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迷宮少女  作者: 奇妙な海老
8/11

裁判と少女

ただ一匹の化け物の血肉で、少女の周辺は赤く染まっていた。

少女は地面に座り込み、呆然と自分の手を見つめる。


__あらゆる傷が、再生している。


失ったはずの手足も、瞳も、貫かれた胴体にだって、その名残は残っていない。

そして今、掌の小さな傷が少女の前で再生している。

一瞬というにはとても遅いが、人間の体の再生力の比でないことは確かだった。

そっと胸を撫でる。

ドクン、ドクンと脈動する心臓は、変わらずそこにあった。

鳥肌を立てて少女は震える。

自分の身体がどんどん人間とかけ離れて行く。飛び散る化け物の残骸を眺めて、嫌な想像をした。


ここで、化け物となって生きている自分の姿。

あまりにも恐ろしく、そしていかにもありそうな想像だった。


少女は俯く。


腹が減って仕方がない。

落ちている肉を掴み、一思いにかじりついた。


吐き気が、しない。







先手を取ったのはティーガーだった。


「ハァッ!」


初めから戦う気だったのだろう、すでに持っていた細身の木刀で一線、サインの頭にめがけて飛び込む。


「……良いと思う」

「感激ですっ」


言いながら、サインは身を屈めそれを避る。

しかし、振った剣は振り切れず、再度サインの頭部を狙って帰還する。

それを最小限の動作で避けるサイン。

しかし、それでも打ってくる第二、第三の返し切りにサインは素直に感心した。

やはり、彼女の技術はただの兵士のそれではない。勇者という称号に見劣りしない見事な剣技だった。


__しかし、やはり少女の肉体か。


「なっ!?」


これなら当たると思った瞬間に、いとも簡単にそれは捕らえられた。

サインの小さな白い手の中に、木刀がしっかりと握られていた。


「やっぱり力が足りない。速いし、技もあるけど、力が無いんじゃ当たっても意味ないわ」

「……私の真骨頂は、剣じゃ無いですよ」


瞬間、サインの身体が横に吹き飛ばされた。

地面に手をつけ、衝撃を利用して滑るように地面に足をつける。


背後からの横薙ぎの攻撃……しかし、彼女に動いた様子はない。


サインは、一切起伏のない表情でティーガーを見る。


そこには真剣な顔をしたティーガーと、ほんの少し薄い、背景が透けて見える(・・・・・・・・・)同じ少女が立っていた。


「分身……」

「その通りです。サインさん」


明らかにどちらが本物かわかる造形。しかし、分身にはただの魔力の塊ではなく、確かに質量を持ってそこに存在する。

つまり、実体があるということだ。


「使い慣れてるのね」

「いえ、新しく覚えました」


ニヤリと笑うサインに、一筋の汗を垂らしながらティーガーも笑った。

自分より幾分か年下に見える少女に、ティーガーは恐怖する。全く底が見えないサインの瞳に、意識が逃げようと足が震えた。

それでもティーガーは何でもなさそうに振る舞う。


「これは、あの戦いへの私なりの贖罪。戦死者達の魂の為に、私は強くならなければならない」

「勇者だから?」

「……そう、勇者だから……」


奪った木刀を持ち変え、矛先をティーガーに向ける。

ティーガーの手には、既に違う剣が握られていた。


周囲を照らすその剣は、もはや光そのもの。光魔法で作り出した剣は、隠密行動には向かなそうだ。


二対の光がサインを襲う。


「フッ!」


渾身の上段切り。攻撃力こそ圧倒的だが、避けられてしまえば大きな隙ができてしまう危うい技。

サインはそれを余裕を持って避ける。しかし、その際できるティーガーの隙を、もう一人の彼女が掻き消した。

ティーガーの背後から入れ替わるようにして現れる分身。やはり本人同士だからだろうか、その連携はまるで長年運命を共にした戦友同士のようであった。


ティーガーが胸に目掛けて突きを繰り出す。そうして低くなった彼女に合わせるようにして、分身が背を転がり、再度サインを狙う。その隙にティーガーは身を捻らせ、一の字に剣を振った。一線は既に攻撃を終え、しゃがんだ分身の頭上を通り、ここで初めてサインは木刀を使った。


