殿様はサンタクロース♪ 後編
「葵ちゃん、ちょっとそこの障子戸を開けて見て」
「こ、こうですか?」
葵は炭櫃で温めた手が冷めない様にすり合わせながら障子戸に近寄ると、スッと物音をたてずに開く。すると、屋敷の外には飾りのついた一本の小さな針葉樹が置かれていた。また、あたり一帯は粉を振るいかけた様に白く柔らかい雪がうっすらと降り積もり、もうすぐ降りやまんとする雪雲からは月光や星の光が透き通って、揺らめきながら落ちてくる雪を明るく照らしていた。針葉樹の近くにはいくつかの灯篭が設置されて下からも暖かな光で照らしだす。
「これは……?」
「これはね、つーちゃん。くりすますつりーって言うんだよ! 南蛮ではこれと雪を肴に葡萄酒を酌み交わすらしいの。と、いっても葡萄酒は希少だから手に入らなかったけどね……」
「でも、確かにこれも趣があるね。雪見酒の文化が海外ではこうやって発展するんだね」
鈍斎は感慨深そうに外の景色を眺めて趣を味わう。その隣で、白木は見慣れない物を見つけたらしく、針葉樹の枝のそこかしこにぶら下がるものを指さして言った。
「氏治様、あれはなんです?」
「あれはつりーにつける飾りね。八幡が見せてくれた絵とはだいぶ違うんだけど、布きれで小豆を多めに詰めて丸くしたの。中身を少し抜けば後でお手玉にもなるよ」
「綺麗ですね……」
葵は一言だけ感想を述べると呆けていた。農民が見ることのできる綺麗な風景などそうはなく、きれいな風景だとしても代わり映えのしない毎日を過ごすためにこのような自然を人工物で飾り付けたような景色を見るのは初めてなのだろう。目を輝かせるようにしてその光景に見入っていた。
四人はそれをしばらく眺めると、痺れを切らした氏治が早々に次の行動へと移る。
「さて、じゃぁ、そろそろぷれじでんとの時間だよ~! まず白木ちゃんにはこれ!」
陽気な声を上げるとともに袋から異様に長い木の箱を取り出した。
「え、ありがとうございます。これは……?」
「前に、白木ちゃん薙刀が欲しいって言ってたでしょ? できれば女の子らしいものがいいなと思ったんだけど、白木ちゃんが何なら喜んでくれるかよくわからなくて……でも、その分これは名品だよ!」
氏治の明るい笑顔に促されて白木はその木箱を開け、中の薙刀を手に取ってよく観察する。
「これは、名工景光の薙刀……確かにこれは見事な波紋ですね。とても美しいです……」
うっとりと刃先を眺める白木に満足したらしい様子で頷いた。
「それはもともと質流れしてた品で、柄もだいぶぼろぼろだったから小田一番の名工に預けて修理してもらったの。柄は頑丈で軽いでしょ?」
「はい、ありがたく頂戴いたしますわ」
白木の満面の笑みを受け取ると、氏治も楽しそうにほほ笑みを返してくるりと体の向きを葵のいる方向へと変える。
「はい、次は葵ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
葵は自分が貰えるとは思ってもみなかったのか、少し動揺した様子で氏治から麻袋を受け取った。
「まぁ、これはほとんど八幡が作ったものなんだけど、お金の仕組みとかから戦のことまで一通り勉強できるように筆と墨も合わせてあるからね。八幡の知っている寺子屋には遊び道具も必要って聞いたから新しい毬やお手玉も入っているから。頑張って寺子屋を建てようね」
「はい! 光栄です!」
氏治は葵の頭を優しくなで、最後に鈍斎へと向き直る。
「で、最後につーちゃんは……」
「え、わ、私にももいただけるんですか!?」
鈍斎は目を見張って声を上げた。
「え、当たり前じゃない? どうして?」
氏治は心底不思議そうに問う。
