初詣 (少し百合作品)
さすがにここ数日の晴天のおかげで雪も解けて道が凍るようなこともないので助かりましたけど、雪かきの際にため込んだ雪が疎らに残っているだけあってやはりまだまだ寒い日が続くんだなって感じです。
「はぁ。さすがに少し寒いですね」
「で、ですね……肌がピリピリします。でもいいですよね、こういうのって」
あぁ、白木様の雪の様に白い手があんなに赤く……御労しい、私の手が温かければ温めて差し上げられたのに……この際ふところで……って、何考えてるんだ私!
「あら? 葵さんは初詣に来るのは初めてなのですか?」
「あ、いえ、初詣自体は初めてではないのですけど、私を含め近所の人は皆で分担してなけなしのお金で作った神棚程度の、小さなお社に手を合わせるだけだったもので」
「あらまぁ。それは大変ですね」
「えぇ、まぁ……それでもそれなりに楽しかったんですよ。お参りは三、四十人くらいですから、皆で一斉にお社を囲んで手を合わせてしまえば終わりですけど、そのあとは各家庭で残った食材をかき集めてごった煮や雑炊を作って新年を迎えるんです。小さなお祭りみたいで十分幸せなんです」
懐かしいなぁ……木下のおじさんとか元気かな。最近おばさんにしか顔を合わせてないような……いつからだったかな、おじさんが私たちと顔を合わせなくなったのって。あ、弟妹達はちゃんとみんなのお手伝いとかしてるのかな。私のこと待ってるかもしれないし、一言声をかけておけばよかったかも。
「楽しそうですね。ごめんなさい、ご家族と過ごす時間を私につき合わせてしまって」
私ったら、顏に出てたのかな、白木様になんて失礼なことを! 今は全力で楽しまなくっちゃ。でないと白木様に余計な気を遣わせてしまう。
「い、いえ! 大丈夫です、白木様にご一緒できるなんて本当にうれしくてしょうがないからついてきてしまったのです!」
「ふふ、ならよかったです。しかし、体も随分冷えてしまいましたし、屋台で何か戴きましょうか」
よかった、白木様が笑ってくれた。でも、屋台かぁ……憧れだけど、懐事情が……
「あ、いぇ……その、先ほど申しましたように家が貧しくて……」
「あぁ、その心配なら無用ですよ?」
「え?」
「私が買って差し上げますから。何か食べたいものはありますか?」
「ぇ、あ、いやそんな。さすがにそこまでしていただくわけには」
また変に気を遣わせてしまった……私って人に気を遣わせてばっかり。私が御仕えする身なんだから私こそ気遣いができなきゃいけないのに……あぁ、もう! こんな時にまで私はなんでこの機にいろいろ食べてみたいとか考えてるの! 貧乏根性丸出しじゃない!
「いいんですよ。葵さんは何時もがんばっているんですから、たまには息抜きもしませんと。それに、私も一応は『お嬢様』なんですよ? ちょっとした外食で懐が冷えるほどお金に困窮していませんから」
白木様は優しすぎるのも問題なんです。氏治様も、八幡様も甘やかすから私はこうすぐに甘えそうに……でも、かといってここでまた断るのも失礼なのかもしれないですし……ここはあえて少し御相伴にあずかるのも一種の礼儀なのかも。
「う、う~ん……では、少しだけお言葉に甘えさせていただきます」
「それでよいのです。では、何にしましょうか?」
うん、白木様が笑ってくださった。この際多少でしゃばっても白木様が気分良く楽しんでいただければなんだっていいんです! そう、葵、ここは下手な遠慮をしては水を差すの、遠慮なく奢ってもらいなさい!