鉄と鉄が当たるにしては、少し低く、木と木が当たるにしては少し高い音がする。

光の粉を振りまいて、二人の少女が舞う。


「私が勇者として国に公表した次の日、ミラちゃんに、紋章が現れました」


激しい剣戟。

二人のティーガーが乱舞を繰り出し、それをサインが、弾く、弾く、弾く。


「私は、正当な勇者じゃなかったんです」


一際大きな音が鳴った。

折れた木刀を見ながら、サインは溜息をつく。

明らかに、ティーガーが近すぎる。

たとえ分身が補ってくれるとしても、その力も限度がある。


わざと隙を大きくしている。大振りな攻撃を続けて、敵を懐に誘い込んでいる。


__死にたがっているのか。


「いえ、死にたいわけではありません。妹がいるので。ただ……」

「ただ?」


ティーガーの光が、色を変えた。

明るい、炎のようだった光の色が、今は鈍い銀色に変わっている。

その光は細く、鋭く、まるで剣のように伸びている。


サインは疑問を感じた。

どうやら、形態が変化した、というよりは、進化した、という方が正しいような……


「イライラしてるんです……私。あぁ、本当に、何で、私は勇者になれない。本当に、本当に……皆さんに顔向けできない……!!」


ティーガーの右目が強く輝いた。

サインにしか見えないオーラのような物の話ではない。

月の光を何倍も強めたような、強烈な閃光で視界が満ちている。


「勇者じゃなくても良い!認められなくても良い!ただ、私は、失望させるような人間にはなりたくない!」


瞳に、何かが写っていた。

欠けた月のような丸い紋章。


「貴方のように強くなりたい」


サインは混乱状態に陥った。







王国の中心。

煌びやかな都市に囲まれ、四方八方から照らされる光の中でなお、存在感を示す一つの巨大な建設物。

いくつもの塔が連なり、それが支え合うようにして一つの城を抱えている。

重なった真っ黒な石段が広大な土台を作り、塔は全て白色の煉瓦で組み立てられ、城は磨き上げられた真っ白な大理石で作られていた。


これはキュエラ王国の王宮ではない。

ある宗教団体の総本山。

その内側で、二人の少女がそれぞれの小さな椅子に座っていた。

そして、その周りを囲むのは木製の柵。


「勇者が二人出ただと……ふざけるな!」

「そうだ!魔が現れては遅いのだぞ!」


内側にいるのはその少女達だけではなかった。

彼女達を囲む柵の周りを階段状になった広大な座席が囲み、そこは人で埋め尽くされている。


先日、やけに興奮したティーガーの報告によって急遽行われることとなった光塔教の異端審問。

情報は第一部隊を流れて光塔教へ。 


ここに、勇者二人の真偽が問われる宗教裁判が始まろうとしていた。


「静粛に。どちらが本当の勇者かを決める重要な裁判です。今は発言が許されていません」


裁判官がそう唱えて、会場はようやく少し静かになった。

静かになったところで、豪華そうな服を身に付けた老人が声をあげる。


「では裁判長よ。まず、神はどちらを選んでいたのか、はっきりしようではありませんか。光塔教が選定をし、光魔法を与えたのがティーガー様。勇者の証である紋章が先に現れたのはミラ様。果たして、神が選んだ本者の勇者はどちらか」


偉そうな口ぶりで話す老人。

対して裁判長はその端正な顔を物臭に歪め、ほんの少しだけ溜め息を吐いて先を尋ねた。


「……では、証言をどうぞ」


老人は立ち上がり、ミラの前へ歩いて行く。


「誰」

「ミラ様の教育係だった方らしいわ。ミラ様が王宮のお抱えの騎士になってご自身も昇級したようね」

「ふーん」


サインとミリアムが座る場所はティーガーの少し後ろ、重要参考人の立場の席だった。

今回、サインはティーガーの紋章発現の瞬間の目撃者として呼ばれ、ミリアムは光の塔攻略の際、最も近くでティーガーの活躍を見ていたものの一人として呼ばれている。故にどちらとも証言をしなければならないのだが、サインとしてはあまりにも面倒だった。


