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迷宮少女  作者: 奇妙な海老
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第六部隊と少女

少女は牙を大きく振り上げ、目の前の影に叩きつけた。

影はその衝撃に身を震わせ、派手な血飛沫とともに壁へ激突する。

脚は震え、目の焔も既に勢いをなくした化け物。

化け物はその少女を見た。

小さな身体をボロボロにし、頭から、腹から、腕から、脚から、あらゆる部位から血を流す少女は、その実あまりにも強者であった。

四肢を失っても即座に回復し、瘴気を交えた毒息も少女には通じない。


化け物は感じた。


自然の絶対的なヒエラルキー。

自分を圧倒的に凌駕する強者を前にして、化け物はこの瞬間初めての恐怖を覚えた。


絶対強者による抗えぬ捕食。


化け物はなす術もなく、少女に唯喰われていった。







何処までも飾り気がなく、燻んだねずみ色の巨大な建設物。周りには一切手入れされていない雑木の林が広がり、不気味な雰囲気を醸し出す。


薬品の香りがほのかに漂う、ミヤコの中心街から少し右寄りに存在するこの建物の名は、光の塔調査第四部隊本部と言った。


「サーリャ様。光の塔に何か変化はありますか?」

「いえ、とくにはないように見えますね。光量も平均的。これならまた今度の事のようになることはないでしょう」

「そうですか。では、そう報告しておきます」

「はい」


事務的な会話が部屋に響く。

モノクロの、光で映し出された白に潜む影だけで構成された無機質な部屋。そんな暗いとも明るいともつかぬ部屋に、二人の女がいた。

片方は眼鏡をかけた白衣の少女、サーリャ・ライオニック。巨大な反射鏡の後ろに立ち、複雑な機材を操っている。

そしてもう片方は深緑の髪を持った少女。漆黒の鎧を見にまとい、しかし無骨ではないスレンダーな作りに美しさを感じる。

カタリナ・メイビー。第五部隊の魔剣士である。


「兵士勧誘書の発行は順調でしょうか?」

「はい。あと七日もすれば終わるでしょう」

「二千枚ですよ」

「え」


知らなかったとばかりに目を見開くサーリャ。

現時点で二百枚。ミヤコの製紙技術は未だ手作業なのだ。


「あと五日後までになんとかしてくださいね」

「そんな……はぁ、お父さんに全自動製紙機を…」


ミヤコに新たな技術革命が起こる前触れである。


「ところで、カタリナさん。あの女の子と何か話していたようでしたが、彼女誰なんですか?」

「ロイド様の部下です」

「いえ、それは分かりますが…」

「何故そのようなことを?」

「私は人事も担当していますので。本会議に出席する人はある程度認識しておかないと」


カタリナは少し虚空を眺めた。

髪の下にある目はサーリャにはよく見えないが、何か考える素振りをしている。


「……私は彼女について明るくありません。それにそういう調べ物なら、もっと良い人材がいるでしょう」

「あぁ、士官学校の卒業生ですか」

「貴方の管轄でしょう?」

「お父さんの仕事なんですけどね……」


呆れたように溜息を吐くサーリャ。

悪態は、ここで言うだけ言っておくしかない。どれだけ職務怠慢な父を責めても、時間の無駄になるだけだと彼女は知っているのだ。

ミヤコは彼の天才的な頭脳がなくては円滑に回っていけない。それだけ彼の価値は重く、誰にも彼の代わりを務めるとはできない。


