書店経営はとても楽ですか?
「次に同じことをしたら小鬼の餌にしますよ?」
「「「本当にすいませんでしたーっ!」」」
冒険者たちが横一列になってぴっと背筋を伸ばし、深々と頭を下げてくる。
彼らは半裸姿だ。
無論、剣から鎧、ローブに至るまでの装備品を商品代にさせたからである。
故に手荷物はほぼ書物のみ。
説教もたっぷりと喰らわせたので、少なくとも今この瞬間だけは猛省しているだろう。
性根を入れ替えて真面目に冒険者して欲しいものだ。
「ではさっさとお引き取り下さい」
しっしと追い払う。
冒険者たちは「「「失礼しましたーっ!」」」と地下迷宮の奥深くへと消えていった。
「はあ……書店経営も楽ではないな」
武器を奪ってしまったが、まあ死ぬことはないだろう。
何故なら彼らが購入していった書物のなかには地上までの安全なルートが掲載されている地図も含まれている。
僕のなんと親切な事か。
「あーあ、生かしちゃっていいんですかあ?」
嘲り笑うように声をかけてきたのは同居人だ。
振り返ると、彼女はカウンターの上に寝そべってあくびを噛み殺していた。
「ああいう連中はまたやりますよお? ひょっとすると復讐にくるかもしれませんねえ」
「僕に殺せと?」
「当然じゃないですか。その方が手取り早いし、利益もはるかに増えますもの」
「趣味じゃない。血や臓物であちこちが汚れるくらいなら買取させた方が百倍マシだ」
「甘いですねえ。大甘ですねえアンデルセンさん」
「……無駄口をきく暇があるなら会計処理を済ませたらどうだね?」
僕は苛立ち紛れにカウンターの上に餌皿を置いた。
それから嫌がらせのつもりで冒険者たちに支払わせた代金やら装備品やらをいっぺんに積んでやる。
だが彼女は気にした様子もなく、まるで欠伸するように大口を天井に向けると――ばくん。目の前にあった何から何まで一式を一口で喰らった。
「いやあ美味しい。美味しいなあ」
ごりごりばりばりじゃくじゃく。
耳障りな音を立てながら咀嚼すると、難なく飲み下してしまう。
相変わらず品がない上に、気味の悪い食事風景である。
「お金って実に美味ですねえ。人間たちが執着するのもわかります」
「御託はいいよ。いくら貯まったんだい?」
「うーん、ざっと五千ゴールドってところですねえ」
同居人は目を瞑り、腹を撫でながら何かを推しはかるようにして告げてくる。
彼女が平らげた金品や装備品は、胃袋のなかで換金され、店の資金として貯蓄される。
どうしてそうなるのかという仕組みは知らないし、悍ましいので理解したくもないが、事実そうなる。
「何か購入されるのですか?」
「手狭になってきたから在庫置き場が欲しい」
「ふむ部屋の増設は二万ゴールドかかりましたね。売り場の拡張だけならタイル一枚につき三千で可能です」
「売り場はこのままだ。拡張すれば戦闘禁止区域も広げる必要が出てくる」
「だから殺しちゃえば良かったのに。殺しちゃえばお金になったのに。血とか心臓って良い値段になるんですよう」
「この手を汚すのは趣味ではないと言ってるよね」
「はいはいご主人様」
「……今日はもう店を閉めるよ。市場にめぼしい品がないかだけ確認する」
「あいさー」
《蝋燭堂》の表札を取り外し、扉を施錠した。
これでもう冒険者が訪れることはできない。
そして次に扉を開いたとき、その先は別の階層の別の場所になる。
厄介なことに何処に繋がるのかを店主である僕にも指定できない。
すべては店の気分次第。
扉を開けたら溶岩地帯だったり、水が流れ込んできて水没しかけたり、魔物の棲家だったり、なんてのはざら。天気と一緒だ。
ただはっきりと言えるのは、決して地下迷宮の外――地上には通じないという事。
「はあ……僕は何時になったら帰れるんだろうな」
僕はやるせない気分で、カウンターのサンドイッチをもそもそ食べる。
何故こんな事になったのか。
僕は書店の経営なんかに興味はなく、ましてや地下迷宮なという野蛮で不衛生極まりない場所とは無縁の生活を送っていたはずだ。
すべての不幸の始まりは、僕を「御主人様」と呼ぶ喋る黒猫との出会いからだった……。