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悪霊ハンター悠子  作者: ヨースケ
6/7

405号室

悠子は腕時計の時間を確認する。

「午前2時15分。ふふ、丑三つ時ね。腕が鳴るわ!」

「何ですかそのノリは。さっきは油断したらやられるとか言ってませんでした?」

「確かに言ったわ。でもね、全力の相手を倒してこその悪霊ハンターだと思わない?」

 もはや何も言うまい、と玲二は思った。草木も眠る丑三つ時……。怪談などでよくでてくる言葉だ。この時間帯の幽霊はパワーアップしている、とでもいうのだろうか。ばかばかしい。

 二人はTホテルの入口に到着していた。居酒屋でうだうだ話している間にこんな時間になってしまったのだ。

「さあ、行くわよ!」

 悠子が歩き出す。気後れしながら玲二も後に続く。

 受付のスタッフはいなかった。時間も時間だし休憩にでもでているのだろう。

「なかなかきれいなホテルね」

 と、ラウンジを見回しながら悠子が言う。

「ほんと、あんなことさえ起きなければ……。朝はこのラウンジで新聞片手に優雅にコーヒーでも飲もうかと思っていたのに……」

「いいからいいから」

 玲二が気後れしているのを見て悠子はさっさと先へ進む。

 二人はエレベーターに乗る。悠子が4階のボタンを押した。

「何もこんな時間に来なくても……」

 と、玲二がこぼす。

「私がいるんだから大丈夫よ」

「まぁ一人で戻るよりはマシですが……」

 玲二はホテルの入口に来たときから冷や汗が止まらなかった。頭ではばかばかしいと思いながらも、実際に怪奇現象を体験したせいか、ホテルから嫌なオーラとでも言えばいいのだろうか?そういったものを感じずにはいられなかった。

玲二がそう考えている内にエレベーターは4階に到着した。

 チーン。

 ドアが開く。

 短い廊下が二人の目の前に現れる。

 時間が遅いせいか照明は落とされている。

「暗いな……。さっきは電気が点いていたのに……」

「びびってるの?安心して。この廊下では特に霊気は感じないから」

 そう言って悠子は先へと進む。

「405号室は、ここね」

「ええ」

「確か浴室は入ってすぐ右だったわね」

「そうです」

「じゃあ相馬さんはドアを開けて。開いたと同時に私が中に飛び込むわ」

 そう言うと悠子は持っていたバッグから何かを取り出した。

「あのーそれは……」

「ん?これ?これはね、COLT45対霊モデルよ」

「いや、どう見てもただの水鉄砲ですよねそれ……。プラスチックだし……小さいときに見たことあるぞ……」

「細かいことはいいのよ。こっちの準備はできたから、いいわね」

「はあ」

 悠子は水鉄砲を両手で持ち、中腰の態勢をとった。

――本気なのかこの人は?

玲二は緊張していた自分がばからしくなり、

「じゃあ開けますよ」

と、言って至って普通にドアを開けた。

「GO」

悠子はささやくともに目にもとまらぬ速さで部屋へと飛び込んだ。

思わず玲二も後に続く。

しかしそこには何の変哲もないホテルの一室があるだけだった。電気も付けっぱなしになっており、ベッドの脇には玲二の荷物も置いてある。ただ、

「確か浴室のドアは開けっぱなしにしてたはずだ……。なんで閉まっているんだ?それに電気だって消えていたのに……」

悠子も周囲を確認し、

「姿を現さないわね。まぁ私みたいな霊感の強い人間が近づいたから隠れたのね。相馬さんも細かいことは気にしないほうがいいわよ。びびってると奴らは調子づく」

と、あくまで冷静に言った。

「細かいって……。閉まっているドアを見て僕の中で幽霊が現実のものとなったんですよ!これが落ち着いていられますか!」

「あら、まだ半信半疑だったの?でもこれで私のことも少しは信用してくれたかしら?」

「まぁその豪胆さは信用に値しますが……」

「女性に向かって失礼ね」

不可思議ではあったが室内と悠子の雰囲気にいったん安堵し、玲二はベッドに腰かける。冷房も付けっぱなしで飛び出してきたため、もはや快適だ。

「しかしどうするんですか。上杉さんの霊感とやらで悪霊がでてこないとなると何もできないじゃないですか」

 何も起こらないのなら玲二はもうそれで良かったのだが、突入時の悠子の機敏な動きは冗談ではなく本気だと感じた。それゆえ、これから悠子が何をするのか純粋に気になったのだ。

