光の御子と少女
銀色の光が足を掠め、光は一部赤に染まり、少女は身を崩れさせる。
瞳に写るのは、完全に生気をなくした人間の成れの果て。肉のない白いだけの細指は物々しい剣を握り、カタカタと、まるで笑い声のようにも聞こえる音をたてて歩み寄ってくる。
少女が何かする前に、銀色の光が再度煌めいた。
痛みに顔を歪め、倒れこむ少女。
その少女の身体に、死体は容赦なく剣を降り下ろした。
肩から腰にかけて、一直線。
途方もない激痛から、少女は声すらあげられなかった。
死体はそのまま剣を上げ、少女に向かって、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす、降ろす……
少女は生き絶えない。
化け物の血肉が、この瘴気が、少女の傷を消していく。
故に救われない。
断続的に降りかかる限界を超えた激痛から、逃げることさえできず這いつくばる。
いっそ死ぬことができたらどれ程楽だろうか。
想像したところで現況は変わらず、ただ衝撃に身を震わせるのみ。
暗い洞窟に響く鉄の音。
少女の脳内に蠢いて、また気を失った。
しかし死体がそれを許さない。
深く刺して、引き抜く。
何度も何度も繰り返す。
また目を開いた少女は、自らの出した血溜まりのなかで酷く叫んだ。
しかし、言葉さえ思い出せない。
この化け物と壁だけの世界で、少女は助けを呼ぶことさえできない。
◆
ミリアムはこのときほど自分を無力だと感じた時は無かった。
知り合いの少女が、どういうわけか魔王の正体として疑われている。
確かに勇者候補の片割れ、ミラの言うことは一理ある。
光魔法の性質、魔物の不可解な行動、なにより圧倒的な少女の戦闘力。
膨大な光の剣の雨にさらされ、そのほぼすべてを弾き返した少女の力はとても人間のものとは思えないのも事実であった。
しかしだからといって簡単に許容することはできない。
ミリアムにとって、サインとはごみ溜め同然だった第一部隊に存在した一輪の花。現実に果敢に挑戦し、健気に生きる野花のようなものだ。ミリアムはその姿を見て何度も勇気付けられ、力を与えてもらってきた。
しかし、そう思っていてもなにもすることができない。
この空気が、ミリアムの身体を動かせなくさせているのだ。
十階層に来るまでのサインの動きは、全くそういった素振りはなかった。襲われそうになったところを、ミラ剣に助けられる。見ようによっては魔物の巣窟に放り込まれた非力な少女のようにも見えるその光景。
しかしそれが全て演技だというのなら。
部隊に入り込み、機会をうかがって魔物を放つ。
そして内部から破壊していく、それが魔王の目的なら__
「そんな、筈ないわ」
もしそれが目的ならば、なぜ今回実行する必要があったのだろう。
勇者候補が二人現れ、第六部隊も結成された最初の攻略に、勝負をかけるのはあまりに危険ではないだろうか。
サインは前回の攻略にも参加していた。その時は勇者候補も一人しかいなかったし、他の部隊も万全とは言えなかった。それならばその日に実行するのが普通ではないだろうか、少なくともミリアムはそう思う。
そもそも魔王とは全てにおいて謎の存在。光の塔との関係性も分からない不明瞭な存在だ。この塔の最上階に降臨すると言われている神と同じくらい信頼性がない。
そんな魔王という存在を相手にたったこれだけの証拠で決めつけて良いのだろうか。
しかし、やはり問題はサイン自身の戦闘力にある。
あの圧倒的な戦闘力を目にして、普通の人間ならばどう思うだろうか。
あれだけの魔物を葬ってきたミラの光剣を剣一本で全て捌いてみせた。
そんな姿を見せてしまっては、きっと化け物にしか見えないことだろう。
そしてあろうことか魔物が庇った瞬間も全ての人間が確認している。
張りつめた空気の中、ミラに守られて光の塔を登ってきた者達はこの短時間の間ではじめて魔物の恐ろしさを実感した。
寝ている間に怪物が襲ってきたらどうなるだろうか。隣で寝ている仲間が喰われ、今度は自分を狙おうとしている。
とてつもない恐怖が襲ってくるだろう。魔物を畏怖し、そして憎悪するだろう。
そしてその憎悪は、今サインに全て向けられている。
向けやすいのだ。ミラが作ったこの空気が、サインを魔王にしようとしているのだ。行き場の無い怒りを、元凶とされている者に投げつけているのだ。
たとえ、それが本当の魔王でなくとも、そうするしかない。
