やきにく天国と地獄 ~ビールは別料金~
「ヤクザなんてもうやってられねえ。」
そんなことを言ってた矢先だった。
警察の締め付けが厳しくなってからこっち、一人また一人と組員が辞めていって、組長とおれだけしかいなくなった事務所に、最近でかい顔をするようになった半グレどもがカチコミを掛けてきた。事務所になんぼか金でもあると思ったのか?ねえよそんなもん。
そう言ってやりたかったが、そんな暇はなかった。おれと組長は半グレどもに撃たれて死んだ。あっという間だった。
ああ、最後にやきにく喰いたかったなあ。
おれの意識はそこで途切れた。
◇
気が付いたら、やたら天井の高い広間に居た。
両手を縛られたおれは、広間の真ん中まで連れてこられた。
目の前に、鎌倉の大仏くらいの、ひげを生やした大きな人間が、椅子に座ってこっちを見下ろしていた。房の沢山ついた変な帽子をかぶっている。
見たことあるぞ。そうだ、閻魔大王ってやつじゃないか?
てことはあれだ。これから裁きを受けるんだ。
生前の罪をひとつずつ読み上げられて、天国か地獄のどっちかに行かされる。
天国の方はひとつらしいが、地獄は沢山用意されてるらしい。罪状によって閻魔大王が振り分ける、とか獄卒の青鬼に事務的に説明された。
まあ、とりあえず地獄行きだけは決定だが、どんな地獄へ行かされるのかな。
名前を聞かれ、本人確認が済むと、これまで犯した罪をひとつずつ読み上げられた。
もうどこでもいいや、さっさと地獄へ送ってくれ。
ああでも、その前にもう一度やきにく喰いたかったなあ。
…………………………………………
おれが行く地獄は、餓鬼道という地獄らしい。飢えと渇きに苛まれる地獄だ。
獄卒に案内されて、おれは大きな部屋に通された。
異様に細長いテーブルが幾つも並んでいる。テーブルの両端にはひとつずつ椅子が置かれていた。
そして、椅子の前には、なぜか無煙ロースターがあった。
やきにく?
ここは餓鬼道じゃなかったのか?
◇
やがて、おれはその椅子のひとつに座らされ、腰と足首を椅子に縛り付けられていた。手は左手だけを椅子の背もたれに縛られた。右手は自由だ。目の前には皿とやきにくのタレと、そしてテーブルの向こう側に届きそうな長さの箸が置かれていた。そして、山盛りの牛カルビが乗った大皿が目の前に置かれた。
良くみると、向こう側にも同じような椅子とテーブルがあったが、向こうの連中は椅子に縛られていない。でも無煙ロースターと長い箸と山盛り牛カルビはおんなじ。
これ、知ってるぞ。
天国と地獄の食事メニューはおんなじだけど、地獄に堕とされた連中は、自分のことしか考えられないから、箸が長すぎるせいでせっかくのごちそうが食べられずに飢えに苦しむ。でも天国の連中は、相手を思いやる気持ちを持っていて、お互いに長い箸で向こう側にいるやつに食べさせてやるから、美味しい食事を楽しめる、ってやつだ。
そうと分かれば、反対側の端に座ってるやつに相談だ。
って、よく見れば、向かいに座ってるの組長じゃないか。
◇
大声で組長に知らせたかったが、食堂内は私語厳禁だ。見つかったら多分いろいろとひどい目に遭う。
仕方ないから表情とジェスチャーで伝える。
お・れ・だ・よ・く・み・ちょ・う
組長、驚いた顔でおれの方を見る。わかったらしい。
おれ:は・し
組長:な・ん・だ・っ・て・?
おれ:そ・の・な・が・い・は・し・で、に・く・や・い・て・お・れ・に・た・べ・さ・せ・ろ
組長:や・だ・よ
おれ:お・れ・も・あ・ん・た・に・た・べ・さ・せ・る・か・ら・さ
組長:そ・う・か・!
