真相
午前6時。玲二は駅前のコーヒーショップで一人煙草をくゆらせていた。昨晩の出来事が思い返される。
「夢じゃなかったんだよな?」
浴室の悪霊が消滅するのを確認すると、悠子は部屋の奥に向かい残っていた霊たちを一人残らずCOLT45対霊モデルで打ち尽くした。一連の余韻が抜けない玲二は、そのあまりに淡々とした振る舞いに言葉が出なかったが、すべての霊が消滅すると部屋の電気が灯り、対霊バロサンを焚く前のホテルの一室へと戻った。
「じゃあお疲れ相馬さん。はい」
悠子が玲二に手を差し出す。
釣られて玲二も手を出し、二人は戦いの後の握手をかわす。
「そうじゃなくて、お金」
「え?」
「だから居酒屋で建て替た」
「ああ」
まさかこのタイミングで請求されるとは思わなかったが、玲二は仕方なく荷物の中から財布を取り出すと、200円を悠子に渡した。――ていうかここまで協力したのに払うのか?
「確かに。それじゃあ本当にお疲れさま。良かったね、ホテル代無駄にならなくて」
と、言い残し、悠子は部屋から去っていった。
残された玲二はというと、いくら目の前で霊が消滅したのを確認したからといって、ここで眠る気にはなれず、荷物をまとめるとそそくさと部屋から出て行った。
その後、深夜営業のファミレスで軽食を取り、今に至る。
――確かに俺は非日常感を求めてホテルに泊まっていたが、昨晩のは度が過ぎた。
しばらくはホテル泊まりもこりごりといったところだ。
「しかし、何かひっかかるんだよな」
煙を吐きながら玲二はつぶやく。そう、一連の怪奇現象で腑に落ちない何かを玲二は感じていた。まあ悪霊ハンター含め合理的に解釈できるものでもないのだが。
アイスコーヒーに口をつけ、玲二はスマートフォンで検索サイトを開いた。
「こんにちは相馬さん。昨日の今日でまた会うとは思わなかったわ」
午前11時。錦糸町駅前のコーヒーショップに玲二は悠子を呼んだ。昨晩二人でTホテルへ向かう途中、玲二は携帯電話の使い方を教えてほしいと言う悠子の頼みを聞いたついでに、一応、連絡先を聞いておいたのだ。自分の身に何か起きたら訴えてやろという腹積もりだったが。
「こんにちは。いきなり呼びだしてごめんね、上杉さん」
「別に構わないけど。相馬さん、もしかしてあの後寝てないの?くま、ひどいわよ」
「ああ、まあね」
結局玲二は一睡もせず、6時からこのコーヒーショップに今までいた。そういえば悠子はミリタリールックではなくTシャツにジーパンという、まあ大学生らしい恰好をしている(女子でそれはいいのかという問題は別だ)。
「上杉さんを呼び出したのは他でもない、昨晩のTホテルについてとんでもない事実が判明したんですよ」
「Tホテルといえばね、あの後依頼主に任務完了の連絡をしたんだけど、事実確認できたら私の口座に50万円振り込んでくれるって!」
「あ、そうなの。って50万!?」
「そうよ」
――確か昨晩のあれって1時間もかからなかったよな。すごいな……俺の手取り三カ月分が一晩で……。
「でも仮にだよ、場合によっては悪霊に呪われて?死ぬかもしれなかったんでしょ。そう考えると50万は安い気が……」
「あんな雑魚に私は負けないわよ」
「いやそういう問題じゃなくて。というか事実確認ってどうするつもりなんだろう」
「そこは私も気になったからね。聞いてみたんだけど、一カ月間スタッフで405号室に泊まってみて、妙なことが起きないのか検証してみるみたいよ。まああの部屋の霊は私が一人残らず始末したから安心ね」
「確かに合理的だな。」
玲二は感心した。
「じゃなくて!Tホテルの真実だよ」
「真実ぅ?」
悠子はあまり関心を持っていないようだ。
「せっかく来てくれたんだし聞いてよ!あの後僕は何かが引っかかってたんだけどね、それがどうしてもわからなくてとりあえずネットでTホテルについて調べてみたんだよ」
玲二は続ける。
「でいろいろ調べていくうちに違和感の正体に気付いたんだ」
「何だったの?」
「それはね、405号室に4人以上の霊がいたってこと」
「4人以上?確かに壁から手足がたくさん生えてたわね。でもあれは人って単位でいいのかしら?」
と、悠子にしては常識的な疑問を述べる。
「まあまあ。それで僕は1つの仮説を立てたんだ」
「仮説?」
「うん、それはね、405号室では4人の自殺者が出たって世間で騒がれたけど、本当はもっとたくさん死んでいるんじゃないか?ってこと」