でないと、押し潰されてしまう。
「最後に見せてやろう、御子の預言を」
空気が、変わっていく。
◇
「あんた、何でここに……」
無風の筈の塔の内部で、青い髪は揺れている。
僅かに光を発しながら、トワは忽然と其所に立っていた。
「……第三部隊に身を置いていた。君も今見ただろう、第三部隊の代表として、変装をしていた」
「な、何でそんなことしてるのよ、第三部隊って……あんたとなんの関係が」
「魔王を特定するために協力していたんだよ。魔王の選別には、私の力が必要だった」
冷静だったサインの表情が、徐々に変わっていく。思えば、第三部隊の兵舎に泊まったとき見たもの、あれはこの事について書かれていたのか、とサインは気付く。
その光景を前に、ミラはただ腕を組むだけだ。
余裕をもった笑みを浮かべて、静かに佇んでいる。
「嘘、あんたが光の御子だなんて、そんなの嘘よ……」
「悪かったな、今まで黙っていて」
「なんでっ、あんなに普通に第一部隊にいたのに、なんで……!」
これ以上、聞きたくはなかった。
どんな悪意の目にさらされても、サインは全く動じない。全てがどうでもよく、取るに足らない戯れ言だからだ。
しかし唯一、心を傷つけることができる人間がいる。
トワの瞳が見れなくなって、サインは歯を食いしばって下を向いた。
光の御子がここにいる理由がすぐに分かった。
しかし、聞きたくない。
知りたくない。
今まで自分をどのように見てきたかなんて、今までの態度は全て嘘だなんて……
「協力していた、と言ったが、少し言い換える必要があるな。私は、自分から協力したんだ。私は誰よりも早く、君のことを魔王だと疑っていた」
「私は魔王なんかじゃ……」
「嘘だ、君の力は人間のものじゃない。はじめの攻略の時も、あの女を一瞬で切り伏せていた」
もはや反論はできなかった。
なにを言っても意味はないと分かっていたからだ。
「君は人が死ぬことに何の感傷も抱かなかった。死んだ仲間達の炎を眺めて、涙一つ溢さなかった……!」
「トワ……」
「教えてくれ、その小さな身体で、幼い顔で、そのどこまでが本当の君なんだ!君の内面は全てが容姿とは真反対だ。禍々しく、闇をもって蠢いている。不気味だ、君はおかしい、正常じゃない」
「や、やめて」
「誰だ!君は一体何者なんだ!?私の前で、あんなに可愛らしく、笑っていた君は……」
「私にも、分からないの……」
「……なんだと?」
「自分のことを、なにも知らないのよ……!」
心から言葉が溢れてくる。
今までなんとも思っていなかった言い様の無い不安が、今はじめてサインに牙を剥いた。
自分は一体何者か。
魔王を疑われた瞬間から、いや、もっと正確に言うなら兵士になったあの日から、サインの足元は徐々にぐらつき始めていた。
それが疑われた瞬間に崩れただけで、それまでも綻びは大きくなっていった。
サインは自分のことを何も思い出せなかった。
あの日、第一部隊の兵士となったあの日から、サインの記憶は始まっていた。
それ以前、自分はなにをしていたのか、思い出せない。
何処にいたのか。どうやって生きてきたのか。
名前も、年齢も、家族も分からない。分かっているのはこの身体に染み付いた謎の力のみ。
ただ、ふらふらと、そんなこと気にもせず今日まで生きてきた。
だが、日を追うごとに意識は覚醒していった。目につかなかったものが見えるようになり、心の怒り、哀しみ、喜び、最初は透明だった感情が、波打つのを感じていた。
そして、自分は何者かを考えるようになった。
「私の記憶は、兵士になった時から始まってる……生まれてすぐ、貴女と出会ったの……!」
「……そうやって、欺こうと言うのか」
「本当よ!」
「なら、これはなんだ!」
大声と共に、トワが一歩踏み出した。
その瞬間、トワの瞳が赤く変色し、長い蒼髪が強く光を放出。乱れた魔力によって髪は風に煽られたようにはたなびき、トワの存在を引き立たせた。
青い光に目をくらまされたサインは、一瞬目を塞ぎ、視力の回復を強いられた。ようやく歪んでいた輪郭が戻ったとき、サインは、トワの頭上に映る巨大な光を見る。
ここにいる全ての人間が息を飲むのが分かった。
それは魔力で形作られた色彩で、強烈な光の中に、確かに一つの映像を写し出している長方形。
「な、何よ、これ」
そこに映っていたのは白髪の幼い少女の姿。
小さくうずくまるその少女の下には、夥しいほどの死体が積み上がっていた。
