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迷宮少女  作者: 奇妙な海老
2/11

新兵の少女

牙の折れた化け物の眠る瓦礫の前で、少女は膝を抱えてて座り込んでいた。

もう何日経っただろうか。二日か、三日か、もしかしたら一週間近く経っているのかもしれないが、何にしろ、少女にとってはその時間が恐ろしい程長く感じられた。

いつ、助けは来るのだろうか。これからすぐか、それとももっと先か。

薄暗い洞窟の中、いつ襲ってくるかも分からない化け物に少女は怯え、膝を震わせながら長い時間を過ごしていた。

周囲を警戒するあまり少女の精神はあまりに擦り切れ、あれから一睡もしていない少女の体力を根刮ぎ奪い取って行く。

瓦礫の様子は何時迄も変わらず、未だ動く様子はない。依然として化け物の亡骸は息をしていないし、光が差し込む兆しもない。

いつの時だったか、少女は自分の喉に強烈な渇きを覚えた。喉だけではない。皮膚も、瞳も、口も、臓器も、少女は洞窟に閉じ込められてからの数日間、一口も水を飲んではいなかった。

少女の瞳に光が消える。

絶望とでも言うのだろうか、少女はある種の悟りを開いた。

恐らく、洞窟の外には、化け物が徘徊しているのだろう。自分の家族は全員死んで、帰る場所も当然ない。

勇敢な者も皆死に、救世主などいるはずもない。

少女の内から恐怖が消える。

何故だろうか、恐怖している今の時間が、途轍もなく無駄なもののように思えた。

ここで座っていても、誰も助けには来てくれない。ここで一人泣いていても、誰も励ましては来てくれない。


少女は『生きたい』と思った。


唯、どうしようもなく、少女は生きたいと願った。


ゆっくりと立ち上がって、少女は前へと歩いて行く。

この広い洞窟の、奥の、奥の、奥のところへ。

一歩一歩踏みしめるように、踏んだ砂利の音をも逃さないように。


少女は前へと、歩いて行く__







「ふむふむ、今年も上々じゃないか。まったく、金がない連中は減らねぇなぁ」


小さな部屋の机の上で、置いてある紙を眺めていた男はこう言った。僅かに髭の生えた顔を綻ばせて、紙をペラペラとはためかせていた男は、一頻りケラケラとわらったあと、突然目を鋭くして、紙を目の前に広げる。


「…おい、このサインとか言う苗字のねぇ奴は誰だ」


声をかけた先は、自分の隣に立っている従者と思われる男。上司の男とは対象的に、綺麗な黒髪に短く揃えて、その皺一つない正装を見事に着こなした、出来る男の容姿をしている。

数十秒待ったあと、全く返しがこないので、男は一つため息を吐いた。


「おい」

「……は、すいません。寝ておりました」


目を擦って、上司に向かって斬新な切り返しをする従者。男は軽く従者の額を小突いて、目を覚ました従者の目の前に、手に持った紙を突きつけた。


「こいつ、生年月日不明、住所は曖昧。おまけに、部隊に入りたい理由は『金が欲しいから』だってよ」

「それが…どうしたんでしょうか」

「実はなぁ、この新兵、見た目十二歳くらいの女なんだと。実年齢は不明と書いているがな」

「…へぇ、それは珍しいですね」


この御時世。いくら国が兵士を募集しようとも、十二歳の女子が兵士になるなんてそうあったものではない。確かに、一般兵士勧誘書には、これと言った年齢制限と呼べるものは存在しない。しかし、齢十二歳にして兵士に志願するなんて少女は、今までで前例が無いのだ。家の事情で小さい頃から光の塔に関わってきた子供はそれなりにいるが、少なくとも一般兵士で十二歳の子どもと言う者は、彼には聞いたことが無い。それで女ときたものだ。国がいかに光の塔の事しか考えていないのかが良くわかる。


