第一話
能力を貰った少年の十年後。
エレミアが去ってから、早十年。
エレミアから与えられた能力のせいで、弓月は町の人々から化け物と呼ばれ、挙げ句の果てには暴行を受けるまでになっていた。
「………」
芽だけが土の上に顔を出している植物に、そっと触れる。植物は瞬く間に成長し、葉を茂らせ、そしてあっという間に枯れていった。
「あの子、またやってる…」
「あれじゃあまるで化け物じゃないか、気持ち悪い」
一つの言葉に過敏に反応し、悔しさの余り奥歯を欠けるほど噛み締める。
化け物。
何故自分が化け物と呼ばれるのか。
その答えは、実に単純で簡単なものだった。
「っ……違う。……俺は…化け物なんかじゃ、ない…っ!」天使に能力を与えられた、ただそれだけの理由で、自分は化け物と呼ばれる。それが悔しかった。
握り拳を作り、地面に叩きつける。
「…またやってんのか、弓月?」
突如聞こえてきた声に、顔を上げる。
そこには、黒い翼を持った男……悪魔である若草がいた。
「…あっちに行ってろよ、若草」
「…貰っちまったもんは、もう仕方ねえだろ?それとな、お前の能力で枯らすことが出来るのは、植物だけじゃねえぞ」
若草の口から飛び出した言葉に耳を疑い、聞き返す。
「…今、何て言った…?」
「お前の能力で枯らすことが出来るのは……いや、成長させることが出来るのは、か。成長させることが出来るのは、人間もだ」
「………嘘だろ?」
若草の言葉が信じられず、ただ呆然として呟く。
「今度、機会があったら試してみたらどうだ?俺の言葉、信じられるようになると思うぜ」
ニヤリ、と白い牙を覗かせて笑う。
「……機会があればな」
淡々として言葉を返す弓月。そんな弓月をじっと見つめ、若草が思い出したように口を開く。
「…ああ、そうだ…良いこと教えてやるよ。エレミアとかいう天使が、堕天したらしいぜ」
エレミア、という名前を聞くと驚いたように息を詰まらせる弓月。
「っ……!?…おい、どういう…っ」
「じゃあな」
弓月が質問する暇も与えず、漆黒の翼を広げて若草が笑いながら飛び去っていく。
舌打ちを零し、若草の去った方を見つめる弓月。
「……っくそ…っ」
「弓月っ!」
明るい声が、背後で響く。それを聞き、背後を見て弓月がゆっくりと口を開く。
「……メリー…」
「あららー…暗い顔しちゃって。どしたの?」
そこにいるのは、吸血鬼の証である紅い翼を持った小柄な少女。
きょとんとした表情で、メリー、と呼ばれたその少女は首をかしげる。
「…何でもねえよ。あっち行ってろ」
邪魔だ、という様にしっしっと手を払う。
「ぶー…つまんなーい。まあいっか、じゃあね。また来るねっ♪」
「……………」
メリーが去った後も、複雑な表情で空を見つめる。
「(……エレミア…本当にあんたは堕天したのか?…俺には分からない)」
疑問を振り払うように軽く頭を振る。そしてそのまましばらく、十年前にエレミアが去っていったであろう空を、弓月はじっと眺めていた。
と、唐突に話し声が聞こえてきた。
「なぁ氷、聞いたか?エレミアが堕天したって話」
「あ、聞いた聞いた。…馬鹿だよね、あいつ。人間なんて放っとけば良いのにさぁ」
「そうそう。人間なんかに関わったって良いことなんて一つもないからな」
自然に、弓月の身体が動いていた。自然に、つまり自分の意思とは無関係に。
「…おい、今のはどういうことだ?」
弓月の声に反応したのか、弓月の方を見る天使。その顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「おい、氷。こいつがエレミアから能力を貰った人間サマだぜ」
「へぇ…この子が例の。見たところ、普通の人間みたいだね」
弓月は苛ついた表情を浮かべて天使に近寄り、おもむろに相手の腕を掴む。
「おい……質問に答えろ。もう一度言うぞ、今の話はどういうことだ?」
「人間に言う必要はない」
「ほう……そうか」
微かに、腕を掴んだ手に力を込める。すると、嫌な音が響いたと同時に、天使の腕が肩から折れた。
「な………っ!?…お前、何をした…?」
「別に。能力を使ってあんたの腕を急激に老化させただけだよ。…これが、エレミアが俺に与えた能力だ。やろうと思えば、あんたを殺すことだって出来る」
「……チッ。行くぞ、氷」
氷、と呼ばれた天使は弓月を見て、『今度会ったら即殺すから』と言って飛び去っていった。
「…天使が殺すなんて言うのはどうかと思うけどな」
苦笑混じりに呟き、弓月はその場を去っていった。
第一話、いかがでしたか?
感想をいただければ幸いです。
それでは、次回の更新をお待ちください。