「私は思わず、君に神の力を使ってしまった。見たくなかった、こんなもの、君を信じていたかった。ただ大人ぶっているだけだって、涙を堪えていただけだって……」
「こんなの、こんなの知らない」
「だが神の預言は絶対だ!この光景は必ずこの先起こる事象だ!光の御子として、私は君を裁かなくてはならない!」
「お願い聞いて、私の話を聞いて!こんなこと、私は__」
突き刺すような光が舞った。
サインは呆然として、声も出せずに目を見開いた。
二本の光剣が、サインの足を貫いて地面に縫い付けている。
ジリジリと肉を焼くような音と共に、サインはいっそ冷静さを取り戻した。
「__しないとでも言うつもりか、小娘」
ミラは愕然とした。
目の前の現実に追い付けず、酷く単純な問を口から漏らすしかなかった。
「なっ……なにをしている?」
「なにを、だと?光の御子ともあろう者が魔王を庇うのか」
「だからって、こんな」
「貴様がさっきいったのだろう、裁きを下さなくてはならないと。勇者は神の剣であるぞ!」
「ッ!」
ミラがまさに太陽のように大きな瞳を向けて、サインに詰め寄った。
紅い唇を歪ませて、サインの傷んだ白髪を掴む。
そのままぐい、と力任せに上げられたサインの顔には、もはや感情と呼べるものはなく、深海色の瞳を曇らせて、ただミラを眺めるのみだった。
「見ろ、こいつの目が、こいつの顔色が、自分を化け物だと証明しているぞ!なぁ、痛くもなんともないのだろう?認めろよ。お前は化け物で、魔王なんだろ。ほら、言えよ。お前の企みを吐け!こんなでけぇ熱の塊がぶっ刺さって平気な人間なんかいねぇんだよ!お前は化け物なんだろ!?」
「もうやめてくださいっ!」
月光のように鈍い光がサインを庇うように現れる。
向けられた剣の切っ先に身体が反応し、ミラは咄嗟に後ろへ跳んだ。
「ティーガー!なにをする!」
「もう見てられません!光の御子は神の社です!神の剣は御子に従うべきだ!」
「お前のその行動が神の意思だというのか!」
「そうで無いかもしれませんが、すくなくとも、御子はサインさんを傷つけることを望んでいない!御子の意思に背かないでください!」
二人の視線がぶつかり合って、火花でも発生しているような言い合いだった。
それを見て、トワは追い詰められたような表情でサインを見た。
サインは依然として表情を変えず沈黙している。
トワはゆっくりと歩きだし、サインの前に立つ。
そして周囲、正確にはそこにいる光塔教信者達に呟くように言った。
「……魔王を、投獄せよ」
「なっ、止めを刺さねば必ず後悔するぞ!」
「すまない、私にはできない……」
トワの意思を聞き、ミラは手を止める。
押し込んだ憤りが魔力となって身体中から漏れだし、まるで陽炎ように揺らいでいた。
「……くそっ!ティーガー、貴様も異端者か!魔王を庇い、処刑を先送りにした罪は重いぞ……!」
「異端にでもなんでもしてください。私は唯、御子の意思に従ったまでです」
ギラギラとした瞳を睨ませて、ミラはトワに視線を送った。
しかしトワは顔を下に向け、ティーガーの影に隠れて黙り混んでいる。ミラより頭半分は高い彼女の身長が、今はとても小さく弱々しいようだった。
「……覚えておけよ、小娘。必ず殺してやる」
赤い外套をはためかせて、ミラは背を向け去っていった。
◇
緊迫した空気はほんの少し薄れ、ティーガーは方膝をついた。
「__ッハ、ハァッ、ハァ、はぁ、はぁ……」
そして彼女は突然思い出したかのように息をした。
額からは汗が流れ、剣を放り強く胸を押さえている。
なんという殺気、いや、これはそんな抽象的なものではない。
一言でいえば熱。
ミラの怒りによってティーガーに全て向けられたその熱は、同じ魔法の系統を使うティーガーでさえやられてしまうものであった。
「何で出てきたのよ」
「言ったじゃないですか、見てられないって」
サインを振り向いて笑みを浮かべるティーガー。
その片腕を引いて、ティーガーは無理矢理立たされた。
「わしはやめろと言ったんじゃが」
「本当だわ。これであんたも嫌われものね。勇者にもなれないかも……」
「良いんです。勇者である以前に大切なことがあると思いますから」
「嘘、あんた思ってもないことを」
三人の少女達の空気を引き裂くように、サインの身が取り押さえられた。
その瞬間彼女の足を貫いていた光剣は四散して、痛々しく空いた赤い穴だけが残った。