「白木様、おでんがありますよ! あれにしましょう!」
「ふふ、そうですね。おでんと、隣のお味噌汁の屋台にも並びましょうか」
「はい!」
さすがは極楽寺、これだけ境内が広ければいくらでも入れそうな気がしますけど、それでもやっぱり深夜になると込み合うんですね。屋台も少し時期がずれてたら行列に呑まれてたかも。
「ふぅ。寒い日のお味噌汁は身に沁みますねぇ」
「ですね~。あ、白木様は海の幸のお味噌汁を頼んだのですね。好きなんですか?」
気の抜けた白木様も珍しい。目に焼き付けておかないと。にしても、お外で食べるお味噌汁とかってなんでこんなにおいしいんでしょうね。
「えぇ、なにぶん海老ヶ島は小田の様に水運の便があまりよいわけでもないですし、戦乱で道も荒れ果てて海産の荷はあまり届かないのです。もしくは届いても高くて簡単には手が出せませんし」
「あぁ、それもそうですよね。ちなみに、私はついつい一番お手頃だった山菜のお味噌汁にしちゃいました」
えぇ、ついつい安い方に手が伸びる悲しい習性です、はい。
「葵さん、私のお味噌汁少し飲んでみますか?」
「あ、いえ、悪いですよ。せっかく白木様は好きなお味噌汁を買えたのに私なんかが……」
「いいんですよ。皆で分かち合った方がおいしいのです。海老ヶ島では兵も将も同じものを食べて分かち合うのが伝統なのです」
「で、では少し……」
わ、白木様が口をつけたあたりがこちらに向いて……これは、回して飲むべきなのでしょうか。いや、それは失礼だし……えぃ! このまま飲んじゃえ!
「どうですか?」
「おいしい! おいしいですこのお味噌汁!」
白木様から頂いたから一層おいしい気がします。ん~私も白木様にこんなお味噌汁とかを作って差し上げられたらいいんですけど……八幡様の廓の御台所はろくなものが無いしなぁ……
「それはよかったです。おでんもどうですか? 私のはからし味噌ですし」
「いいんですか! で、ではぜひ……」
「では、はい」
えっと、白木様、手皿で口元におでんを差し出されましても、これはいったいどうすれば……
「ぇっと……はいって、その、これは」
「どうかしました? ほら、口を開いてくださいな」
やっぱりそういう。ちょっと恥ずかしいですけど、この機を逃すとこんな幸福はいつ訪れるやらですし、食べさせてもらっちゃえ!
「は、はい」
「どうです?」
白木様と同じものを食べておいしくない訳がないのです。そうだ、少し恥ずかしいけどこの雰囲気なら、私も食べさせて差し上げるということできるのかもしれない!
「はい! とってもおいしいです! その、僭越ですが私のおでんも味見してみますか?」
「あら、良いんですか? では」
やっぱり来た! お口を開けて顔を寄せる白木様可愛らしい! このまましばらく見つめてたいけど、さすがにそれは後が怖い……
「ど、どうですか?」
「豆味噌も香りがいいですし、美味しいものですよね。どうです、葵さん。おなかは一杯になりましたか?」
「はい!」
寧ろ胸がいっぱいです! いつかこの笑顔を、私の作った料理を召し上がってくださる時に見せてもらいたいなぁ。
「では、そろそろ除夜の鐘も鳴りますから並びましょうか」
大分人も込み合って列になってきましたし、そろそろ並ばないと待ち時間が長くなりそうですしね。
「そうですね。氏治様と鈍斎様ともご一緒出来たらよかったんですけどね」
「お二人は今頃連歌会の最中でしょうし、仕方がありませんよ」
「ですね。って、あれ、あそこにいるのって氏治様じゃ?」
やっぱり。こっちの視線で気が付いたみたいで近づいてきますし、なんとなく陽気な雰囲気が此処からでもわかるあの感じは氏治様ですよね。
「連歌会はどうしたんでしょうね? ところで、もう一人いませんか?」
ほんとだ、氏治様の事を追いかけてるみたいだけど、あんないい身なりで美人さんは女中にはいないはずだし……白木様同様、どこかのお姫様なんでしょうか。
「おーい! 白木ちゃん! 葵ちゃん!」
「あらまぁ、やはり氏治様でしたか。連歌会の方はどうなさったのです?」
「うん、一区切りついたから休憩。白木ちゃんと葵ちゃんが初詣に行ってるって聞いたから私たちも抜けてきたの」
うはぁ……氏治様の晴れ着姿ってやっぱり映えるなぁ。白木様の清楚な美しさと違って飾れば飾るほど輝く感じは生粋のお姫様故なのでしょうか。確か将軍様のお血筋を引いてるんですもんね。納得です。
