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忘れ去られた過去《あい》を殺せ

 魔法大陸には、僕たちの使うアジトがある。

 その、数ある部屋の一室で僕は濃紫の袴から普段着に着替える。

 勿論、この魔法が使える国で通用する服だ。

 裾が地面すれすれの紺のコートとズボン、靴はブーツのような。

 羅名が見繕ってくれた。これは秘密だ。

 着替えると、茶の間で胡座をかきながら羽仔と巫女様を待つ。

 巫女様は、初めは嫌がっていたものの、いまではなぜか、巫女になる事を受け入れている。

 嫌がっても抗えない運命、と云う所か?

 成宮あこはが巫女様になるなら、文句などない。

 むしろほっとしている。

 どんな理由も結果があれば大したものではない。

 他には何も要らない。

 巫女を選ぶ秘訣は自分の心にビビッと来るか否か、そう云っていた親父のコトバが浮かぶ。

 当初は無茶苦茶だろと思っていたが、そのコトバは正しかった。

 巫女を見るまで愚かなこの目は何も世界を映していなかった。

 僕は、だから巫女様に……。

「準備出来たわー」

 僕の思索はそこで途切れる。

 羽仔の声だ。

 続いて巫女様も、

「お、お待たせしましたっ」

 ひざ丈の真っ白なワンピースの裾を握っている。

 僕はふたりに向けて微笑する。

「羅名、さすがだな」

「ですよねー?」

 羽仔が首をかくんと曲げて、笑う。

「似合うな、巫女様」

 巫女様はふふん、と笑む。

「上出来でしょ」

「行こうか」

 僕は敢えて話をそらす。

「スルー?」

 僅か巫女様の顔が歪む。

 それを見て羽仔がくすりと笑った。


 家を出て二十分も歩くと、橋が見えて来た。

 水色の、巨大なアーチ型だ。

 橋の下を流れるのはアグリザ川だ。

 魔力を湛え、悪意をもって水に入ると溺れ死ぬ。

 街の人によると、泥棒が追っ手を撒こうと逃げ込んで、三秒後にその死体が浮き上がって来たとか。

 だから水は魔法の実験に用いられる。

 魔力があるから上手くいきやすいそうだ。

 とは云え、きちがいじみた研究を好む魔法使いが多いので大抵水には触れず、長柄のひしゃくで採水するとか。

 河面は日の光を反射し、いかにも生きていると云うようにうねり、キュルキュルと流れていく。

 僕たちは橋を渡りながら、川を眺めた。

「きれいな川ねー」

 巫女様はうっとりとした表情かおで云う。

「そうだな」

 僕も頷く。

 会話などこの場にふさわしくない程、荘厳な沈黙が満ちていく。

 魔力とはこう云うものなのか。

 下流の方では、白衣を着た人がひしゃくで川の水をすくっている。

 橋を渡り切ると、小高い丘が見え、登ると、眼下に街が広がっていた。

「わぁーっ」

 巫女様が小さく歓声を上げる。

 それが大声ではなかったのは、川の神聖さが未だ残っているからか。

 きゃーっと駆け出しそうな雰囲気に、思わず僕は巫女様の腕を掴む。

「待て」

 巫女様が振り返る。

 きょとんとして、どうして引き止められたか分かっていない顔だ。

「巫女様。勝手に行かれては困るよ」

「はあ……?」

 そのとき、紺青の男が、目の前の空間を揺らし割り、現れる。

 ラピスラズリの蒼の瞳、海底の昏い色の髪、青薔薇のピアスは耳に咲いたかのような精緻さだ。

 僕は咄嗟に、掴んだままの巫女様の手を引き背にかばう。

 同時に羽仔が僕らの一歩先に立つ。

 男の煌めく蒼い眼を僕の心は烈火の眼差しで射抜く。

「どの面下げてここへ来る?」

 僕の口調は知らず厳しさを醸す。

「ふんっ。おまえこそ」

 鼻で紺青の男は冷たく笑った。

 僕は込み上げる怒りを抑え抑え相手を挑発する。

「それとも図々しく聞きに来たのか」

 紺青の男が眉をひそめ、何か思い当たったらしくひそめた眉を今度はつり上げた。

 僕はそれに構わず云い放つ。

「忘れてしまったんだろう? 過去を全て?」

「っ……貴様」

「心配して喚き散らしているのか。如何にもきみらしいね? だが、忘れてしまったら駄目だ。もう、殺すしか手立てがない。諦めろ? きみの姫様などこの世に存在しない」

「云わせておけば……っ、この下司がっ」

「何とでも云え。思い出したいなら勝手にしろ。僕たちは関わるつもりもない。こっちは断ったんだ。馬鹿にするなよ」

「はんっ。俺様の命令は絶対だ」

「潔く泣き寝入りしろ」