「本部の地下牢に入れておけ」
「はっ」
命令に言葉一つで頷きサインを担ぎ上げる兵士。
足の傷を顧みない乱暴なその動作に、思わずティーガーは声をあげそうになるが、サインがそれを制止した。
「大丈夫、全然痛くないわ」
「で、ですが」
「本当に、私は良いから……」
周囲を囲んでいた兵士達は各々の寝床に戻り、辺りは先程と比べると閑散とした雰囲気が漂っていた。
連れ去られていくサインの姿を見ながら、ティーガーはトワを振り向いた。
気丈な少女の瞳、あの時の若い光が漏れ出るようだった。
「貴女、覚えていますよ。私がヴァルキリーと戦ったとき、サインさんと一緒に行動していた女性ですよね」
「……そうだ。君に勇者について、少し話した」
「成る程、あの情報量の多さはそう言うことだったんですね。私を勇者だと言ってくれた時は、予知魔法でもつかったんですか?」
「あぁ、少しな」
「あの時は本当に救われました。まさか、光の御子だとは夢にも思っていませんでしたが」
ニコリと笑って、ティーガーはトワの瞳を見つめた。
赤い瞳はもう元の色に戻っており、幼さの残る少女の面影が、不安そうに眉を下げていた。
「あの時からサインさんを魔王だと疑っていたんですか?」
「いや、そのときは違った。まだ思ってもいなかった。だが……」
「死んだ兵士の遺灰を見て、サインさんがなんと言ったのですか?」
トワの顔が凍りついた。
信じられないものを見たような目で、しかし声がでなかった。
「貴女は自分の物差しでサインさんを判断したのではありませんか?もしかしたら、貴女はとんでもないことをしでかしたのかも……」
「そ、そんなはずはない!君も見ただろう、彼女の人ならざる力を!それに、私の預言は絶対なんだ!」
「貴女はいつも隣にいた小さな少女の一面に恐怖して、魔王として周囲に見せつけ自分の恐怖を正当化しようとしたんだ。御子という立場故に、過剰に彼女を警戒した」
「しかし、事実彼女はここでいくつもの証拠を」
言おうとした言葉を、ベールの言葉が遮った。
有無も言わせぬ勢いで、しかし静かに彼女は説いた。
「その証拠の全てを、こいつは実行できるんだよ」
一瞬、何を言っているかわからないといった表情でトワは口を閉じた。
トワの額に冷や汗が垂れる。
その意味丁寧に噛み砕いて、彼女は言葉を発せられなかった。
「光魔法は凄いぞ。物をある程度動かしたり、ミラの光剣を防ぐことも可能じゃ。ティーガーでも、サインと同じことができた」
「し、しかし彼女は、光の勇者ではない」
「なら、彼女を魔王と断定する前に、考察すべき要素が存在するんじゃないのか?」
物分かりの悪い子供を諭すように、優しく、ベールは問いかけた。
砂金のような滑らかな金髪が、薄暗い塔内で水面に写る月光のように揺らいでいる。
「ティーガーがミラと違って唯一できないこと。それは光魔法の性質の改変……光魔法では絶対に人間を傷つけることはできないのじゃ」
「……しかし、ミラはできる」
「さっきサインのやったことはティーガーにもできると言いったが、光魔法を操るミラもそれは同じなのじゃ。なら逆に、それらの証拠を故意に作り出すことができるとしたら」
「なにが言いたい!」
「サインを魔物に庇わせ、光剣を簡単に防がせる。この二つは、光魔法がある程度使えたら余裕で実現できることじゃ。しかし魔物しか攻撃できない筈の光魔法でサインを傷つけること、これだけはサインが人間ならば不可能じゃ」
トワはハッとしたような顔をして、ベールを睨み付ける。
まるで禁忌に触れようとする少女を戒めるように、トワは語調を強くした。
「……まさか、君はミラが自分でサインを魔王にしたてあげたと言いたいのか。サインが人間であると、そう言っているのだな」
「その可能性もあるといっているのじゃ。同じ光魔法のはずなのに、ティーガーのものとは性質が違う。技量の差も考えられるが、ティーガーはこの第四部隊隊長ベールの認めた勇者ぞ。この短期間で光魔法をここまで使いこなせる勇者が、ミラのできたことができないだろうか。ティーガーが不可能である以上、光魔法で人を傷つけることはつまり、ミラが自分でやる以外考えられない」
「考えすぎだ」
「勿論、本当にサインが人外、魔王である可能性もある。光の御子である貴女の預知も無視できないからな。しかし、やはりあの少女よりミラを疑ってしまうのは杞憂かの?」