「あとこいつも見ろ」

「まだあるんですか」


バッ、と音を立てもう一枚の紙を突き出す男。

従者は眠そうに目を開けて、開いてるか開いていないか分からないような目でそれを見ると、だんだんと目が開いて行って、直ぐに目を丸くした。


「なぜ、この人がここにいるのでしょう」

「さぁな。まぁなんにしろ」


従者の視界から紙を離して、小さく息を吸う男。口を大きく歪ませ、腕を組んで立ち上がった。


「今年こそは《特攻隊》を卒業できるかもしれねぇなぁ」


悲しそうに、男は呟いた。







ガヤガヤとうるさい人混みの中、部屋自体はそれほど大きくもないのに、所狭しと大勢の人間がそこには集まっていた。


「ちょ、なんでこんなに人がいるのよ!」


体の小さなサインには、その人混みはなかなかハードな物だ。魚のように整列もしていない物だから、歩くたびに屈強な男たちに跳ね飛ばされてしまう。そんなサインを、男たちは何処か哀れむような目で眺めていた。光の塔と言う宝の山を掘るために、人が燃料のように燃やされ散って行くこの時代で、金のないものはその燃料になる他なかった。特にここ《特攻隊》では、一攫千金を狙うと言う非常に浅はかな考えの持ち主もいるし、サインのように、金が無くて仕方がなく、と言う理由で兵士になるどうしようもない連中もいる。しかし仕事が消え、存在価値が無くなってしまった人間に、国に多いに貢献できるとても有意義な仕事を与えているのだ、と考えると、兵士を物資のように扱う、人権と言うものを舐め腐ったこんな政策も、むしろ評価できることなのかもしれない。


「新兵は絶え間無く増え続けるからな。私と君を含め、今回の募集では600人を超えたそうだ」

「ぐえっ、600人がこの建物の中に…!?」


ここはそんなクズ達が集まるクズの総本山。光の塔調査第一部隊本部と呼ばれる場所だ。建物こそ、巨大な軍事施設のような見た目をしているものの、その実態は肥大化した武器庫と食料庫による土地の圧迫。増え続ける新兵達を招き入れる、所謂兵舎と言う物は全体の6割で、この部屋の広さはその内の2割。とてもこの人数を押し込める大きさではないのだ。

もっと広くしろよ、と遺憾の声を上げるサイン。それに対して、トワは確かに、と苦笑いした。


そうしていつまでも騒々しく騒いでいると、奥の扉からゆっくりと男性が歩いてきた。

顎に髭を蓄えたワイルドな容姿で、白髪混じりの黒髪をしている。ボロボロの服の上に、金属の胸当てをして、ならず者の大将のような見た目だ。

男性は口を歪ませながら辺りを見渡し、一通り目を通したあと口を開く。


「俺は、光の塔調査第一部隊隊長、ロイド・レイドリックだ。これからよろしく」


太くて良く通る大きな声に、その内容は彼らの耳に良く通った。

そして彼らは一度静かになったあと、爆発するかのように声が上がった。一つドアを開ける音がして、男性の背後から怪訝な表情をした黒髪の男性が歩いてくる。


「静かに。今日集まってもらったのには、深い理由があると言うことを分かっているでしょう」


そう、サインが兵士になった翌日、朝起きた時には既に何人もの人が集まっていた。どうやら新兵達は、今日本部に呼ばれる予定があったそうなのだ。

サインがトワに匿ってもらった施設は光の塔調査第一部隊本部。

新兵は兵士になったその日から本部の兵舎に泊まることが許されるので、家がないサインは自ずと兵舎に泊まることになるのだ。

しかし今日は兵舎に泊まっていない兵士までも集まる日。そこになにかしらの意味があるのは簡単に分かった。


「そうだ。こいつの言う通り、今日集まってもらったのには理由がある。なに、そんなに長い話にはならないから安心しろ」


なぜか楽しそうに言い放つロイド。それを横目に、従者は既に夢の世界に旅立っていた。

ロイドは腕を組んで、部屋の部屋の奥にある一段高いステージに立つ。

周りが落ち着きなくざわめく中、その視線を一点に浴びて、大きく歪んだ口から声を出した。


「明日は、光の塔攻略日。武器と食糧はこちらで用意しておくが、他になにか欲しい物があったら自分で揃えて来るように」


静寂の時。

ステージの上を歩く音と、風の音しか聞こえなくなった。いつの間にか新兵達は動きを止めて、その報告に口を大きく開いている。サインだけはその意味が良く分かっていないようで、一人だけ首を傾げた。