どっちが本当の勇者とか、クソどうでも良いわ。


この裁判の始まるたった数分前に発した言葉である。


「ここにいるミラ様は、キュエラ王国第一王女でありながら、最年少でキュエラ騎士団に入隊し、第二部隊の副隊長も勤めておられる方です。それに……ミラ様、お立ち下さい」


すくっと椅子から立ち上がる少女。

キュエラ王国第一王女、第二部隊副隊長、ミラ・エイリーク。

全部隊の隊長と副隊長が参加する会議に参加していなかったのは、勇者の可能性があったためと思われる。


「背をお向けください」

「良い。私が自分でする」


サインとは違い、健康的だが、陶器のように白い肌。まるで中に光が通っているのではないかと疑ってしまうほどの美しい金髪を登頂部でくくり、ミラは自ら洋服の背中のボタンを外して、周りにさらけ出した。


「おお……これは……!」


その背にあったのは儚げな少女の背筋には似つかわしくない巨大な紋章。

炎を模した流線が何度も入り交じり、太陽のような輪を形成している。


「太陽とは、まさに光の象徴ではありませんか。これまでも歴代の勇者達は様々な紋章を得てきましたが、その中でも、太陽や光を模した紋章の勇者は特に英雄として語り継がれている。背にあるという点は確かに不可解ですが、それは判断基準にはなり得ないでしょう。なにせ、ティーガー様の紋章も胸にはないのだから……それに」


一息ついて、観衆が話を飲み込むのを待ってから、老人は言う。


「それに、皆様も分かっているでしょう。光塔教にとって月は忌むべき物の象徴。太陽が支配するこの世界を奪い取ろうとするモノの紋章が浮かんでいる彼女を、どう信頼すればよいのでしょうか?」


会場に再度熱気がこもり、観衆が騒ぎ立ち初める。

満足げにいい終えて、老人は席に座った。それと同時にミラも露出した背中を服で戻す。


「ティーガーは月の紋章が出ているのか!?」

「神がそんなおぞましい紋章を勇者に与えるはずがない!」


ティーガーの顔に不安の色が浮かぶ。

月の紋章はティーガーが最も触れられたくなかった物だ。

光塔教は光の塔を神格視する宗教。光の塔は古代から太陽に通じる塔と考えられており、太陽に入ったものは天界へ行き、そこで永遠の命を得て極上の生活を送ることができると伝わっているが、月は偽の扉であり死の世界に繋がっているとされている。

故に太陽とは対照的に月は憎悪の象徴であり、言葉に出すのも躊躇われる恐怖の存在なのだ。


それに、ミラの才能と出自は勇者としての資格を大いに兼ね備えている。

光塔教の教典である『秘典』にも『勇ましき者は、光により近い者の下に生まれる』と書かれており、初代勇者の血をひくと言われている王族ならば、自分よりよほどあり得る話だと思われた。


若干項垂れながら、妹のことを考えるティーガーの肩を誰かがポンと叩く。 

思わず振り向いたティーガーの前で、任せろと言わんばかりに少女は笑った。


「くだらんの。全くもって、お前の言うどの話にも確証が持てん」


攻略が一先ず終了した後、第六部隊設立前までのティーガーの身柄は、第四部隊で預かられていた。

魔法を得意とするティーガーとは相性が良かったのだろう、ベールとはすぐに打ち解け、第四部隊に大きなパイプを作った。

貧しい家系に生まれたティーガーは、当然ミラのように自分を弁護してくれる存在などおらず、法の下行われる裁判ではないにしても、ティーガー側は知識人のいない不利な条件で裁判が行われることになっていた。それに、初め国王が彼女を偽者と認識していたせいか光塔教内にも彼女を支持する者は少なく、半ば敗戦を挑むような心境でティーガーはこの裁判に臨んでいた。


「やれ王女だの副隊長だの、肩書きだけで話しているではないかお主は。紋章だと?まさかそんなものが勇者である証拠になると思ってるのではあるまいな?」


しかし、言っても仕方がないと思いつつも、ティーガーはこの事をベールに話してしまった。

大切な、そして尊敬するベールとの会話の空気を汚してしまったと自嘲するティーガーに、ベールは……


『大切な友人が異端者扱いされるのは許せんの』


かくして、ティーガー側の弁護士として裁判に参加することとなったベール。第四部隊の隊長であるベールは、魔法は勿論のこと、その他の知識も申し分ないほどに兼ね備えている。