故に、親族は苦労する。


「……はぁ、そうですね。では学園に取り合ってみましょうか」

「得た情報は後で私にも報告してくださいね」

「分かってますよ。ハイハイ」


真面目なカタリナを見てクスリと笑うサーリャ。

曲者だらけの調査隊の中で、カタリナは彼女にとって唯一の理解者であった。







今日も今日とて、ミヤコは平和だ。

なんて呑気に考えているサインだったが、そんなミヤコのすぐ隣で昨日戦闘があったことなど今や頭の片隅にすら残っていない。

サインにとっては昨日の戦闘とはそれ程に陳腐で、彼女の知る本物の『死闘』とは程遠いものだったのだ。


「……美味しかったかい?」

「どんなものよりも」

「それは良かった」


ヘルが笑顔で感想を聞く。

サインは一切捻りを入れることなくシンプルに感謝の意を示し、彼女にしては珍しく、人をすぐに気に入った。


「もう結構な時間だねぇ。どうだい、泊まっていくかい?」


サインが肉の前でもたついている間に、太陽は既に身を隠し始めていた。

本来なら兵舎に帰るのが正しい行動であるのだが、しかし、泊まれるものなら何かと楽だ。


「兵舎よりも待遇が良いなら考えてあげるわ」

「なら決まりだな」


ヘルは頭上にあった紐を思い切り引いた。

その途端机が壁の中へと姿を消し、その代わり反対の壁から扉が出現する。


「ほら、入りたまえ。調査第三部隊の本部だ」


そこに広がっていたのは、巨大な空間に所狭しと寝台が設置されている暗い部屋であった。

寝台はその上に二段三段と同じものが置かれ、三段ベッドのような姿になった寝台同士で複雑な形を形成している。

そこに横たわる数名の男女。

第三部隊の活動時間は主に夜間であるため人数自体はまだ少ないが、これが満員になったらどんな光景が広がるのだろう。


「まるで奴隷貿易船のようだろう?」


とても良い笑顔でそんなことを言ってのけるヘル。


「……これならまだ兵舎のボロ屋の方が良いわ」

「これはこれで利点があるのだよ。皆近くの壁に扉が設置されていてね、出動時はそのお陰で本当に素早く駆けつけることができる。外側はこの道の熟練者が並んでいて、真ん中に行くにつれて実力が低くなってゆく。そして年に一回の寝台交換の時に、実力を認めてもらって初めて外側に近づくことができるのさ。新入りを大切に育成する僕等の工夫だよ」


しかし、そんなことを言っても、見るからに暑そうである。

加えてこんな狭い環境で男女が共に寝ることになるのだから、一体どんなハプニングが起こることやら。


「大丈夫だよ。君が寝るのは勿論ここじゃない」

「……次は帰るわよ」


ヘルは地面を軽く蹴った。

すると地面は石と石の擦れる音をたて、緩慢な速度で動き出す。

数秒後、そこに現れたのは石階段。


「凝ってるのね」

「絡繰屋敷と呼んでくれたまえ」


二人の足音が狭い通路に響き、足元は控えめに灯る蝋燭が照らしていた。

懐かしい景色だ、とサインは思った。はて、どこで見た景色だったか。


「ほら、入りなよ。因みに、部隊長の僕の部屋だよ」


先程の超密集の大部屋とは一転、実に人間的な空間がそこにはあった。

落ち着きのある家財に、ささやかなランプの光。

そしてベッドが一つだけ設置されてあり、サインはそこへ誘われた。


「んじゃ、ここで寝るなりなんなり、好きにすると良いよ。僕は仕事が残ってるから行くけれど、もし兵舎に帰るってなっても、報告とかはいらないからね。勝手に出て行くと良い」