そしてロイドがステージに設置された扉を開くと、後ろを向いてこう言った。


「逃げたやつは処刑な」


そしてガチャ、と扉を閉める音がしたあと、いままでにない程の爆音が響く。


「明日だと!なにも告げられてなかったぞ!」

「糞が!いきなり特攻かよ!あんまりじゃないか!?」

「嫌だ嫌だ嫌だまだ死にたくない!」


一つ大きく舌打ちをするサイン。何をこんなに騒いでいるんだ。そうやって彼らを罵倒した。いつまでも耳を劈く悲鳴に、ふつふつと苛つきが積もる。明日が自分の最後の日になるかもしれないと言うのだ。この反応はむしろ当然の物だと思われる。

しかし、サインにはそんな事は通用しなかった。いつものように頭を掻いて、目を細め、重心を自分の左足に動かした。サインは更に険しい顔をして、周りで騒ぐ新兵達を睨みつける。特に目の前の奴だ。さっきから嫌だ嫌だとばかり叫んで、そんなに嫌なら兵士なんてなるんじゃねぇよ、とサインは呟いた。

いつまで経てど終わらない悲鳴に、大きく積もった苛立ちが一気に炎上し、サインはとうとう、その男の尻を蹴り飛ばしてしまった。


「ぐあぁ!?」

「どうしたっ!?」


軽く浮かび上がった男は、情けない声を出しながら正面に倒れこむ。それを見た周りの人間は、一斉に後退りし、小さな輪ができるように並んだ。

その中心に立っているのは、見た目十二歳の少女。

髪も肌も真っ白で、明らかにサイズのあっていない大きな長袖の服を身にまとっている。

少女は男を無表情で見下ろしながら、大きく上がった足を下げる。そして髪の毛をかき上げて、倒れこんだ男にズカズカと歩いて行った。そして男の正面に立ったあと、少ししゃがんで力強く胸ぐらを掴んだ。


「うるさい」


サインはそう言って頭を振り上げ、その男の額に頭突きを食らわせた。男は小さく喘いだあと、やがてぐしゃりと倒れんだ。

その光景を見ていたトワが、サインの肩を強く掴み、顔を振り向かせる。


「き、君は何をやっているんだ!」

「…なによ。うるさかったから黙らせたの。文句ある?」


怪訝な表情をして、トワを見上げるサイン。サインには、トワがこんなに怒る理由が理解できなかったのだ。

そもそも、周りの新兵がここまで騒いでいる理由が理解できていない彼女は、それも当然か、人の感情が全く読めない奇妙な心を持っていた。それはサインがまだまだ幼くて、どこかズレている証拠。

トワはサインの答えを聞いて、呆れた表情をして大きく溜息を吐いた。そして、直ぐに立ち上がってサインに背を向ける。


「申し訳ございません。その、見ての通りまだ幼いので、どうか許してやってください」

「な、幼いですって!?」


トワはサインが蹴った男に対して深々と頭を下げる。男はその間も気絶していた。幼いことを理由に謝罪されたサインはそれに怒り、大きな声を出す。


「私は子供じゃないって言ってるでしょ!何度も言わせるな!」

「ええい、今うるさいのは君の方だぞ。その態度が子供なんだ」

「くぅ…!」


正論で返されたサインはなにも言い返すことができず、その場で黙り込んでしまう。トワはその光景を見届けてから、男の連れと思われる人間に頭を下げていた。


「まったく、今回はこいつだったから許してやるが、もしヤバイ奴だったらただじゃ済まなかったぞ。なにしに来てんのかは知らねぇが、躾はしっかりしとけよ」

「すいませんでした」


最後に一礼をして頭を下げるトワ。しかしサインには最後の言葉が気になって仕方がなかった。


「躾だと!調子に乗んな!」

「ほら、暴れるな。君は少し黙ってて」

「んー!んー!」


口を抑えられて声が出ないサインは、それでもなんとか声を出そうと奮闘するが、その奮闘虚しく、トワに抱きかかえられてそのまま何処かに連れていかれてしまった。小さく華奢で、何処か柔らかさのある白い肌はとても気持ちの良いもので、トワは終始顔のニヤつきを抑えようと頬を引きつらせていた。

騒がしい人間がいなくなった大部屋で、新兵達は一斉に外に出て行った。明日に備えて必要な物品を買い揃えに行くのだろう。どんな物が支給されるかは公開されていないが、備えあれば憂いなしの精神だ。


その頃のサインはと言うと、指定された兵舎の自室で、トワから説教を受けていた。兵舎の部屋はかなり粗末なコンクリート作りで、柔らかいベットなど用意されていない。二つの寝床らしき場所があり、相部屋であるトワとサインはそれぞれの寝床に座って話し合っていた。


