ゴミ溜の日常
この街はゴミ溜まりだ。
ジリリリ、ジリリリと目覚まし時計が、けたたましい音を発する。
今日も臭いアパートの一室で目を覚ました。
煤けて黒くなった窓が太陽の光を遮断しているおかげで部屋は薄暗く、ボロアパートの隙間風に乗ってきた排ガスの悪臭が鼻をくすぐる。
いつもとなんら変わりのない朝だ。
目覚まし時計を止めてラジオをつける。丁度今は天気予報の時間だ。ラジオから聞き慣れた女性の声が、雑音と共に吐き出される。
「今日の……日中は大変……暑くなる事が予想されます。くれぐれもガス……マスクの準備をお忘れなく……」
最近ラジオの調子が悪い。そろそろ新しいのに交換するべきだろうか。
布団から這い上がって部屋の温度計を確認する。気温は38℃、更に湿度計は90%を示している。
相変わらず夏の暑さにはうんざりさせられるものだ。この調子だと気温の上がる昼間は不快指数が恐ろしい事になるだろう。
冷凍庫から氷を取り出して口に含む、消毒薬の味がキツイものの氷を口の中で転がすと少し気持ちが良い。
会社に行く準備を済ませて腕時計を確認する。
腕時計に内蔵された温度計では現在の気温は39℃、朝起きてから約30分の間で1℃の上昇だ。
東京の平均気温が45℃を越えるようになってから既に10年が経過した。数日前にラジオで聞いたNHKの科学番組では、これからも気温は上昇し続けるだろうと、東京大学のナントカという教授が話していた。
こうなると老婆心ながら地球の未来を心配してしまう。
玄関先に出てガスマスクを着けると視界が狭まる。そう言えば昨日、会社の同僚が○菱の新型マスクを着けていた。
俺もそろそろ新しい物を買うべきだろうか、いつまでも2世代前のマスクじゃ格好悪いし、最近では旧式マスクのフィルターを取り扱っている店も減ってきている。
財布の事情を確認しながらアパートを出ると丁度、道の向こう側から歩いてきた集団登校中の小学生達とすれ違う。
子供達は皆、ガスマスクを着けて帽子を深く被り、黒色のランドセルを背負っている。確かランドセルが黒で統一されるようになったのは俺が中学生くらいの頃からだろうか。
大気汚染が酷くなり、神奈川県の教育委員会が、女子児童のランドセルは汚れが目立つという理由から赤いランドセルを廃止したのが切っ掛けだ。
当時、教育委員会の決断には賛否両論あったが、俺は基本的に賛成だった。実際に当時の赤いランドセルは黒ずんでいて見苦しかった。
それに今じゃ小学校入学前の女の子に一番喜ばれるプレゼントは、デ○ズニーから販売されているミ○キーマウスがプリンとされたガスマスクという話らしい。
ちなみに男の子には仮○ライダーが人気な様だ。
最近のファッション雑誌も<ガスマスクに合う普段着>とか<女性にモテるガスマスク>とかいう見出しの本が多い。
まぁ、本音を言うと俺も色々と試してみたい……やっぱり多少無理してでも新型マスクを買うべきだろうか。
気持ちと財布の葛藤に苛まれながら吾妻橋に差し掛かる。
今日の隅田川も相変わらず臭い。ガスマスクを着けているのにも関わらずフィルター越しに酷い悪臭が鼻を突く。
俺はマスクにフィルターがしっかりと装着されているかを確かめた。
橋の上ではガスマスクを着けないと冗談抜きで命に関わる。気温が上がると様々な汚染物質が堆積した川は化学反応を引き起こして有害なガスを発生させるのだ。
数年前にここでも酔った男が、ガスマスクを着けずに橋を渡ろうとして中毒死するという事故が発生している。
祖父が子供の頃はこの川で夏に花火大会が行われ、吾妻橋も人で溢れていたらしい。
早足で橋を渡り、しばらく歩いた所にあるコンビニで、いつも通り新聞と缶コーヒーを購入した。
会社の手前の信号に足止めされたので、待っている間に新聞を流し読みする。
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○○新聞
・神戸市でマラリアが流行、自衛隊に出動要請。
・環境保護過激派団体が国会議事堂に放火、主犯の男2人を逮捕。
・白神山地で宅地開発、世界遺産登録抹消……
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気が滅入る様なニュースばかりが目に付く。
信号が青に変わったので新聞を丸めて鞄の中に突っ込み、歩き始めた。
会社は目の前だ。
さて、今日も1日頑張るか。
20XX年、ほんの少し未来の東京