この時、ティーガーは思わず瞳に涙を浮かばせ、ベールに抱きついたという。


「良いか、勇者であることの絶対条件はなんじゃ。二つ、たった二つじゃ、思い出してみろ。紋章が発現することと、あと一つは……?」


ハッとしたような顔で、ティーガーが呟く。


「光魔法を使いこなすこと……」


ベールは両手を広げ、この会場にいる全員に聞こえるように言った。


「そう、もう一つの条件とは、光魔法を使いこなすことじゃ!そしてティーガーは既に光魔法を使いこなせている!だが、それに比べ、ミラ・エイリークは極星大祭で彼女に負け、光魔法を習得できなかった敗者!ティーガーが勇者であると証明できるこれ以上の証拠があるだろうか?」


ベールの演説に、会場はどよめき立つ。

全員がミラに懐疑の目を向け、ティーガーに荷担しかけている。

それを察した老人は慌てて反論を返す。


「極星大祭の選定は完全ではないだろう!」


しかし、その反論を待っていたかのように、有無も言わさぬ勢いでベールが叫んだ。


「だから!ティーガーは光魔法を操れることができると言っておるだろうが!これは勇者唯一の特権!勇者以外の者が授けられたとして、使いこなせるものではないんだよ!!」


いよいよもって会場は落ち着きをなくし、様々な憶測の飛び交う中、ティーガーの支持率は大幅に上昇していた。

光魔法を操っているという事実が決め手となったのだろう、ミラの紋章を刺青だと言うものまで現れだす。 

「静粛に。静粛に!まだ参考人の証言も始まっていませんよ!」


裁判長が叫ぶが、騒ぎは収まらない。

何処からともなく罵声が飛び、それはすべて二人の勇者に突き刺さる。

光の勇者とは、すなわち光塔教を信じる者達の心の支え。百年ごとに現れる大魔や悪魔を滅する正義の象徴であり、こんな曖昧な状況で魔物が現れてしまっては成す術もなく殺されて行くだけである。

それだけは嫌だ、それだけは惨めだ、と、どんなに他人任せであっても、自分の人生のために勇者に守られたいのである。

それ故に、彼等は勇者に拘り、ここまで騒ぐことができるのだ。


「ああ、光よ!光よ!我らを助けたまへ!」 


一人の哀願を皮切りに、そこにいる観衆全員が復唱する。


光よ!


太陽よ!


かの塔よ!

 

我らを、救いたまへ__  


「__煩ァいッ!!」 


 

