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あおいうた  作者: 赤砂多菜
第一章 緑と青
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第12話

 吐く吐息の白さに蒼一は冬の到来を感じていた。


 あれから3年か……。


 あれだけ思い返す度に人に、世界に呪いの言葉を吐いていたのに。

 今、こうして心静かにいられるのは彼のおかげだろうか。

 時刻はまだ11時。昼過ぎに会う約束が随分なフライングだ。

 それだけ楽しみにしていたのだろうか。学校以外で彼と会う事を。

 手書きの地図と、その目的地であるスポーツジムを交互にみて、どうしようか思案する。

 良縁は先についてたら、ジムに入っているように言われたが、正直寒さの中で人を待つのは嫌いではなかった。


 あの人にはマゾじゃないかって笑われたな。


 心の痛みを伴っていたはずの思い出は、身体の痛みを求めずにはいられなかったのに。

 今日に限ってはほろ苦く感じるだけだった。

 蒼一は自分が笑っている事に気付かなかった。

 だが、それは呼び声で崩れ去った。


「海姫」

「金石か……なにかようか?」


 背丈こそ良縁に劣るが、コートの下にはがっしりと体格がある事を知っている。


「空手はまだ続けているのか?」

「続けられる訳ねぇだろ。あんな騒ぎに巻き込まれたんだ」

「……すまない」

「別にそれはいい。あいにく今日の用は別だ」


 彼――金石力也がアゴで示す先には美澄がいた。


「ああ、そういう事か」

「悪いが付き合ってもらうぜ」

「……分かった」



*---*



 ありゃー、はよ着きすぎてもうたな。


 良縁はジムの前で頭をかいた。

 まぁ、早く着いてしまったものは仕方がない。寒いので中で待たせてもらうとしよう。

 ガラスのドアを開けるとオーナーと女性事務員がなにやら話しこんでいるところだった。


「こんにちわー」

「ああ、良縁君。良い所に来た」

「なんです? まさか新しい機器のデモでもやれって言うんですか?」

「ああ、違う。確か今日はお友達と待ち合わせてたんだよね?」

「ええ。友達いうか、学校の先輩なんですけど。……何か?」


 オーナーと事務員は顔を見合す。

 何か嫌な予感がした。


「いや、少し前に玄関のところでそれらしい子がいたそうだが、何かおっかなそうな男に連れて行かれたって聞いてね」


 オーナーは事務員を指差した。


「彼女が玄関から出て様子を見たら、似たようなのが数人と女の子一人に囲まれてたって話だから。警察に連絡したほうがいいか、と話していたところなんだよ」


 美澄先輩!

 あの時、蒼一先輩と会ってる事だけじゃなくて今日の事も聞いていたのかっ?!


「ど、どこいったんですかっ、蒼一先輩はっ」


 思わず事務員の肩をつかみかけて、相手の小さな悲鳴に我に返る。


「追いかけます。どっちにいったか教えて下さい」


 改めて丁寧に頭を下げられ、事務員も落ち着いたようだ。


「ジムの裏のところで女の子や他の男の子達と合流してそのまま真っ直ぐ。そこまでしか見てないわ」

「ありがとうございます。オーナーっ、もし入れ違いで蒼一先輩が戻ってきたら携帯に連絡もらえますか」

「分かった。気をつけてな、良縁君」


 はい、というよりも先にジムを飛び出していた。


 ジムの裏を通って真っ直ぐ。

 恐らく人目につきたくないやろうから。


 そして、携帯の存在に気付いた。


 あかん、今鳴らしてもとらせてもらえんやろし、下手したら電源落とされる。

 せめて、着信音が聞こえるぐらい近くやないと。


 移動先のアタリはついていた。設備が老朽化して整備もロクにされていない公園がある。

 枯れ草と錆びた遊具、回収されないまま一杯になったままの金網のゴミ捨て場。

 さすがにそんなところにはアベックもいないだろう。

 だからこそ、そこにいる可能性は高い。

 もちろん違う可能性もある。

 他を探す時間も考えて、公園の入り口で蒼一の携帯にかけるつもりでいた。



*---*



 蒼一は周囲を見回した。錆びの匂いがする遊具。歩くたびに枯葉を砕く音のするグラウンド。

 公園の周囲から挟むように、2枚の落書きだらけの石壁がおおっている。

 これでは公園の外から蒼一達は見えないだろう。


「で? わざわざ金石まで使ってこんな所に呼び出してなんのようかな?」


 蒼一の青い目が、美澄を真っ直ぐ見つめる。

 思わず彼女はたじろいで、それから蒼一が力也の苗字を出した事に違和感があったようだ。


「力也、もしかして『姫』と知り合いなの?」

「知り合いも何も寮の元ルームメイトだ。もっとも一ヶ月ともたなかったがな」


 その言葉には美澄はもとより、彼の仲間三人も驚く。

 それにかまわず力也は美澄を見る。


「昔の縁で手を貸してるがな。お前、こいつを甘くみてねぇだろうな。こいつはバケモノだ。いや、心の中でバケモノを飼っていると言うべきか? つぶせとか言ってたが、そんなタマじゃねぇよ」

「な、なによ。こいつなんてただのリスカでしょっ!」

「そう思ってるんなら、先にお前が説得しろよ。無駄に血を見ないで済む」


 血をみないで済む。それを蒼一に対する脅しと受け取ったのか、他の仲間たちが折りたたみナイフや、飛び出しナイフをチラつかせる。ただ、蒼一の表情に変化がないのを舐められていると感じたのか、自分達で作った空気をヒリつかせている。


「分かったわよ、私が言うわ」


 力也の言葉に従って、美澄は射るように蒼一を見る。


「『姫』、良縁から離れてよ。あいつは私の男よ」


 蒼一は思った。

 もし、タイミングが違っていたら答えは違っていたろう。と。

 だが。


「断る」

「なっ?!」


 全部手遅れだ。


 力也の言った通り。僕は心にバケモノを飼っている。そいつが彼を欲しているから。


「よせっ!」


 力也の制止の声と悲鳴が同時に響いた。


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