ベールはトワから身を離した。
そして巨大な階段を一歩上がって、トワに向かってこう言うのだ。
「よく考えろ、光の御子よ。私達が本当に光の側だと思うか。こんな私達がもし光であるとしたら、あの太陽は、あんまり眩しすぎやしないかのう」
周囲を眺めて、ベールはふと目を閉じた。
この狭い塔内で、屋根を張って寝るだけでも多くの人間がいがみ合っている。
トワの心の隙間にそっと入って、二度とは取り出せない。
そんな力が、この言葉にはあった。
◇
「攻略再開だと!?」
円卓の上で、老人が声を張り上げている。
その様子を、少女は冷たい態度で受け流した。
「当然だ。魔王がいない今、ここで攻めずにどうする」
「どの部隊も大きな損害を受けているのだぞ!貴様は部隊を全滅させるつもりか!?」
「私が戦えばすむ話だ」
「貴様など信用できるか!」
攻略は一時中断され、今後の攻略について、光塔教本部で議論が起こっていた。
魔物の襲撃で兵士の人数が減った今、この先攻略に行くのは確かに危険だ。しかし既に十階層から下は魔物は現れなくなり、こうやってその日の内にミヤコに戻ることも可能となっている。これまでは行きと帰りでの損害を考えなければならなかったため、あまり何度も入ることはできなかったのだが、今回のこれは大きな成果であった。
「信用だと?私は勇者だぞ、私を信用せず誰を信用するんだ」
「二人も勇者がいる状況で、その片割れの貴様に任せられんといっているのだ!」
「だがもう一方の片割れでは攻略なぞとてもできんぞ」
「黙れ小娘!」
しかし光塔教の大老達も黙っていられない。
遥か昔から御子の補佐として存在し、また影から操っていた『主教院』にとっては、今回の攻略を再開させることは断固として認められなかった。
権力に溺れ、国王をも動かしていた連中である。大方、攻略資金を光塔教から出すのを渋っているのだろう、とトワは予想した。
「そもそも御子よ、なぜ貴女がここにいるのだ!」
「そうだ、御子。分からぬのか。貴女の力はこのようなことに使う力ではない」
「魔王の判別より大義のある用途があるのか?」
こめかみに手を当て、押し黙る男。
青筋を浮かべ自分の半分ほども生きていない少女に対し言葉を探す姿は、とてもこの光塔教において光の御子に次ぐ権威を持った人間とは思えなかった。
「……魔王など迷信にすぎん」
「本気で言っているのか?」
「最後に文献に登場したのはいつの頃だと思っているのだ!」
「初代光の勇者、ウォルの記録だけだろ。しかし、現に御子が魔王の姿を預言しているのだ。出るに違いあるまい」
忌々しげにトワを睨んで、聞こえるように舌打ちをする。そして付き合っていられないとばかりに立ち上がると、その瞬間、ミラの瞳が鋭く光った。
思わず身を強張らせる男。
しかし引き下がるわけにもいかない。男はこの圧力を振り払い、中央にいる二人の少女に対して口を開いた。
「とにかく、我々は攻略の再開を断固拒否する!勝手な行動は許されな__」
その瞬間、純白の石床に赤い花弁が散った。
文字通り光速。
立ち上がった勇気ある男は、自分の首が繋がっていないことにも気づかず命を落とした。
震撼する空気。
まさか、実力行使に走るとは夢にも思っていなかった。
ミラは依然中央に置かれた椅子から動くことなく、退屈そうに足をぶらつかせている。彼女の象徴とも言える金色の髪を揺らし、殺気などは感じられない。
しかし彼女のした行動の重さは、床に転がる肉塊が鮮烈に物語っていた。
「……な、なにをしたんだ」
ここにきて初めてトワが口を開いた。
目を見開いて、顔面蒼白でミラを見つめる。
「五月蝿い老害を殺してやったんだよ」
「なぜ殺したっ!」
「要らない存在だからだ。ここに私の意思を理解できない人間はいらない」
「き、貴様、命をなんだと……」
「お前も私の言うことが理解できないのか?」
トワは直ぐに口をつむんだ。
これだ、ミラは時折、突然狂暴性を増すことがある。
その間の彼女は非常に短気で、怒れば他人を簡単に殺すことができる危険な存在となる。
肌が焼けるようなチリチリとした感覚がトワ撫でる。
ふと明後日を向いたミラの首筋に、なにか赤い線が走っているのが見えた。
勇者の紋章。
見間違いだろうか。
トワの目には、ミラの紋章は巨大であれど、なんとか背の内に収まっていたように見えたのだが。
あの紋章は、首筋に辿り着くほど大きかっただろうか。