「ふふ、こういうときはね……」

と、言うと悠子はバッグから小さな筒を取り出した。

「これは……蚊取り線香?いやバロサン」

「違うわ。これは対霊バロサンよ」

「やっぱりバロサンじゃないか!」

ふざけているのか本気なのか訳がわからない。

「このバロサンに火を点けて10分待ちます。そうすると部屋に隠れていた幽霊もたまらず姿を現すわ!」

「もうバロサンって言っちゃてるし!」

「大丈夫!人体に悪影響はないから!」

「聞いてないから!」

――やっぱりただのおかしい人だったようだ。

 しかし悠子は玲二のことなどお構いなしに対霊バロサンに火を点けると、外に出るよう促した。


「では待ちましょうか」

 二人は405号室のドアの前に座り込む。

「もう突っ込むのもばからしいんですが、幽霊って自分の意志で隠れたりするもんなんですかね?」

「もちろんよ。霊だって元は人間、意志も持っているわ」

「自分の中の幽霊像が崩れていく……」

「それにね、襲う相手だって選んでいるのよ。今日相馬さんが襲われたのは何でだと思う?」

「そうですね……霊感がないからですか?」

「それもあるわね。でもそれ以上に重要なのはね、相馬さんが一人で来たってこと」

「一人で来たも何もここはシングルルームですよ」

「居酒屋での話を忘れたの?404号室、いや405号室の宿泊客って今やほとんどが肝試しやら心霊動画撮影やらの冷やかしなのよ」

「あーなるほど。宿泊というよりは数人で遊びに来てる感じだったのか。そういえば今日の予約もキャンセル待ちで運よく取れたわけだし、そういう目的で来る人たちが多かったのかな」

「そういうこと。奴は逃げられないよう一人で来た人間を襲っていたわけ。あと付け加えると霊はカメラも嫌うわね。世間に晒されたくないみたい」

「妙に人間味があるな……」

「それはそうよ。元は人間なんだから」

 なんとなく間が空く。

「そういえば、その水鉄砲は何なんですか?対霊とか名前つけてますけど霊に水かけてどうしようっていうんですか?むしろ上杉さんの説が正しければ夏だし冷たくて霊も喜ぶのでは?」

「失礼ね。この銃には私が清めた聖水が込められているのよ。気持ちいいでは済まないわ。いや、成仏できるという意味では気持ちいのかしら?」

「にわかには信じがたいな……」

「そうだ、相馬さんも念のため持っておけば?霊がそっちに向かわないとは言い切れないし。ま、霊感の低い人間が使っても効果は薄いけどね」

 そう言って悠子はバッグから水鉄砲を一丁玲二に手渡した。

「はあ。では一応」

 と、玲二は受け取る。

「ただの水鉄砲にしか見えないけど……。ん?グリップの部分に漢字が……お経?」

「それは私が施したの。経を刻んでおけば中の聖水が弱まりにくいから」

「そうですか」

 玲二は悠子の話がだんだんとどうでもよくなってきた。それと同時にうとうと眠くなってきた。なにせ残業上がりにあんなことがあったのだ、疲れるのも無理はない。おまけにアルコールまで体に入っている。

 しばらく玲二はまどろんでいたが、

「10分経ったわね!では行きましょうか!」

 と、言う声で目が覚めた。

 