「だって、私はこの中で一人だけまだ両親が健在ですし……私だけずるいと言いますか……こひめちゃんはご両親がいない白木殿と葵を思ってこうしてくださっているのだろうに、私だけこの場に居合わせたおこぼれで物を賜るなど……」
「つーちゃん。私の事をそんな風に思っていたの?」
「え……?」
氏治は悲しげな声を出して俯くと、鈍斎は予想のしなかった氏治の反応にまごつく。
「つーちゃん酷いなぁ……私はそんなことで差別するつもりはないのに……私ってそんなに嫌味な人に見えるの?」
「ぁ、いや……決してそんなわけじゃないですよ! こひめちゃんの優しさは私が誰よりもわかってるんですから!」
鈍斎は慌てて氏治の両肩を掴み、視線を合わせたうえで凛とした声でそう叫んだ。
「つーちゃん、敬語」
「あ、ごめんなさい……」
しかし、氏治に敬語を再び指摘されて決まりの悪そうに竦んでしまう。
氏治は竦んだ鈍斎を見てくすくすと笑うと、悪戯を思いついたような無邪気で愛らしい笑みを浮かべる。
「ふふ、でも、ありがと。けど、考えてみれば私も何ももらえないのは悲しいかな~」
「わ、私に用意できるものなら何でも!」
「そう、嬉しい。なら、笑って?」
鈍斎の評定は固まった。念のために再度聞き直す。
「えっと、どういう……」
「つーちゃんにできるものなら何でもいいんだよね?」
鈍斎は観念したのか一度項垂れると、葵と白木を一瞥してため息をつき、かなり恥ずかしそうに作り笑顔をして見せる。
「えっと、はい……こ、こうでしょうか?」
「うん! そう! ありがと!」
氏治は鈍斎の笑みを見ると満足そうに微笑んだ。
「えっと、こ、こんなものでいいのですか……?」
「うん。ありがと。私はつーちゃんの笑顔だけで十分贈り物だよ。つーちゃんや、みんなの笑顔があれば私は幸せなんだから!」
氏治は胸を張って応え、軽くその胸を叩く。
「えっと、なんだか恥ずかしいですね、こういうの」
「私はそんなことないけどなぁ。はい、これがつーちゃんのぷれじでんとだよ!」
氏治が最後に取り出した物は、一つの笛と、いくつかの色とりどりの小物であった。鈍斎はそれを手渡されると、小物の使い道が解らずしばらく観察をした。
「これは、笛と……なんでしょう?」
「ごめんね、つーちゃんが欲しいものというと、茶器なんだろうなと思ったんだけど、茶器は八幡があげてたし、どうしようかなと思ったら、つーちゃんが前からこの笛をことあるごとにほめるから。使い古しだけど、これじゃ……だめかな?」
氏治は心配そうに上目づかいで鈍才の反応を待つと、鈍斎は眩しいものを見た様に氏治から目を逸らし、声を上ずらせ、顔を赤くしながら感謝を述べる。
「い、いぇ! これ以上にない贈り物です! ありがとうございます!!」
「つーちゃん、敬語」
「ぁ……ごめんなさい……つい。ところで、こちらの布きれは?」
「これは髪留めの一種だよ。八幡の持っていた本の端っこに載っていたの! 可愛いでしょ?」
「これが髪留め……なの?」
鈍斎は訝しむ視線で髪留めを睨め回す。
「そう、髪留め! つーちゃんは可愛いんだからきっと似合うよ!」
氏治は満面の笑みで鈍斎に使用するように進めるが、鈍斎は困ったように動揺して口篭もる。
「わ、私は野中瀬家の当主として……」
「でも、今は『女の子』だよね? 小田家当主小田氏治の家臣、野中瀬鈍斎じゃなくて、小田家のこひめの幼馴染にして、親友のつるちよ。でしょ?」
鈍斎はふっと息をつくと、自分の中に掛けていた制限のようなものを取っ払い、心の底からの、作り物でない満面の笑みを氏治に向けた。
「……そう、だよね。ありがとうこひめちゃん! 大切に、大切にする!」
「くっくっく、つーちゃん可愛い! よ~しよしよし、昔みたいに私に甘えてもいいんだよ~」
