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いろいろ変更した上に、話の長さを統一したくて話数を増やしました。
すいませんっ!
シェリルは背筋を伸ばして自室の鏡台の前に座っていた。
明るい真っ青な瞳が自分を見つめ返した。
砕いた真珠をたっぷりと含んだ白粉が窓から射した太陽の光に反射して輝き、いつもは背中で緩やかなカーブを描いている金色の髪は、今日はきっちりと結い上げられている。
そしてその上に載っているのはレースがふんだんにあしらわれた真っ白なヴェールに、大粒のダイアモンドがちりばめられたティアラ。
立派な花嫁ね。
薄いバラ色をした唇が笑みを作ろうとして失敗し、歪んだ。
「なんて怪奇なお顔をなさっているのですか。」
人払いしていたはずの自室。
急に声をかけられても、シェリルは驚かなかった。
武勇で有名なピエン伯爵公が溺愛する一人娘に対する無礼な口利きにも動じなかった。
誰であるかなんて、分かり切っていたから。
「最後くらい、お世辞の一つでも言えないの?」
鏡の端に映る扉の前に立ってこちらを見やる黒服の男に悪戯っぽく笑いかけると、男はわざとらしく大げさに肩をすくめてため息をついて見せた。
「一歩部屋の外に出ればよいではないですか。数え切れないほどの賞賛のお言葉を浴びられると思いますよ。わざわざ私から求めずとも。」
この男が自分を褒めるわけがないとは思っていたが、あまりにも予想通りな言葉にシェリルは化粧が崩れるのも気にせず笑い出したくなった。
夜会で貴族の男達が耳元でささやいてくるような言葉が欲しかったわけではない。いつもの子供扱いではなく、最後くらい少しでも女として認めさせてみたかっただけなのだが、男はいつもと変わらなかった。
彼がシェリルを女として褒めることはない。目の前の美しく着飾った少女が求めているのは、他の誰でもない彼の言葉であることなどとうにわかりきっていても。
だが、シェリルにとってどこか安心したのも確かだった。
大きな戦争も終わり、比較的平和な情勢になっているとはいえ先の戦争で手柄も大きかったダレリー=モジュール=ピエン伯爵の発言力は大きい。
その伯爵公から溺愛される一人娘のシェリル=ミンゼ=ピエンに取り入ろうとする者も、もちろん後を絶たない。
彼女に無礼なことをいう男はおそらくこの世でこの男だけではないだろうか。
だがシェリルには、その言葉がなぜかいつも心地よかった。
彼は決して嘘をつかない。
貴重な無礼男。
それは今この瞬間でさえ変わらなかった。
たとえ、明日から二度と会えないとしても。
ぎゅっと心臓を捕まれたかのような痛みを感じたが、それを表に出さず、シェリルは鏡越しに男をじっと見つめた。
どんなに時間がたっても、覚えておけるように。
彼を新居へと連れて行くのを考えなかったわけではない。
だがそれを望みとして口に出すことも、誰かに相談することもしなかった。
たとえどんなに望んでも、夫が自分の妻の側にこんな男を置くことを許すはずがないのは明らかだったのだ。
新妻の側に侍るには、男は若く、そして美しすぎた。
思えばしみじみと外見をみるのは初めてかもしれないことに、シェリルは気づいた。
最初にあったときから男は美しかったが、歯にものを着せない言い方の方に心を奪われていた。
男も、シェリルを見つめていた。
稀に見ない端正な顔立ちだがちっとも女性的な雰囲気がなく、整えられた濃い黒髪は堅く、グレーの瞳は切れ長で鋭い。
そのグレーの瞳は今、シェリルのサファイアの瞳を捕らえている。
ピアン伯爵家に印象派の絵画を見に来たレルア侯爵のご夫人が男を見たときのことを思いだし、シェリルはくすりと笑った。
男がいぶかしげに片眉を器用に上げて見せたが、シェリルは何でもないのよ、と軽く手を振るだけにとどめた。
彼女は絵画を買い取るための山のようなポンドを客間のベッドに積み上げると、この男を譲って欲しいと目を血走らせて伯爵公に持ちかけてきたのだ。
まるで財宝を見つけたかのような目に怯え、シェリルは彼の黒い袖を握りしめていた。
あのあとシェリルがいない場所で話し合いがなされたらしいが、あの傲慢で有名な侯爵夫人をどうやって引き下がらせたのか見当もつかず、しばらくたってから何度か聞いたが、忘れたと言って教えてもらえなかった。
なぜあのとき聞き出さなかったのか、とシェリルは何度も思ったが、あのときは男が家からいなくならないことが嬉しくて、その夜は男に手をつないでもらって眠ることがなにより1番大切だったのだ。
あれから5年がたち、19歳になった自分が結婚することでこの男と離れることになるとは、あの頃は想像すらしてなかった。
だいぶ変更してます・・・。