 瞬間、羽仔の防御結界が僕らを包む。

 宝石の綺麗さで輝く緑色のドームの外では、神々しく青薔薇が舞い踊る。

 但しその花びらは人の手で触れれば吹き出る血で深紅に染まるだろう。

 巫女様と羽仔と、僕の三人はドームの内側で男のピアスから次々生まれては散る花の可憐な乱舞を眺める。

「僕らを、舐めんな」

「ちっ」

 紺青の男は舌打ちをしながらも、攻撃の手を止めない。

「僕らは戦いを争いを望まない。早く殺してしまえ」

 紺青の男ーーラモンには許嫁がいた。アリズアと云う。

 だが、アリズアは魔に取り込まれ、ラモンを殺す手前迄追い詰めた。

 魔法とは、魔を使役する方法だ。

 人智の及ばぬ不可解不可思議ほぼ全能のその魔の力を崇める者と、忌避する者がいる。

 僕らは後者の世界にいるが、彼らは前者、何らかの理由でーー例えば人力には不可能な願いを叶えるとか、単に魔を研究するとかで、ひどくおどろおどろしい魔法でも使ったのだろう。

 魔はそれを利用する者を魅了する。

 魔法使いはだから、心を強くもち、魔に魅入ってはならない。

 だが、アリズアは魔に魅入り自分ーー理性を失くしてしまった。

 その結果、許嫁のラモンに手をかけた。

 ラモンは茫然自失、意識不明で、目覚めたときこれまでの自分の半生をすっかり忘れていた。

 おそらく最愛のアリズアの行動が、かなり痛手だったのだろう。

 さらにひどかったのが、ラモンの立場だ。

 彼は、この魔法大陸カムツガにある東の王国ヴァルアリーラの王子だった。

 王位継承権第一位の。

 アリズアは国の高級貴族の生まれだったが、いまは牢の中にいる。

 彼女を脱獄させよと、ラモンは先日僕に依頼した。

 勿論僕は断った。

 なぜなら、彼が巫女様の力をアテにしていたから。

 僕はむかついた。

 彼を殺したかった。

 巫女様の情報源と引き換えにアリズアの脱獄を手伝う手もあったが、止めた。

 ラモンの考えていそうなーーアリズアと夜逃げした、後の愚かな王族貴族の後継ぎを巡る諍いを引き起こし、この国の民を混乱させるのは本意ではない。

 ーー今迄、目立たないよう息を潜ませ活動していたのに。

 ルリカ島を隠すために、ルリカ島の痕跡を消し歩いていた。

 神話や民話から伝説と、それらしい話を聞けばキーガールを呼び、忘却の魔法で人々の記憶を失くさせていく。それらが書かれた書物も燃やす。

 だが、巫女様を知っていて、彼女を守る神官の存在さえ分かっていて僕に接触し、あまつさえ巫女様を利用しようと懇願するなど、初めてだ。

 僕の怒りの琴線に触れた。

 ラモンはだから、僕らにとって何よりまず消すべき相手だ。

 ラモンの事情ーーアリズアへのいを思い出したい、そのためにはアリズアを秘密裏に救い出す事から始めねば……、彼女を大切にしなければ……

 などに、付き合っている暇も義理もない。

 どの道それらがあっても、要らないが。

「とっとと殺してしまえ。ーー忘れてしまった過去こいなど無意味だ」

「知ったふうな口をきくな。貴様如きに彼女の何が分かる?」

「何も、分からないよ勿論?」

 ラモンは歯を軋ませる。

 僕は巫女様に口付ける。

 彼女は目を大きく見開きーー、辺りの空気がガラリと変わる。

 羽仔の結界などルリカ島の創造神メーガル神の前には風に舞う紙屑同様だ。

 ラモンの青薔薇も、花のピアスが付いた耳ごと地に落ちていた。

 神が降りた巫女様を眺めながら僕は、自身に囁く。

「忘れ去られた過去あいを、殺せ」

 ラモンが許嫁である事すら忘れて暴れたアリズアは、愚かだ。

 単純に、アリズアが見境なく魔に魅入り、彼を殺そうとした時点で、彼女はきっと彼への愛を過去に変えた。

 だから、僕はふたりをつなぐ赤い糸を断つ。

 ラモンが必死に思い出そうとしている、

 アリズアが忘れてしまった、

 過去あいを殺す。

 ラモンを亡き者にする事で。

 彼の存在自体をこの世から消し去る事で。

 アリズアの事情などは全てが僕の思い込み、かも知れない。

 それでも巫女様に手を出したら、許さない。

 これは生き方、僕の信条だ。

 過去あいを忘れ去った男を葬る。

 僕はそうやって、生きて来たのだから。

 ラモンの攻撃が途絶えた一瞬、僕は彼に向かって短刀を投げる。

 彼の鼓動を真っ直ぐ貫いた音を耳が捕らえた。

 爽快な気分だ。

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