宗庵(しゅうあん)
玲二は夜の繁華街を一人歩いていた。
「俺は夢でも見ていたのか……」
ほんの数分前の信じられない出来事を思い返す。
命からがらホテルの部屋を飛び出した玲二だったが、非常階段の扉を開け、外の景色が目に入り一度冷静になっていた。
――俺は今全裸だぞ。
まさかこのまま外に出ていくわけにもいかない。かといってあの部屋に戻る気にもなれない。茫然自失になりかけ、着ていた服を持っているのに気付いた。
「何をしているんだ俺は……」
玲二は手早く服を着てそのまま非常階段を降りて外に出た。ホテルのスタッフに知らせようかとも思ったが、今見た光景をそのまま話しても不審がられるだけだろう。
――とにかく冷静にならなければ、俺は今気が動転している。
そういうわけで一人夜の錦糸町を彷徨っていたのである。
「さてどうしようか……」
とりあえず一人でいるのが嫌だった。誰かに連絡しようと思ったが、あいにくスマートフォンはホテルの部屋に置きっぱなしである。Yシャツにズボンの姿でホテルから飛び出してしまったため、
「いっそ日がでるまでここでうろうろしているか」
とも思ったが、幸運にもズボンのポケットには小銭入れが入っていた。中にはくしゃくしゃの千円札が一枚入っていた。
――とりあえず、居酒屋でも探すか。
居酒屋なら最低でも店員はいるし、一人になることはないだろう。そう考え、玲二は目についた居酒屋へと入っていった。
居酒屋「宗庵」。年季の入った店のようで、木製のカウンターは油でてかり、床も黒ずんでおり全体的に小汚い。玲二はカウンター席にかけるとさっそく、
「生お願いします……」
一杯350円となかなか良心的な価格だ。
ほどなくして、中国人かと思われる女性店員が、
「生です」
とジョッキとお通しの漬物を持ってやってきた。
キンキンに冷えている!玲二はジョッキを口につけると、そのまま一気に飲み干した。
「んあっー!」
生ビールの炭酸が恐怖で乾いた喉に心地よい。幸運にも胸ポケットにたばこが入っていた。玲二は常煙しているセブンスターに火をつける。
ふぅー。
煙と一緒に溜め込んだ緊張感も吐き出せた気がした。薄暗い店内の雰囲気が心地よい。
――ここに朝までいるかな。
玲二はすっかりリラックスした状態となり、2本目のたばこに火をつけると、お通しを摘まむ。次は何を頼もうかとメニューを眺めた。
「あなた、死ぬわよ」
背後から声がして、玲二は驚き振り向いた。そこには一人の女がいた。見た感じ玲二より若く、顔立ちの整った美人だと思ったが、Tシャツの上に胸ポケットがたくさん着いたベストを着込み、下はショートパンツにブーツという奇妙な装いだった。
――なんだこの娘、サバイバルゲームでもやっているのか。てか今死ぬとか言わなかったか?
玲二が逡巡していると、
「あなたのことを言ったんだけど。このままじゃ死ぬわよ」
と、女は玲二を指さしはきはきと言った。
「え、あの、何言ってんですか」
「だからこのままだとあなたは死ぬって言っているのよ。聞こえなかった?」
「いやいや、そういうことじゃなくて。いきなり何なんですか」
「あーじれったいわね、ちょっといいかしら!」
そう言って女は玲二の肩に掴みかかった。
「ちょ、何するんですか!やめてくださいよ!人を呼びますよ!」
「いいからじっとしてなさいよ!見ればわかるから!」
女は力任せに玲二のシャツを引っ張る。
「やめ、何する、やめろ!」
華奢な見た目からは想像できないほど女の力は強い。女の手がYシャツのボタンにせまる。抵抗むなしく、玲二はワイシャツを脱がされ、居酒屋で上半身をさらけ出すこととなった。
「いきなり何をするんだ!服返せ!」
「肩、見て」
「は?」
玲二は自身の右肩を見てギョッとした。なぜならそこには、くっきりとした黒い手形が貼りついていたからだ。
「うわ!」
そう、先ほどホテルの浴室で霊と思しき存在に掴まれたところだ。鋭い痛みと凍るような冷たさを玲二は思い出した。
「少し私とおはなししません?」
女がにっこりと言った。