「なんでいきなり手を出したりするんだ。軍隊で背後からの謎の損傷により死亡、なんて事件ざらにあるんだぞ」

「あーもう、うるさいなぁ。あいつに根性がないのが悪いのさ。それに出したの手じゃないし」


手を揺らしながら適当に返すサイン。するとトワがとても真剣な表情をしていたので、思わず顔を背けてしまった。サインにとっては、こうして人に怒られたことなど、記憶している限りではこれが始めての経験だ。だからでこそ、トワの言葉はサインの耳によく通った。


「根性云々の話じゃ無い!君はまだ幼いんだからなにが起こるか分からないんだぞ。一応女子であるわけなんだから」


少し悲しそうに言うトワに、サインは少しばかり感銘を受けた。前髪を指先で弄くって、顔を背けたままサインは口を開く。


「だから子供じゃないって……はぁ、分かったわよ。もう暴力は振るいません」

「…そうか、そう言ってくれると思ってたよ」


するとトワは笑顔になって、サインの方へ近づいて来た。白髪の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫でる。


「ちょっ、なにすんのよ!」

「まぁ良いじゃないか。私の気が済んだら、君をさっきの所業から許してあげるよ」

「あんたは保護者か!」


サインがトワの手を振り払って叫んだ。鋭い目線でトワを睨み、自分の体を抱きしめるように手を回す。それに対してトワは首を傾げた。すると突然何か思い出したかのように手を叩き、部屋にある小さな物入れから、なにやら見たことのある紙を取り出した。その紙は、あの口の悪い店員の居た場所で書いた物。一般兵士勧誘書だ。


「君は聞いていないようだから教えてあげよう」


トワは紙をサインに突き出し、ある一項目を指差す。そこにはサインが兵士になることを認める判子が押されており、よく見るとその下に小さい文字で何かが書いてあるのが分かった。

『十二歳はあまりにも危険なので、トワ・アンデルセンをサインの目付役とするものとする 光の塔調査第一部隊隊長 ロイド・レイドリック』


「十二歳じゃねぇし!」


サインは高々と咆哮し、勢い良く立ち上がってロイドに抗議に行こうとする。しかしその前にトワにその長い袖を引っ張られ、トワの胸に抱きつくような形になってしまった。サインはすぐさまそこから離れようと手を動かすが、その前にトワが背中に手を伸ばして、振りほどけないようにギュウと抱きしめてしまう。


「へぶっ!?」

「はぁぁよしよし。お前は可愛いなぁ」

「な!もうっ!やめなさいよ!」


それでもなんとかトワから抜け出そうと試みるが、サインの感触がよほど良いのか、トワはその抵抗を物ともせず、恍惚の表情でサインの体を抱きしめ続けた。結局、それからもサインはトワからは逃げられず、しばらくの間このような事をずっとされ続けてしまった。







「やめてっ!やめてよっ!」

「わはは!」


体を持ち上げて膝の上にサインを乗せたトワ。サインは恨みを籠めて歯を噛み締めて拳を握った。手をブンブンと振り回し、トワの体を殴りつける。しかし、手が短いのと、完全にトワに抱き締められている影響で、サインはトワの胸の中からいつまでも抜け出せずにいた。


「な、なななな、何やってんのよあいつら!」


サインとトワの隣の部屋。一人部屋のカプセルホテルのような部屋に、一人の女性が泊まっていた。サインとは違い、丁寧に解かした短い金髪を持っていて、白いシャツとホットパンツの上に黒いコートを着こなしている。この女性の名は、ミリアム・ハーレット。他の新兵と同じように、買い物をしようと財布を取りに行ったところ、自分の部屋の隣から、なにやら如何わしい声を聞いた女性だ。確か、私の隣に泊まっていたのはあのいろんな意味で強烈な少女と、その付き添いらしき《男》!