数年ぶりの幼さを取り戻したその顔に、氏治はつられるようにして飛びつき、背中側に回ると鈍斎の頭をなで繰り回す。
「今も昔も甘えてないからっ!!」
「いいなぁ……」
「あら、葵さん、どうしたんですか?」
早速手に入れた薙刀を恍惚の表情を浮かべて磨いていた白木は、ふと聞こえた呟きに無意識に反応する。
「ぁ、い、いえ! 何でもないんです!」
「ふふふ、どうぞ?」
白木は慌てる葵の反応を見ると、口元に手を当ててくすりと笑い、手にしていた薙刀を箱にしまった。薙刀を箱にしまい終えると、正座していた膝をポンポンと軽く叩いて葵に声をかけた。
「えっと、どうぞって……」
「ふむ、葵さんは遠慮がちですからね~お子様が背伸びするのはよくありませんよ?」
すると白木は立ち上がって葵の後ろへと回り込む。
「え、ちょっと、何するおつもりですか白木様! 酔いすぎです! どうか冷静になさってぇ」
「はい」
白木は葵の後ろに座り直すと、肩を引き込んでその豊かな胸に葵の後頭部を引き込んだ。
「ふぇ!?」
「よ~し、良い子良い子」
「そんな、白木様! 私なんかに……」
葵は恥ずかしさと罪悪感が相まって、一刻も早く抜け出そうとじたばたと暴れて見せるがピクリともしない。葵の筋力が弱いこともあろうが、僅か一歳の年の差にしては白木の筋力が異様に高いためであろう。
葵は一分と経たずに疲れ果て、手足の力を抜くと、白木も同時に力を抜いてから小さくつぶやいた。
「葵さん、温かいです」
「そ、それはその、わ、私は普段から体があったかい方なんですきっと! 決して不届きなことを考えてなんか……!」
「雪化粧した一本の木を眺めて飲むのは良いのですけど、やはり外の空気は冷たいですからね……それに、炭櫃を囲ってこうしていると、なんだか昔を思い出すのです……」
白木は次第に目を細め、焦点をどこにも定めないまま小さい声で語り始めた。そんな白木を葵は悲しげな目で見つめた。
「白木様……」
「私は、末っ子だったんです。母や姉上に甘やかしてもらうばかりで、誰かを甘えさせてあげることがしっかりできるか不安なのですけれど……どうですか?」
「あ……いえ、ありがとうございます、甘えさせていただいています。いつもそうですが、今もとても甘えさせていただいています……と、言っても私は長女で年の近い兄弟もいますから、お父さんももお母さんも私にかまってくれなくて、人に甘えた経験って少ないんですけどね」
葵は決まりの悪そうに笑みを浮かべる。気を使われていることに気が付いた白木はふと表情を崩して温かい笑みを浮かべた。
「あら、お相子ですね。でも、そうですか。葵さんが安らげているなら何よりです」
「えへへ……ちょっと氏治様に失礼かもしれませんけど……私にはこのひとときが何よりもうれしい贈り物です」
葵が照れくさそうに言うと、白木は薙刀の入った箱をスッと引き寄せて蓋をあける。
「あら、これは不敬罪で御手打ち沙汰な発言ですね」
「いえ、ごめんなさい、白木様が言うと冗談に聞こえないんです! 本当にごめんなさい!!」
「ふふ、かわいいとつい、いじめたくなっちゃうんですよね」
「し、しらきさまぁ~!」
四人の少女が八幡の書斎で思い思いに戯れていた頃、この屋敷にはさらにもう一人の人影があった。至極当然ではあるが、八幡である。この男は隣の部屋で布団に入っていたのだが、苛立ちのためかワナワナと震えている。
「会話にいろいろつっこみどころありすぎて一言言いたいが、なにより……」
「さっさと寝てくれ幼女共!」
しかし、そんな悲痛な叫びもどんちゃん騒ぎする少女たちの耳には入らず、結局この日は一睡もすることの叶わなかった八幡であった。