「おお……ふかふか」


サインはベッドの上に横たわり、天井に目を向ける。

ヘルはすぐに部屋から出て行った。

この空間にはサインしかいない。


今彼女の頭の中を占めるのは、これからの食、そしてほんの少し、仲違いした少女のこと。


一体、何処にいるのかしら……心配だって、私だって思ってるのに。


「あぁ、やめだやめだ。兎に角今は寝て、明日にでも探そう」


そう呟いて後は自分のことを考え出すサイン。

今回は何年も待たず攻略作戦が実施されるらしいから、お金については困らないだろう。その作戦でまた昨日と同じくらいの金貨が手に入るのなら、もう遊んで暮らしていける。

そう思った時、ふと、頭の中を一つの疑問が通り過ぎた。


__私は一体、何者であるか。


昨日、この世界の金貨の価値を初めて知って、もっと前、光の塔調査部隊とはなんたるかを知って、そしてその更に前、ココアの美味しさを知った。

ミヤコの風景を思い出す。

普通、サイン程に成長している少女ならば、それらのことは当然、知っている筈の知識だ。

所謂『常識』と呼ばれるものに当たる、この世界の知識。


……くだらない。そんなこと、どうでも良い話だ。


「本当、最近おかしいわ私」


ゴロリと寝返りを打つサイン。

このまま寝てしまおうと、目を閉じたところ、視界の先にあるものが、サインの目を引いた。

明らかに魔法で隠された跡がある引き出し。おそらく、普通の人間が見たなら唯の引き出しに見えるように細工がしてあるのだろう。


「……」


無言で立ち上がって、サインは引き出しを引いた。

第三部隊の機密情報でも記されているのだろう書類が、何枚も現れる。

なんとなく目を通していくサイン。

どれもこれも、サインが興味を持つような物はない。


__トワ・アンデルセン


「……っ!?」


思わず目を剥いたサイン。

この書類の中に、何故彼女の名前が……


よく読もうとサインが目を近づけた瞬間、紙はボウッ、と音を立てて、突然燃え上り始めた。


「くそっ、何者だって言うのよ」


第三部隊の目立つ仕事は、戦場に武器を運ぶことと、他の部隊の監視。

諜報を生業とする第三部隊は、キュエラ王国を支配する王すらも凌駕する情報を持っていると言われる。

そんな部隊の機密情報の中に、トワの名前がいるとはとても思えない。

彼女が、普通の少女であったならの話だが。


「……もしこれが本当に大切なことだったなら、こんな分かりやすい隠し方はしないはず」


魔法で隠すなんて、見つけてくださいと言っているようなものだ。

どうしても魔力の働いた痕跡が残ってしまうから、普通に隠した方がよっぽど安全というものである。


「……眠れん」


全てを忘れて寝ようとしても、頭に何かが詰まって寝られない。

見た瞬間、魔法によって燃え尽きた不気味な書類。


結局この日は、一日中目を瞑って、寝られることはなかった。







その日、ミヤコ中の店や建物に一般兵士勧誘書が配布された。

いつも通り、その仕事の詳細はぼかされ、利益のあることしか書かれていない。


「これはまた、私達の時より集まってるんじゃない?」

「そうね。やっと、光の塔の攻略が進み始めたからかしら。まだ10日ほどしか経っていないというのに、凄い応募数……」


サインとミリアムは、積み上げられた二千枚の志願書に、半ば呆然と立ち尽くしていた。


「次の攻略はいつするの?」

「お前らの時と同じさ。なるべく速く。俺たちに訓練はいらないからな」


前回の攻略で戦死しなかった二人は、他の生き残りとともに、それなりの地位を与えられていた。

特にサインはロイドの直属の部下としてベテランの連中に階級だけは仲間入りしており、部隊に入ってたったの三日間で凄まじい昇進ぶりである。


……扱いはまるで愛玩動物だが。


「あとは第六部隊の結成を待つだけだな」


会議に参加していなかった第六部隊。

そのことについてサインは多少疑問を感じていたのだが、その理由はすぐに分かった。

なんてことはない、まだできていなかったのだ。

光の塔調査部隊は全部で六種類あり、そのそれぞれに確固とした役割を持って生まれている。


第六部隊。

それは勇者のためだけに結成された、唯一、魔王と戦うことを前提とした対魔王部隊である。

勇者を部隊長として構成されるこの部隊は、他の部隊に比べると驚くほど人数が少ない。

なんと総勢六人で形成される、超少数部隊なのである。

長らく結成されることはなかったのだが、今回魔王の出現が確認され、とうとう実装が決定したらしい。


「部隊長の俺らは参加できないからな。他の連中は第六部隊候補は見つかっただろうか」

「第四はカタリナ様でしょうね」

「まぁ、ベールちゃんのお気に入りだもんな。他は……第五ならサーリャかなあ」

「可哀想に……」


勇者以外の五人は、それぞれ第一から第五までの調査部隊から選出される。

これが第六部隊の大まかな構成だった。


「ウチは誰が行くのよ」

「ん、いや、その事なんだが……」


ロイドは少し目配せして、ミリアムに目を向ける。「少しこいつと話があるから、戻っててくれないか?」ミリアムはそう言われると、少し不思議そうな顔をしたあと、一瞥し出て行ったた。


「第六部隊の事なんだが……」

「?」


珍しく可愛らしい顔をして、キョトンとサインは前を向く。

そしてその顔を横目に見ながら、なんともなしにロイドは言った。


「分かってるくせに、お前に決まってるだろ?」

「何が?」

「第一部隊からの選抜」

「何でだよ!?」


ロイドは嫌な笑顔を浮かべる。


「いやいや、覚えてないとは言わせねぇぞ?ヴァルキリーを倒したのはお前なんだろ、サイン」

「は?いや、そうだけど……」

「なら決まりだろ。お前が一番適任だ」

「いやいや、無理よ無理。そんなわけわかんないところ行けるわけないじゃない。第一部隊が性に合ってるわよ私は」

「かなり儲かるぞ」

「……」


押し黙るサイン。


「……まだ、トワだって帰ってきてないのよ?別にそれがどうってわけじゃないけど……」

「……トワちゃんねぇ。あの時、幼すぎるお前を任せておいた女の子。あの子はやっぱり、お前にとって大きな存在だったんだな」


カッ、と頰に朱が差し、サインは反論しようと口を開ける。

だがその前にロイドが言った。


「だけどあの子は、この世界について行けずに逃げ帰った臆病者だ。お前には悪いが、ああいう奴は遅かれ早かれ死んでしまうだろう。なら、もうこのまま帰って来ない方が、彼女にとって良いんじゃないか?」

