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世界を隠す少年

「あれ? 僕、いま……?」

 僕は我に帰り、目元をぬぐった。

 そこにはなぜか乾いて、皮膚に硬く張りついた涙、らしきものの跡がある。

「どうかした、スザク?」

 目前にいた少女が僕の顔を覗き込む。

 思わず息を呑んでしまう程の可愛らしさに溜め息がこぼれ僕は又、目をこすった。

 この少女は僕の知り合いだった。

 少女、もといキーガールーーは忘れたい事を忘れさせてくれると云う、不可思議な子だ。

 

 僕は何かを忘れたのだろうか?


 記憶に欠落はない、筈だ。

 確かめるためにコトバを連ねる。

「僕……なんで? なんで涙? なんか悲しい事あった? 全然思い出せないよー」

 キーガールは不思議そうな表情をする。

「そうかなー」

「この、涙っぽいのは何?」

「さあ?」

 キーガールは首を傾げる。

「ねえ、それより、来たみたいよ」

「……は?」

 彼女の脈絡のないコトバに一瞬、僕の思考は止まる。

 眉をしかめた僕を見て彼女はくすくすと笑う。

「巫女様、……候補。探してたでしょ?」

「ーーああ」

 巫女様、

 それは、希望をもたらす力の名だ。

 僕たちが住むルリカ島の存在を島の外へ知らせないための。

 僕は、そのために手を尽くしている。

 中でも巫女様の在不在はかなりのファクターを占める。

「しかし、なぜそれを君が知っているの?」

 巫女様を選定するのは僕の役目でキーガールのではないのに。

 僕の不満を見透かしたように彼女は一層笑みを深める。

「だって、スザクと同じニオイがするもの」

 僕は絶句した。

「あの子も……」

 きっと、忘れたい事を抱えているわ。

 ……とは、キーガールは言わなかった。代わりに、

「泣いてるみたい」

「……そうか」

 僕は社務所の窓から外を眺める。境内の桜が吹く風に花びらを舞わせている。散り敷く上を踏み締めて来る人影がある。

「行って来るよ」

「守ってやれよ」

 見送りのそのコトバは彼女らしからぬ口調だ。自然と笑みがこぼれて僕は、

「守んねーよ」

 けれどもキーガールはふんわりと微笑んで、

「気をつけてね、スザク」

 その声をお守りに僕は桜花に混ざって祈る巫女様候補の元へ歩いていく。


 ルリカ島では魔法が使えない。

 だが島の外は魔法が使える者こそが栄華を手にする世界だ。

 魔法を使えない島の存在を外に知られれば、どこにどんな変化をもたらすかわからない。

 魔力の過少な者が島に大勢移住して来たり、強大な魔力をもつ者から島民が疎まれたり、何が起きても島のためにはならないだろう。

 だから島は秘匿せねばならない。

 島民には、世界に魔法がある事を。

 世界には、魔法が通じない場所もある事を

 。

 そのために僕は、いる。

 世界を偽り、世界を隠す。

 神降ろしの巫女を、島の唯一の例外を、希望と可能性に満ちた女の子がいる事を……。

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