大晦日 (少し百合作品)
「はぁ。今日も寒いなぁ」
今日もまたいいお日柄、乾燥のためなんでしょうか、澄み渡る青空は広々として心をおおらかにしてくれます。えぇ、おおらかにしてくれるはずなんですけど……
「葵殿、八幡殿は?」
「今日は『パンポン』という娯楽の布教活動だと言って城下に飛び出していきましたよ……」
太兵衛さんは相変わらず仕事中に何処かへともなく消えてしまう八幡様に手を焼いてるご様子。太兵衛さんもですけど、雑務を押し付けられる私としてもため息が止まらない日々です。というか、『パンポン』ってなんなんですか。私にも教えてくださいよ。
「またかあの人は……新年を迎える行事で城内の皆が大忙しだというのに……八幡様は将としての待遇なのだから新年の連歌会にも出ていただかねばならないというのに……」
「連歌会は小田家の伝統行事ですしね……八幡様大丈夫でしょうか」
小田家の諸将の皆さんは元日に集まって新年の歌はじめをなさるのでしたね。ふふん、できる女であるこの葵は八幡様のお仕事まで然り把握しているのですよ! というか、八幡様って歌を詠めるんでしょうか? その手のことはあんまりお得意でなかったような……
「歌えなくても顔を出して置いていただかねば困るんですよ。それに、本丸の方からも人員が足りないから手伝いを出せと言われているのに……」
「あ、それでしたら私がすませておきましたから。復興村や耕作放棄地の再生についてもこちらで書類まとめていますから太兵衛さんはご自分のお仕事に戻ってください」
「か、かたじけない葵殿。某は実家の手伝いに土浦へ戻らねばなりませぬ故、後は万事お任せいたします」
「お任せください!」
太兵衛さん、すごく気が楽そうになってよかった。これでまた一人晴れやかな気持ちで新年を迎えられますね! ……まぁ、その分私が……まぁ、いっか。そういう役回りなんだってことは承知してますよーだ。
「とは言ってみたものの……さすがに多いなぁ……」
だめだ、あまりの多さにため息が……年末くらい弟妹と過ごそうと思ってたんだけどなぁ。むしろ、あの子たち連れて来た方が仕事も早く終わって一緒に新年を……って、だめだめ。大切な書簡にお茶とかでも溢されると大変だし、年末は大事なお手紙とかもたくさんあるからね。一人でがんばろっと!
「あーおーいーさん」
「ひゃぁ!?」
つ、冷たっ! め、目が凍る! 目隠しのいたずらするにしても心臓に悪いから手を温めてからお願いします!
「って、し、白木様!? ど、どうなさったんですか! 連歌会のお支度とかでお忙しいんじゃ!?」
「あら、新年の連歌会は小田家の慰労会みたいなものなのですよ? 御呼ばれするのはあくまで小田家家臣。私は氏治様の御家来ではありませんから」
「あ、なるほど……奥方や姫さままで顔を出すとなると小田の本丸屋敷に収まりませんよね」
それもそうだ、重臣の方々でいっぱいいっぱいなのに女性の入る所なんてありませんよね。女中も最低限の人数で忙しく動き回るのに……そうだ、この書類の束を片付けてもそっちの増員に御呼ばれしてしまうかも……休む暇がない……泣きたい……
「それに、私が歌を詠めるとお思いですか?」
白木様、そこに関しては発言を差し控えさせていただきます。
「じゃなくて。あ……ぇっと、白木様はその……そういったものがあんまりお得意ではないんでしたよね。で、でも独創性があっていいと思いますよ」
「うふふ、馬鹿にされているようにしか感じませんわ」
おかしいなぁ……笑顔が怖い……
「……えっと、では、白木様は何故ここに?」
「えぇ、せっかくですから明日は一緒に初詣でも参りませんか?」
「えぇ!? わ、私なんかがご一緒してもいいんですか!?」
抓ると痛い、こ、これは夢じゃない! これは新年早々いい出だしになるのかもっ!