特大の、本当にその小さな口から出しているのかと疑ってしまうほど、大きい少女の叫びが会場に響いた。 


会場が静まり返る。

その中心で、ミラは大儀そうに立ち上がった。


「歴代の勇者で、光塔教が光魔法を授けたものが間違いだったという歴史は一度もない。つまり、統計上、光塔教の選定に狂いはないということだ」


先程開いた背をもう一度開き、両手を広げて会場を見渡した。

誰も彼もがミラをから目を離せない。呆然と見守るのみの観衆の中で、唯一サインだけが意識を保っていた。

それはサインの精神が強靭だからとか、そういう問題じゃない。

全身に、電流が流れるようだった。

何者かは分からない。

だが、奴は確実に自分にとって害のある存在となるだろう。

いや、その程度で終わらせてしまってよいのだろうか。


__宿敵だ。


全身が告げる。

奴を殺せ。

殺られる前に殺れ、と。


「光塔教は、神は私を選んでいる」


突如、ミラから発せられる鮮烈な光。紋章が後光のように煌めき、彼女を包んだ。

まさに太陽を連想させるその圧倒的存在に、会場が呑まれている。


「光魔法は受け継がれた」


ティーガーは、思わず立ち上がった。

これは、明らかに光塔教による勇者への最大の祝福。


「光魔法……!」


ティーガーの右目が輝きだす。

銀色の光が太陽に対抗するように溢れだし、世界を白く染めて行く。


「選定は完全じゃないんだよ、ティーガー」

「光塔教は私に光魔法を与えた筈です。ミラちゃんが持っている訳ない」

「神から直接授かったんだよ。あの瞬間、私は勇者となった」

「勇者は私です。貴方は一体何者なの」

「それはこちらの台詞だ。月の光を持つ光の勇者よ、貴様は一体何者だ」


二人は静かに対立していた。

互いに、勇者である決定的な証拠を持っている。

異様な空気だった。

色の違う光が混じりあって、この不規則さが更に混乱を誘っている。


誰もが完全にこの雰囲気に呑まれ、静まり返った会場で、少女はいち早く脳の機能を再開させた。


聞かなければならないことがある。この状況に止めをさせるのは彼女だけだ。


そう思って、ベールが呟いた。


「……御子は、光の御子はどこにいる」


裁判長は頭を下げ、諦めたような表情で槌を掲げた。


「御子の不在により判決不能。以上、閉廷」


軽く鈍器がぶつかる音がして、会場の扉が開いた。





 


円卓を囲んで、一人の少女が声をあげた。


「だ、第五部隊代表、サーリャ・ライオニックですっ!こ、この度は、勇者様の率いる第六部隊に抜粋させていただき、光栄の限りでありますっ!」


光の塔第一層、ついこの間調査部隊の会議が行われたこの場所で、第六部隊の顔合わせが行われた。


「うるさい、黙っていろ」


子供のような憧れから、思わず上ずってしまった可愛らしい自己紹介を、ミラはバッサリと切り捨てる。


これから共に魔王と戦う仲間だというのに、全く協調性がない。

その上、空気は戦場でもないのに常に張り詰めていた。


「貴女が黙ってはどうですか」

「……なんだと?」

「聞こえなかった?貴女が一番煩いといっているんです」

「よほど殺されたいらしい」 

「ちょっと、めんどくさいわよ。止めなさい」


先日行われた裁判の後、どちらが本物の勇者であるかという問題は保留となった。しかしいつまでも先送りにして、光の塔の攻略が始まってしまうと勇者を決めるどころの問題では無くなる。

そうして、前代未聞の勇者二人が存在する第六部隊が編成されたわけだが……


「偽物に負けるわけないじゃないですか。大祭でも負けたくせに」

「お前あれを本気で勝利だと思っているのか?」

「はい思ってますとも。なにしても結局勝てば良いんですよ」

「ほぅ、あんな汚ない手で勝利して、神が私に光魔法を授けたのも頷けるな」

「光魔法を授かったのは私です」

「私も持っている」


この様である。

互いが、互いを敵視している。

片や勇者でなくなったら明日食う金も無くなる貧乏少女。

片やプライドの塊で王やその他の権力者からの多大なプレッシャーを背負っている王族少女。

敵対の理由はそれだけではないが、どちらも今の地位を捨てるわけにはいかないのだ。


「……」

「元気を出してください、サーリャ様」

「そうよ、あんなの勇者じゃないわ。そう思っておきなさい」


今代の勇者の姿を見て途端に崩れ落ちたサーリャの肩に、サインとカタリナが無言で手を置く。

勇者に興味がないサインですら少し悲しい気分なのに、サーリャのような普通の少女ならどんな衝撃を受けるか、想像もできない。

勇者というのは英雄であり、いつの時代も人々の尊敬の的だ。もちろん、子ども達だってそれは変わらない。子どもの頃から勇者の伝説を聞いて育っていく子供は珍しくない。

この少女も、例に漏れず勇者に憧れて育っている。だから勇者のこの姿に落ち込んでいるのだ。


「大丈夫です。お父さんに比べれば、こんなの、どうってこと……ない、です」


あまりにも不憫な少女を前に、サインは全く対応できない。

兎に角、ここはカタリナに任せておいて、自分は二人を宥めよう。

そう思ってサインは身を引いた。


「あんた達さぁ……曲がりなりにも勇者でしょ?攻略も近いってのに、こんなことで良いの?」

「良いわけないだろう。だから、この偽物が消え去ればすべて丸く収まるのだ」

「第二部隊代表が偉そうですねー」

「黙れ。形だけだ」


いつ爆発してもおかしくない言葉による冷戦に、サインは髪を掻きむしる。


本当にめんどくさい。

面倒くさい。


「あんたもなんか言ってやってよ。黙れ!ってさ」

「……」

「全く、こっちはこっちでなに考えてるか分かんないし……」


第三部隊代表に話しかけるも、ほとんど、どころか、今のところ誰が何を話しかけても言葉を返してくれない。

真っ黒な高級そうな刺繍が施されたローブを着て、フードを深く被っている。身長や胸からおそらく華奢な男性だと思われる彼は、時おりふと顔を向けてきて、悪いことをしたかのようにサッと顔を伏せてしまう。