女性は顔を真っ赤にして壁に耳を付け、片手に何故か護身用のナイフを持って盗み聞きをする。


「乱暴にしないでよっ!」

「あぁ、悪い」


「幼女に強姦!?犯罪じゃないの!」


トワを完全に男だと勘違いしているミリアムは、小さな女の子の嫌がる声を聞いて怒りがこみ上げて来た。どんな理由でここにいるのかも分からない少女に、乱暴をしようとしている最低な男。同じ女性として、少女の始めてを阻止せずにはいられなくなった。ミリアムはその場から素早く立ち上がり、隣の部屋にむかって走り出す。

そして部屋の前に立ったあと、その扉を怒りを込めて開いた。


「やめてって言ってるでしょ!」

「え」


扉を開けると、目の前に広がったのは青と黒の服、この色はあの男の服の色。長いローブと黒いズボンの重ねた色。体を途轍もない重量感が襲い、その衝撃によって体が大きく傾き、ミリアムは足を滑らせた。


「う、うわあぁぁぁぁぁあ!」


コンクリート製の床に強く体を打ち付けられ、それと同時に謎の重量感が体を押しつぶす。自分の上にのしかかっているのはあの男。少し男らしくない体つきをしているが、そんな事を気にしている余裕はミリアムにはなかった。蛙が潰れるような呻き声がしたあと、視界が揺れて、ミリアムの意識は一瞬で飛んだ。


「いったた…無防備な腹への正面蹴りとは、なかなか綺麗に入ったぞ」

「あんたが執拗に私の体を触ってくるからじゃない。手加減してやったのよ。感謝しなさい」

「うん?そう言われてみれば、確かにこんな感じの床にしては衝撃が緩かったような…」


大きく上げた足を下げながら、髪をかきあげて睨むサイン。それを横目に浴びながら、トワは首を傾げて自分の座り込む床を見下げた。トワの感じた感触は、コンクリートと言うべきか、もっと凹凸のある物であった。トワはその場で立ち上がり、この感触の謎を探る。そこにコンクリートでできた硬い床は存在せず、一人の金髪の女性が寝転がっていた。


「おぉ、可哀想に。二次災害とか言うやつかな」

「ちょっと、どうすんのよこいつ。言っておくけど私はなんにも手伝わないよ。押し潰したのはあんたなんだから、あんたがなんとかしなさい」

「む、君が蹴ったのだから、非は君にもあるだろう」

「原因を作ったのはあんたでしょうが」

「…言い返せぬ」


一つ溜息を吐きながら、金髪の女性を抱えるトワ。自分より少し背が低いとは言え、サインと違いしっかりと体が成長しているミリアムをその手で持ち上げるのは、女のトワの力では少し荷が重かった。すると、ミリアムが力強く握っていたナイフが目に入った。よく刺さらなかったな、と、顔を青くするトワ。なんとか女性を持ち上げて、本来自分の寝るはずであった寝床に寝かす。するとトワは溜息を吐いて、サインを見下げながら声をかけた。


「ふぅ、さて。こうしてはいられない。今はまだ朝方だ。明日に向けて準備をしようじゃないか」

「はぁ?こいつほっといてどっか行くの?」


女性を一人気絶させておいてそれはないだろうとサインは反論した。その姿を見て、トワは身を翻してサインに背を向ける。そして頭だけ横に動かして、サインの目を見ながらこう言った。


「へえ、そうか。じゃあ君はここで彼女の面倒を見ていてくれ。私は買い物に行ってくるから」

「え、それは…」


微笑を含みながら出口のドアを開けるトワ。サインはそれを眺めて名残惜しそうに手を伸ばした。この何も無い冷たい部屋で、見知らぬ女性と二人で居るのは、少し寂しいことであったからだ。


「や、やっぱり私も連れてってよ」

「この人はどうするんだ?」

「えっと…」


口を閉ざして言葉を詰まらせるサイン。下唇を噛んで、悔しそうに寝床に腰掛けた。


「く…分かったわよ。話題を作ったのは私なんだし、仕方ないけど我慢するわ」


寝床を弄くりながらそっぽを向くサインに、トワは少し罪悪感を覚えた。良く考えれば穴だらけのよく分からない皮肉を喋っていただけのトワだったが、その言葉は、サインには少し分かり難かったようだ。トワは遊び過ぎたか、と自分を粛清して、腰に手を当て首を振った。


「ふふ、冗談だよ。これから昼食を取りに行ってくるから、彼女が起きるまで待とうじゃないか」

「…糞が」

「こわ」


髪の毛をかき上げて口を尖らすサイン。その光景を、トワは終始機嫌が良さそうに見つめていた。




「…殺しちゃったりして」

「……怖い事言うなよ」


一体私は何をしていたのか。


ふと正気に戻ったサインは、ミリアムを病院に連れて行った。

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