「えぇ、一人では寂しいですもの。治高様はつれないお方です。私がお誘いしても連歌会の方が大事だと振られてしまいましたわ」
「そ、それは治高様も連歌会はお仕事みたいなものですし、伝統行事ですから御一門として出ない訳にもいかないかなと……」
治高様、ありがとうございます。
「あら、葵さんまで治高様の方をお持ちに? ひどいわ」
「い、いえ! 白木様みたいな可憐な方に誘われているというのにお断りするなんてありえない! 治高様はヒドイお方です! 最低です! 男じゃないです!」
治高様……ごめんなさい。
「あら、葵さんひどい。私の君になんて言いざま」
「え、ちょ、ちょっと! 白木様が……!?」
「ふふ、冗談です。では、初詣はご一緒していただいてもいいですね?」
「あ、いぇ、それとこれはまた別と言いますか、恐れ多くて……」
白木様、ちょっとした嘘泣きとか悲しむ振りが妙にうまい……なにゆえ。しかし、こうことあるごとにからかわれては体力が持ちませんよ白木様……にしても、良いのかな、私なんかがご一緒で。武家のお作法とか全くわからないのですが。
「あら? 先ほど私みたいに可憐な人に誘われて断るのはありえない。と、言ってましたよね? そうですか、先ほどの言葉は嘘であったと……」
「い、いえ! 嘘なんかじゃないです、白木様可憐ですし、そんな方の御誘いを断るなんて!」
「では、よろしいですね?」
「は、はぁい……」
白木様、見た目に似合わず口が上手いですね……
「よろしい」
「で、ですが、その……」
「まだ何か?」
「いえ、新年に持ち越すわけにはいかないお仕事がまだたくさんありまして…その、夜通し仕事するつもりでいたものでして……」
なんでせっかくこういう幸運に見舞われたと思ったら! ぬか喜びじゃないですかぁ……あぁ、やはり一時の夢だったのですね。現であるにもかかわらず夢……白昼夢、それとも現の夢でしょうか……あぁもぅ! なんで仕事すっぽかすのかな八幡様は!!
「八幡様は?」
「逃げました」
「……また今度、槍の稽古をつけて差し上げたほうがよさそうですね」
えぇ、ぜひお願いしま……って、白木様、怖い、殺気出てますって! 押さえてください!
「し、白木様……? し、死なせちゃだめですよ……? 私の御勤め先無くなっちゃう……」
「ふぅ。まぁ、それはそれとして、お仕事は私もお手伝いすれば新年までには間に合いますか?」
「い、いえ、さすがに白木様のお手を煩わせるわけには……」
「大丈夫ですよ。こういうことは女の仕事でないと言われてきたものですから勝手がわかりませんけれど、字は読めるのですから内容を見て分類分けとかくらいはできます。あんまり役には立てないかもしれないですけれど、任せてくださいな」
「し、しらきさまぁ!! ありがとうございます! 全力で新年までには終わらせますから一緒にお参り行きましょうね!」
流石白木様はお優しい! 輝いてます! 仏の様に手を差し伸べてくださる、優しすぎます! っと、感激してる暇があるならお仕事進めないと折角の初詣が。
――――――――
「これとこれは……同じ内容ですね。これは……」
「そちらは左の棚にお願いします」
「はいです」
「ふぅ……とりあえずこれでひと段落……」
知恵熱でしょうか、案外集中して本気で取り組むと冬でも汗をかいてしまうものですね。まだ少し残ってますけど、少しぐらいなら休憩しても大丈夫そう。
「あ、お茶でも汲みますか?」
「あ、はいお願いします……って! だめですよ! それは私のお仕事ですから白木様みたいな御方にそのような賤しいお仕事をさせるわけには……」
駄目だ、何寝ぼけてるんだ私! 白木様にお茶汲みだなんて失礼なことお願いして自分だけ休むわけには。
「いいんですよ。私はあまり戦力になれませんから、その分葵さんが頑張ってください」
「で、でも……」
「それに、自分の仕事には誇りを持たないといけませんよ? 賤しいかどうかなんて自分で決めてしまえばいいのです。いうなれば、我々武家のお仕事は俗に言って人殺しに他なりません。けれど、私はこの人殺しでさえも誇りを持っています。相手も誇りを持っているのだと信じます。だから殺されても文句なく、潔く死んでいけるのです」
「あ、いえ、すみません……」
「いいんですよ。私の父上も佐竹殿と戦って胸を張って逝ったのです。誇らしいことですわ。私もいつか氏治様の為に人を殺める日が来るでしょうけれど、そこに一切の後悔も妥協も恐怖心もないのです。仕事に誇りを持っていますから」
「わかりました。私も誇りを持って仕事に取り組みます!」
なんだか申し訳ないな……あんまりへりくだりすぎても失礼にあたるってことだよね。謙遜無礼……かぁ。どんな仕事でも誇りを持って成し遂げようとなさる白木様は凛々しくて素敵だなぁ。
「よろしい。ではお茶を汲んでまいりますね」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
「はい」
「私もお仕事がんばらないと」
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「ふぃ~これで……」
疲れたぁ~。どうにか除夜の鐘には間に合ったみたいでよかった。白木様も心なしかうずうずとなさってるご様子。たまに無邪気な所も愛らしいんですよねぇ
「終わりましたね」
「は、はい! では……」
「参りましょうか」
新年早々白木様とご一緒できるなんて、来年はいい年になりそう♪




