胡散臭い女
「まずは自己紹介。私は上杉悠子。二十。大学生よ」
「相馬玲二。サラリーマンです……」
二人は並んでカウンターに腰かけていた。
先ほどの出来事で玲二は悠子のことを頭のおかしい奴と判断していたが、自身が遭遇した事態の一部を看破されたことで、話だけでも聞いてみようという心境になっていた。
「あなたの肩のそれ、穏やかじゃないわね」
「と、言いますと?」
「悪霊ね」
「悪霊、ですか?」
「恨みを持って死んだ霊のことね。こいつらは人間に危害を加えるのよ」
「はあ」
玲二はまだ半信半疑(霊のことも悠子のことも)。自分から霊に襲われたとは言わない。
「相馬さん、あなた何をしていたのかしら?」
「何をしていたと言われましても、今夜は近くのホテルに宿泊していまして、夜もふけてきたので一杯飲みに行こうかと」
悠子がにやりと笑う。
「Tホテルでしょ?」
「……ええ、そうですが」
「405号室?」
「はい……405号室ですが」
玲二に緊張が走る。
「その様子だと知らないようだから教えてあげる。Tホテルであった一連の出来事を……」
悠子はTホテルの404号室で続発した自殺と、その後世間を騒がした幽霊騒動について説明した。
「なるほどそんなことが……。でも僕が泊まっているのは405号室ですよ」
「ふふ、今はね。なんでも、あまりに不可解な現象が続いてお客さんが寄り付かないってことで、ホテル側が404号室の札だけ外しちゃったみたいなのよ」
「……」
「つまり、今の405号室ってのは中身は404号室のままってこと。ずさんよねー」
――まったくだ!と、玲二は思った。
「あ、何か飲んでいい?」
「どうぞ。じゃあ僕も生ビールを」
「私も生にしようかな」
一旦休憩。二人して冷えた生ビールを豪快に飲む。
「ふぅ。そういうわけだから、この後私を405号室に連れていってくれない?」
「なぜ!?」
何が、そういうわけ、なのか訳がわからない玲二。
「ホテルに頼まれてるのよ。405号室の悪霊を何とかしてほしいって」
「話が見えないんですが……」
「私、悪霊ハンターなの」
玲二は混乱した。もしかして、いや、もしかしなくてもかなり痛い娘?
「一応その筋では有名なのよ、私。まぁ大手企業の依頼なんて今回が初めてだけど。それほど切羽詰まっていたのかしらね。何人も死んだっていうけど半年で4人じゃない」
「つまり、Tホテルから上杉さんに悪霊退治の依頼があった、ということなんですか?」
「だからそう言ってるじゃない」
「信じられない……」
玲二が驚くのも無理はない。まさか悪霊ハンターなる者がいて、そのうえそれが裏で一般社会と関わっているなんて話、今時子供でも信じないだろう。
「とにかく、405号室に私は行かないといけないわけ。そうだ、霊に触られたみたいだけど、どんな体験をしたか聞かせてくれない?」
ここまできたら仕方がない、と、玲二は思い、自分の身に起きた怪奇現象について悠子に話す。
「なるほどね。浴室の女がボスね」
「ボス、ですか」
「ええ。私が依頼を受けたときにホテルから聞いた話、その後調査でテレビや雑誌から得た情報、そしてさっき地元のオヤジから聞いた話をまとめると、相馬さんに掴みかかった霊は404号室で出た最初の死者、つまり浴室で首を吊った女ね!」
悠子は自信満々に言うが、
「まぁ話さえ知っていれば誰でもそう思うんじゃないですかね」
「いちいちうるさいわね」
そこで玲二は疑問に思う。
「……いや、ボスってなんですか?」
「浴室の女が他の3人を殺したってこと」
「え、じゃあ天井からぶら下がってた霊とかは……」
「そう、自殺なんかじゃないわ。一般の宿泊客が浴室の女に殺されて地縛霊化したのよ」
「地縛霊化って……」
「悪霊よりはましね。こっちから手を出さなければ安全よ。まぁ訳もわからないまま殺されて、成仏もできずに可哀想よね」
玲二はあらためてぞっとした。
――あの部屋にいた霊全てが浴室の女に殺されたのか……。
「僕、よく生きてあの部屋を出れたな……」
「そこは確かに不思議ね」
普通なら死んでいたとでも悠子は言いたそうだ。
「とにかく、悪霊と殺りあうにあたって相馬さんの体験ってのはなかなか貴重なのよ。だから連れていってよ!お願い!」
と、悠子は両手を合わせて玲二に頼み込む。
「あんな話聞いて戻れるわけないでしょ!というか僕が行く意味あるんですか!?」
「おおありよ!部屋の間取りと霊の出現ポイントがわかるんでしょ?それを実際に現地で説明してほしいのよ。プロでも一瞬の隙が命とり!油断したらやられるわ!」
悠子はノリノリでまくしたてる。
「それに私、Tホテルの場所知らないのよ!」
「そこまで調べておいて!?そんなのGマップでも何でも調べればいいでしょ!」
「Gマップって何?」
「え、知らないんですか?」
「あ、もしかしてインターネッツ的な何か?それなら私には無理よ!だって私のスマートフォンって旧式だし!」
そう言って悠子はポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出す。
「旧式も何もこれガラケーじゃないですか!てか古っ!この機種って確か10年前くらいに流通してたやつじゃないか!」
「ちょっと!ガラケーとか専門用語使うのやめてよ!訳がわからないわ!」
どうやら悠子は本気で何も知らないらしい。つくづく浮世離れした人だ、と玲二は思った。
「いいからお願いよ!一回だけでいいから着いてきて!ね!?」
「一回だけって何だよ……」
悠子の懇願、というか無茶ぶりに玲二は半ば呆れてしまった。
「もういい加減にしてください!僕は出ますよ」
そう言いはなち、玲二は会計へと向かう。
――こんな訳の分からない奴とは関わらないほうがいいな。
「会計お願いします」
「1200円です」
「あれ、ビールって350円じゃ……」
「お通し代ですね、はい」
――お通し500円かよ!高っ!てか俺今1000円しか持ってない!
にやにや。
一連の様子を悠子が笑みを浮かべながら眺めている。
「あの……上杉さん……すいません」
「ん?何?」
「すいませんが、お金を……」
「いいけど、わかってるわよね?」
「はい、ご案内させていただきます……」
こうして、二人は居酒屋を後にしTホテル405号室へと向かったのであった。