「なるほど」
玲二はさらに続ける。
「仮説を立てたら、次に僕は、Tホテル 錦糸町 自殺、や、Tホテル 錦糸町 死者、などの検索をかけていったんだ」
「IT的な話はついていけない……」
「ごめんごめん。とにかくあらゆる情報に目を通してみたわけ。そしたらね、もう出るわ出るわ。大々的に報道されていないだけで、あの部屋ではたくさんの自殺者がでていたんだ。それこそ警察の捜査も入るくらいにね。なにせ僕がネットで見つけたものだけでも14件もの自殺があったとわかったからね」
悠子も内容を理解した。
「でも、だとしたらそれこそ週刊誌なんかは黙ってないんじゃない?警察も来たんでしょ?マスコミが知らないはずないわ」
「ここからは僕の推論なんだけど、多分Tホテルが口止めに結構な金を使ったんじゃないかな?マスコミだったら大手さえ口止めしちぇえば、たとえ世間に事実が公表されても騒ぎにはならない」
そんなものかしら?と悠子が思っているのを見て、
「例えば表紙に品のない言葉ばかり並べてる雑誌ってたくさんあるでしょ?そういうの読んでいる人って結構限られてるから、そういう人たちの間ではもしかして有名な話だったのかもしれないけど、まぁ普通の人は信じないよね」
と、玲二は説明した。悠子も仕事(もちろん悪霊ハントだ)の都合上雑誌は良く目にするのだが、いわゆるピンク系の記事には辟易していたため、納得のできる言い分ではあった。
「でも大手の出版社っていっても軽く2ケタはあるわよ。ふつうそこまでするかしら?」
「確かにね。でもTホテル錦糸町店は春にリニューアルをしているんだよ。つまり多額の金を錦糸町店にかけていたんだ。だから踏ん切りがつかなくなって、部屋の表札だけ変えるなんて荒治療でごまかしたり、仮説だけど口止めの金をばらまいたんじゃないかな」
「確かに、私にも50万くれるって言ってるしね」
「うん。さっきの上杉さんの話を聞いて確信に変わったよ。それに14件って自殺の数もきっと氷山の一角……。つまり、Tホテルはとんでもない悪徳ホテルだったってことだよ!」
玲二は強く言い切った。
「なるほどね……。で、おしまいかしら?」
「え、うん……。そうだけど……」
「……」
「だってさ、自社の不祥事を金の力でもみ消してるんだよ!いいの上杉さん!?正義の悪霊ハンターが悪に利用されて!」
「別に構わないけど……」
「ええっ!」
驚く玲二を横目に悠子は言う。
「確かにあの部屋で多くの人たちが不慮の死を遂げたのは気の毒だと思うわ。でもそれはTホテルのせいではないんじゃないかしら?」
「それは、そうだけど……」
「悪いのは初めに自殺して悪霊となった女よ。あの場を見たからわかると思うけど他の霊たちは何もしてこなかったでしょ?14件の自殺もおそらくすべてあいつが招いたものよ」
悠子は続ける。
「しいては女を自殺に追い込んだ社会が悪い!誰が正義で誰が悪かなんてのは視点一つで360度変わるものよ!」
「た、確かに」
「社会の歪が生み出した悪霊……。私は一人残らず成敗する!この悪霊ハンター悠子が!」
「おお!」
あまりの勢いに玲二は思わず拍手した。
「それにしてもよくここまで調べたものね。私が言うのもあれだけどふつうあんな目にあったらもう関わりたくないと思うものじゃないかしら?」
「僕もそうだとは思うけど……。一度気になったらとことん調べるたちでね。小さいころから推理小説が好きで、探偵にも憧れてて」
照れながら玲二は言う。
「ふふ、気に入ったわ!どう?私と組まない?あなたの探求力があれば私はもっと上にいける気がするの!」
「組むっていうとまた昨日みたいに!?」
「うん!どうかしら?今回みたいな大企業が相手なら報酬もいいわよ!」
確かに報酬は上手い。今の給料だけでは将来不安だし、悪い話でもないのかも……?
でもそれ以上に玲二を突き動かしたのは、自分がホテル泊まりに求めていた非日常感が、目の前の悠子といればいくらでも手に入るという現実であった。
「……わかった、俺、上杉さんと手を組むよ!」
「ほんとに!?嬉しいわ!これからよろしくね、玲二くん!」
この年になっていきなり下の名前で呼ばれると照れる。だが悪い気はしない。
「よろしく!上杉さん!」
今度こそ二人は固い握手を交わしたのであった。
<完>