「ッ」


確かにその通りだとサインは思った。

赤の他人をも思うその気質は、美徳ではあるがあまりにも危うい。


「……そう、ね。分かったわ。元より金が目的だったし」

「相当危険な仕事だぞ?」

「なにもない私には拒否権もないでしょ?どうせ死にゃしないわ」

「そう言ってくれると思ってたぜ」


満面の笑みを浮かべるロイド。

サインが来てからというもの、あまりにも事が回り過ぎている。

光の塔の攻略。勇者と魔王の出現。

今までにないミヤコの密かな混乱に、ロイドは心躍っていた。







ふと、誰かの気配を感じた。

光り輝く若いオーラ。

気丈な少女の光だった。


「サインさん。こんばんは」

「……あら、勇者じゃない。なんか態度変わったわね」

「ええ。もう男のふりをしなくても良くなりましたから」


元々、今代の勇者の情報は機密事項であり、それは性別も同じことであった。しかし、先日ついに勇者の就任式があったことで正確に女性として一般認識されることとなったティーガー。


「第六部隊、編入ありがとうございます」

「まぁ仮だけどね」

「それでも頼りになります」


ティーガーはサインを羨望の眼差しで見つめた。

居心地が悪そうに身を捻るサイン。

光の塔の中での出来事は、ティーガーには忘れられない思い出だった。


「お隣、よろしいですか」

「べつに良いけど……」


僅かに右に身体をずらし、ティーガーの座る位置を作る。

人懐っこそうな笑みを浮かべた少女は、その隣に腰を下ろした。

背丈はどちらも小柄であったが、それでもティーガーの方が随分大きかった。それを面白くなさそうな顔で見上げ、サインは膝を抱いた。


「……暇ね、はやく塔に入りたい」

「次の調査は一ヶ月後となりました。それまでに準備を万全にしておく様にとのことです」

「会議でもしてたの?」

「国王を交えての初の作戦会議です。宮殿で行われました」

「聞いてないけど」

「第一部隊は呼ばれていませんでしたからね」

「……あっそ」


光の塔初の攻略成功にあたって行われた光の塔調査全部隊本会議。

それとは違い、宮殿で行われる光の塔調査部隊作戦会議は、作戦会議とは名ばかりの王族貴族の宴会であった。

しかし、それももう昔の話。

光の塔の事情が変わった今、国としてもただの貴金属回収では収めることができなくなったのだ。

今まで第二部隊しか呼ばれていなかったこの会議に、第一部隊を除く全部隊が集結し、社交ダンスは無くなった。


国の一大事なのだ。


「国は、光の塔の攻略を半ば諦めていました。無駄に兵を殺すだけだし、貴金属の収入でも十分大きかったのです」

「逆に、なんで今まで一回も攻略できなかったかが不思議だわ。上に上がったことはあるのに、ヴァルキリーは倒せてないなんて」

「あんなの、今まで出なかったんですよ」

「……なんで、姿を現さなかったのかしら」


ティーガーはちらりとサインの横顔を見る。

傷んだ髪の下にあるその容姿は、意外というか、驚くほどに整っている。

少し桜色を帯びた小高い鼻に、白い肌に生える赤い唇。

長い睫毛に隠れる瞳は、海のように深く、ほんの少しの憂いが混ざっていた。


「不思議よね。第三部隊なんかにあの子の名前があるなんて」

「あの子……?」

「いや、大したことじゃない。きっと、唯の偶然」


口をつぐみ、瞑目する。

彼女の顔には、なんの感情も浮かばない。

胡座をかいて、心を休めた。


「__サインさん」


突然、ティーガーが立ち上がった。

その姿に、サインはいつもの光を強く感じる。


その瞳は、その仕草は、歳に似合わず、あまりに力強く美しい。


「私と、お手合わせしていただけませんか?」


その光に、目を細めた。


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