「準備はいいわね。さっきの手筈通りよろしく」

「わかってますよ」

 作戦はさっきと同じ。玲二がドアを開け、悠子が中に突入する。

 正直なところ眠気と悠子の胡散臭い話で、玲二はもういっさいの恐怖も緊張も感じていなかった。

 悠子が水鉄砲を構える。一応玲二も右手の水鉄砲を確認しておく。

「では、開けます」

「ええ」

 玲二はドアを開ける。

「GO」

 前と同じ言葉をささやき悠子は素早く飛び込んでいく。

「やれやれ」

 と、もらしながら玲二も中を覗く。

「嘘だろ」

 部屋は青白い光に満たされていた。

 当然のごとく電気は消えている。

 そして浴室の前には首が異様に長いスーツの男、壁からは無数の手足が。奥には血まみれの男もいる。

 玲二は全身に鳥肌がたつのを感じた。

 刹那、目の前にいた悠子がスーツの男に水鉄砲を発射した。勢いよく発射された水がかかると、男は瞬く間に姿を消した。悠子は右手の浴室を警戒しながら、壁の手足を一本ずつ水鉄砲で冷静に処理していく。すべての手足を消滅させると、悠子は胸ポケットから筒を取り出し、銃口に取り付けた。

「相馬さん、ちょっと」

 声をかけられ、玲二は我に返る。

「なんですか」

 悠子は手招きしている。

「い、嫌ですよ」

「そこで突っ立ってるなら手伝ってよ」

「いや、だってまだ奥にたくさん……」

「あれはただの地縛霊!近づかなければ大丈夫だから」

 玲二には地獄への手招きにしか見えなかったが、一応女の子を一人この異様な空間に置いておくのも気が引け、ドアにつっかえ棒代わりに水鉄砲を挟むと、悠子のそばまで近づいた。

「ちょっと。コルトをあんな風に使って……」

「だってこの状態でドアが閉まっているなんて絶対に嫌でしょ!逃げ道は確保しておかないと……」

「無駄だと思うわよ」

 悠子がそういうやいなや、つっかえ棒代わりにしていた水鉄砲は音を立てて破裂し、ドアが、

 バタン!

 と、物凄い音を立てて閉まった。

「うわ!」

「だから言ったでしょ。奴は今身の危険を感じて本気なのよ。この奥からどす黒い殺気をびしびし感じるわ」

 と、言いつつも、

「ま、私の相手ではないけどね」

 と、悠子は余裕の発言。

「ほ、ほんとに大丈夫なんですか!これもうポルターガイストってレベルじゃないですよ!」

「落ち着きなさい。男が情けないわね」

「この際男だとか女だとかもう……」

「いいから!」

 と、悠子が手をかかげ玲二を制止する。

「いい?さっきと同じ。相馬さんは浴室のドアを開けて。瞬間私が散弾トリガーをつけたコルトを奴にお見舞いするから」

「だってこのドアの向こうにいるんでしょ?マジで怖いんですけ」

「やって!」

 またもや悠子に制止される相馬玲二23歳社会人2年目。

「でもこの会話も奥にいる悪霊に聞こえているんじゃ」

「狭い浴室よ。不意打ちも何もないわ」

 悠子はぶれない。

 やるしかないのか、と玲二も決心。

「じゃあ……開けますよ」

「お願い」

 玲二はノブに手をかけ、思い切りドアを引っ張った。

 ドアが開いた同時に悠子が飛び込む。

 目の前にはいない。

――ならば。

 悠子は浴室の上に視線を向けると、半畳ほどの天井に女の霊が収まっているのを発見した。狭い空間、腰があり得ない角度で曲がり、ぺしゃんこに潰れた空き缶を連想させる。

天井に張り付いた悪霊は悠子をにらみつけると飛びかかろうとする。

が瞬間、悠子が銃を発射。散弾トリガーを付けた銃口から無数の水滴が飛び出し、悪霊の全身に命中した。

「ぎゃぁぁあ」

 悪霊が声を上げ天井から落下する。

 悠子はこれをかわすと、胸ポケットからボロボロの札を取り出し、

「悪霊退散!」

 の声とともに倒れている悪霊の頭部に札をバシン、と殴り着けた。

「ッッッッァァァアアアアア!」

 この世のものとは思えない叫び声に玲二は思わず耳を塞いだ。

 地縛霊とは違い、悪霊は断末魔をあげながら足からゆっくりと消滅していく。

「やっぱり強力な悪霊ともなると消えるのにも時間がかかっているとか……」

「ふふ、業が深いだけよ。悪霊よ!苦しんで死ぬがよい!」

 と、悠子が高らかに叫んだ。

――もう死んでるだろ。霊なんだから。

 と、玲二は思ったが口には出さなかった。

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