭堂書店ろうそくどうしょてん)を手に入れた経緯だった。

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