「はぁ……」


ここに、第六部隊が正式に誕生した。


もう、明日。

何度目になるかも分からない、光の塔攻略の日がやってくる。


だというのに。


「魔王ねぇ」


魔王。

大魔や、悪魔とは比べ物にならない、すべての悪の王。

その出現の史実が残っているのは初代勇者の時のみである。 


そんなものが光の御子によると、今年…現れる…らしい……


「もっと焦りなさいよ!」


サインの心からの叫びは、彼女達の耳にさっぱり入らないようだ。二人の世界に入り込んで、むしろ仲が良いのではないかと思ってしまうほど口論は止まらない。


放っておけばよいのに、こんな時にこんなことで時間を潰している二人に何故か無性に腹が立って、サインは不貞腐れたように額を円卓に押し付けた。

サイン自体に問題はない。あのとき会ったいけ好かない無愛想女に魔王のことを教えてもらった時から『魔王』何て名前のやつはずっと小馬鹿にしている。

だがそれをこんな若輩が舐めているのが複雑なのだ。


大体、光の御子によると、ってどういう意味だ。

なぜ今年魔王が出るなんてわかるんだ。


「カタリナ。光の御子って何?」

「……私ですか?」

「はあ?あんた以外カタリナがいるの?」

「いえ、というか、光の御子を知らないって、どんなところで生きてきたのか……」


その言葉に青筋をたてるサインだったが、そんなこと言ってられない。

自分もそろそろ爆発寸前なのだ。

違うことを考えていたい。


「光の御子とは、つまり光塔教の教祖のことですよ。未来予知の魔法を唯一操ることができる、勇者と同程度の重要度を持つお方です。魂の生まれ変わりという思想から、代が変わられようと教祖と呼ばれます。今年で何代目だったか……」 

「そいつが、魔王が出るって予言したってこと?」

「はい。そうなります」

「未来予知ねぇ」


それが本当にできるならば、そりゃ凄い存在だろう。これから起こる物事をすべての見ることができるのだ。勿論政治なんかでは敵いっこないし、人の運命さえ操れるかもしれないのだから、こんな大きな宗教を作ることができたのも頷ける。

国の中心に王宮を押し退けて本部を建てているくらいの大物だ。国王より権力を持っているかもしれない。


「まぁ、とても偉い存在なのですけどね。今はちょっと……」

「どうしたのよ」


カタリナは深緑の髪を揺らしてサインの方を向く。


「光の御子は、現在行方不明なのです。警備は厳重なはずなのに、一体どこから抜け出したのやら」

「そんな自由な奴なの?」

「いえ、ベール様によると、年端もいかない静かな女の子だと聞いているのですが、なにぶんもう十年は前の話らしいので、今はどうなのか私にはさっぱり……」

「十年前って……」


あの容姿で十年前なら、まだ幼女、いや……赤子?

つくづく怪物みたいなやつだとサインは思う。所謂魔女ってやつなのか?それにしては色気がない。


「まぁそういうことで、いろいろ微妙なところらしいです」

「ふーん、まぁこんな感じだから、まだ魔王には出てきてほしくないわね」

「いつまでも出てこなくて結構ですけどね」

「それもそうね」 


溜め息を吐き、肘をついて頭を手に乗せる。


__あぁ、第一部隊に戻りたい。


なんだかそもそも可笑しな話である。

今更かもしれないが、サインはなぜ自分がここにいるのか考えてしまった。

あの女の化け物を倒したってだけで何をそんな評価するというのか。  


「ロイドの野郎……」


そうこうしている内に、奥の方から料理が運ばれてきた。 

第六部隊結成記念会。

底辺をさ迷っていたサインのテンションが、急に上がり始めた。


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