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あおいうた  作者: 赤砂多菜
第一章 緑と青
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第03話

 彼だ。


 瞬時に分かってしまった。

 そして、分からなかったのは、なぜ彼が昼休みの音楽室などという場所に来たか、だ。

 音楽の授業は全学年、午後最初の授業にはない為、昼休みにくる生徒など自分を除けば文化祭の準備期間に利用者が顔を出す程度だ。

 彼は何か言い出そうとして困った顔をしている。

 話し出すきっかけを探しているのだろう。自分もだが。

 そして、ふと思い出すものがあった。


「もしかして、君が陸谷良縁君かい?」

「え?! あ、はいっ! そうですけど。なんで俺の名前知ってはるんですか?」


 びっくりした、と分かりやすい表情をしている。

 彼には悪いが少し口角が上がってしまう。


「ほら、それ。教科書に氏名が書いてあったよ」


 教壇を指差した。

 彼は律儀に戸を閉めて、教壇を見て悩ましげな顔になった。

 そこには付箋が貼られた、音楽授業に使う教科書一式と筆記具がおいてある。

 付箋にはこう書かれていた。恐らく、音楽の教師が貼ったのだろう。


『私の授業の教科書を忘れていくとはいい度胸だ。

 ペナルティは覚悟の上だね?』


 まぁ、冗談なのだろうが、蒼一も知っているその教師は時々ノリで冗談を実行する事がある。

 彼は顔を押さえてため息をついた。


「……とりあえず、探す手間が省けましたわ。ありがとうございます。えっと――」

「海姫蒼一だ。陸谷君」

「良縁でいいです。…って、あれ? 海姫って『姫』っ?!」


 言ってから口を押さえたが、言ってからではすでに遅い。


 なるほど、彼にも僕の事は知られている訳か。


 思わず自嘲が漏れる。


「そう、中学のときリスカの常習者として、散々あちこちに迷惑をかけたその『姫』だ」


 ブレザーのジャケットの下に着ているワイシャツの袖を少しさげ、リストカットの傷跡を隠しているリストバンドを見せる。

 案の定というか彼は気まずそうに大きな身体を縮めている。

 やりすぎたかな、と少し罪悪感が針のように胸を刺す。

 彼は何も悪くない。


 悪いのは全て僕と……あの人だ。


「気にする必要はないよ。いまさらな話だ。慣れている。それに君に謝らなければならないしね。気付いてたんだろう。登校している君を良く見ていた事」

「あれ、やっぱり海姫先輩やったんですか」

「そうだよ。君は目立つからつい目がいってしまってね。あ、それと呼ぶなら名前の方にして欲しいな。『姫』のあだ名を気にしている訳じゃないけど、いまいちその苗字は好きになれないんだ」

「あ、すんません。えっと蒼一先輩?」


 おずおずとした様子にやはり笑みが漏れてしまう。

 なんというか、体格に反比例して臆病なリスを連想してしまう。


「その喋り方。関西の出身?」

「あ、そうなんです。高校はエスカレータじゃなく受験組みですわ」

「へぇ、道理で。しかし、なぜすぐに教室に入ってこなかったんだ?」


 言うと、彼は照れくさそうにしながら。


「いや。キレイな歌やなぁって思ってたらずっと聞いてしまって」

「ははっ、ありがとう。けど、歌詞とか知ってて言ってるかい?」

「? いえ。自分、英語苦手ですし」

「あれは人類が滅亡する歌だよ」


 言うと、良縁が固まった。

 我ながら意地が悪いと思いながらも、蒼一は続けた。


「人は滅んだ。自らの愚かさによって。汚された地球は数十億年の時をもって再生された。大地は緑、海は蒼。全ては緑と蒼の世界に還る」


 詩の一部を翻訳して語る。

 思った通り彼は困惑してる。やはりなんというか、性格が小動物系だ。弄りたくなってしまう。


「この歌を作詞作曲して、自ら歌っていたのはブラウン・マカリスターって歌手でね。彼は常に自然破壊を警告し、大企業や政府を批判してた。彼が作詞作曲したものはだいだいそんな歌がほとんどだ」

「さっきの曲……」

「え?」

「さっき、先輩が歌っていたのはなんて曲なんですか?」

「ああ、あれか。ブラウンの代名詞的な曲だね、『オールグリーン・オールブルー』。

 昔に知人からCDをもらったんだけど、なんとなく気にいってね。気が付くとつい歌ってしまう。内容が内容だし、悪名も高いから、昼休みはいつもここで歌ってた。

 誰かに聞かれるのは初めてじゃないけど、曲名まで聞かれたのは初めてだね」

「それはその……。歌詞の内容はともかく、やっぱりキレイな歌だって思うたし」


 そして、何かに気付いたかのように良縁は頭を下げる。


「すんません。いつまでも、ここにおって。俺、邪魔ですよね?」

「別に気にしなくていいよ。無意識に歌って悪目立ちしたくないだけだったしね」

「え、えーと。だったら――」

「?」


 大きなリスが言葉を捜している。


「もっぺん、歌ってもらえますか。最初から」

「え?」


 ちょっと、これは予想外の反応だった。

『姫』の噂を知ってるなら一刻も去りたいだろうと思っていたのに。

 だが、ちょっと意地悪してしまった事もある。

 ここは彼のリクエストに応えよう。

 そして、再び音楽室に蒼一の歌声が満ちた。


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