「ま、待ってくださいって……はぁ、はぁ、氏治様は今お忍びでいらしているというのに、何なさっているんですか……」
ありゃ、せっかく可愛らしい方なのに、息を切らしてらっしゃる。遠目で可愛らしかった方ですから、顔をあげられたらきっとお二方の様に見栄えのいいお顔なんでしょうね。
「で、氏治様。そちらで息を切らしている方は?」
「ん? ふふ、白木ちゃんわからないの? 葵ちゃんはどう?」
「ぇっと……残念ながら……」
氏治様がいじのわるそうな顔をなさってるってことは、顔見知りなのかな。こんなに可愛らしい人って……
「ほら、つーちゃん、顔を見せてあげて!」
「へ? なんです氏治様?」
うわ! 可愛らしい! ……え、つーちゃん……? 氏治様がつーちゃんって呼ぶのって確か……
「鈍斎様!?」
「ど、どうしたんだ葵!? 白木殿までらしくない顔をなさって。口を開けて呆けられるなどらしくないですよ?」
しまった、白木様の驚いたお顔を見逃してしまった。
「あぁ、失礼しました……えっと、鈍斎様……ですよね?」
「ん? あぁ、これは恥ずかしいな……慣れない格好な物だから違和感があるのも無理はない。だが、あまりそう物珍しそうにまじまじと見ないでくれ。恥ずかしいじゃないか……」
鈍斎様が女性物の御着物を着なさってるところは初めて見ました……普段の凛々しさとま反対の可愛らしい感じになるんですね。どことなく角が取れて見た目が幼くなったような気がしますね。これはこれで、うん。
「似合ってらっしゃいますよ鈍斎様。しかし、良いのですか? 御家中の前では女性とばれるのはまずかったはずでは?」
「えぇ、白木殿の仰る通りなんですが、氏治様に無理やり……」
「大丈夫だよ。御用商人の菟玖波屋に、こんなこともあろうかとつーちゃんに似合う服を仕立てさせて用意したあったものだから。場所も菟玖波屋の主人に部屋を借り受けてそこで着替えたんだからばれないって」
なるほど、確かに皆さん本丸でくつろいでるでしょうから顔を合わせることもなさそうですし、第一私達でも間近で見るまで気が付かなかったのですから、ましてや鈍斎様が女性だと知らない方々はこの愛らしい方が野中瀬家のご当主なんて思いもよらないでしょうね。
「氏治様、その戦略性を戦に使えないんですか?」
「ちょ、白木様!」
白木様ってなんでたまにこういった歯に衣着せぬ物言いをしちゃうんですか……氏治様気分悪くなさってないといいですけど……
「あはは……これは手厳しいかな……ささ、そんなことより早くお参りに行きましょう! 列に並べなくなっちゃうよ!」
「ま、待ってください氏治様、この着物だと動きづらくて……」
「つーちゃん、そういえばまた敬語になってる! 今は職務外時間だよ。それに、氏治なんて言ったらお忍びの意味ないじゃない!」
「ご、ごめんなさいこひめちゃん!」
「それでよし!」
……お忍びって、さっきからこれだけ騒いでれば周囲の人は気が付きますよ……誰しもが気を使って気が付かないふりしてくれているだけで。というか、皆さんの視線が辛い。なんだか私だけ場違いすぎて涙が出そうです。
「それより、氏治様、鈍斎様、葵さん、だいぶ列が進んでます。もう数人で私たちが最前列になりますよ」
「あ、ほんとだ! つーちゃん、急ごう!」
「だ、だからこひめちゃん、この格好走りにくいんだってば!」
ふふ、やっぱりみんなでの初詣もにぎやかで楽しいですね。たった四人なのに近所のみんなと集まった時みたいに明るくて居心地良いなぁ。
「あ、葵さん、もう最前列ですよ。御賽銭も渡しましょうか?」
「い、いえ、さすがにお賽銭は自分のじゃないとだめだと思うので大丈夫です」
「ふふ、でしょうね。葵さんは楽しいですね」
それってからかい甲斐があるってだけなんじゃ。
「ほら、早くつーちゃんも並んで! 四人で一緒にお賽銭入れてお参りしよ?」
「な、なんで小姫ちゃんその格好でそんなに早く動けるの……」
「いいからいいから。御賽銭入れてっと」
あ、除夜の鐘だ。いつもは小田の町で聞いてるけど、境内の中だとこんなに迫力があるんだ……
「あ、お参りと同時に新年迎えられるなんて幸先良いね! じゃぁいい? せーの」
「「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」