おれ:わ・か・っ・た・ら・わ・ら・っ・て・へ・ん・じ・し・て
組長:☺
よし。これでうまくいくぞ。
◇
獄卒が無煙ロースターに火をつける。
地獄のやきにくの始まりだ。
地獄側の席の周りの連中は、長い箸で自分の分の肉を焼こうとするが、もちろん無理である。
向こう側の天国の席からは、肉が焼けるいい匂いがしてくる。だが、地獄側に座ってる連中は、肉を焼いて食べられずに、匂いだけ嗅がされるという、文字通りの地獄を味わっている。
ふん、お前らは教養がねえからこんな簡単なこともわからねえんだよ。
おれは、長い箸で慎重に組長の皿の牛カルビをつまみ、無煙ロースターに載せていく。
やがて、いい匂いがしてきた。
獄卒が小皿に注いでくれたたれを軽くからませて、組長の口にもっていく。
組長、箸の先の塩カルビを口で追いかけながら、なんとか食べることに成功する。
感覚がつかめてきたおれは、組長にさらに2枚塩カルビを食べさせた。
あ、親指たててやがる。そんな暇あったらおれにも食べさせてくれ。
組長に向かってそんな感じの顔をしてやったら、通じたらしい。組長がおれの分の牛カルビを無煙ロースターに載せ始めた。
だが、組長はおれより数段不器用なのだ。
皿の肉をうまくつまめない。無煙ロースター以外のところに落とす。タレを着け損ねる。と思ったら今度はたれをどぶ付けにして、おれの顔に持っていく。
おれは顔をぐるぐる回しながらタレまみれの牛カルビを追いかける。
よしいい所に来た。今だ。
おれが口を開けて牛カルビを食べようとした刹那、組長は気を利かせたのか箸をおれの口に押し込んだ。
だが、タイミングは合っていたが、距離を読み間違えていた。
長い箸の先は、口を通り越しておれの喉に届いてしまった。
おえっ。げほげほ。
組長、向こうでてへぺろ顔をしてやがる。あーもうしょうがねえな次はうまくやってくれよ。
組長、次の牛カルビにたれをたっぷりつけて、おれの口元へもっていく。
今度はうまくいった。箸の先から肉を咥え取って食べる。うめえ。
と思っていたら、組長の操る箸の先が、おれの鼻の穴に見事に二本とも刺さってしまった。
ふごっ!
組長、今度は向こう側でごめん顔をしてやがる。今度やったら許してやらねえ。
だが、タレには唐辛子と胡椒がたっぷり入っていて、それが鼻の粘膜を刺激しはじめた。
へぷし!へぷし!へぷし!
痛い、辛い。くしゃみが止まらねえ。
おれは、だんだんとここが地獄だということを思い出しはじめていた。
◇
だが、肉はうまい。ずいぶんいい肉つかうじゃねえか地獄の食堂。
何度かのトライ&エラーの末に、組長との連携もなんとかうまくとれるようになってきた。
ふん、これなら餓鬼道も悪くねえな。
だんだんと満腹に近づいてきた。
地獄の最初の食事、なんとかミッションクリアだ。組長もお疲れ。
だが、焼き肉のタレの味が濃厚で、しかも唐辛子と胡椒がたっぷり入っているせいで、おれはだんだん喉が渇いてきた。
水が飲みたい。
だが水は用意されない。なんだよう。
ふと向こうの天国側の席をみると、何やら黄色い飲み物が入ったジョッキを配っている。
あれ生中だろ?あれくれよ。ダメ元で獄卒に聞いてみた。
そしたら、返ってきた返事がこれだ。
「ビールは別料金です。一杯600円頂きます。」
◇
餓鬼道に墜とされた亡者が金なんか持ってるわけないだろ。天国の方の席も金とってるのかよ?
「あちらの席はビール無料サービスになっております。」
なんだよう。まあでも向こうは天国なんだから仕方ないか。
と思っていたら、3つくらい横のテーブルで、生中受け取ってる亡者がいるじゃないか。何あれ?
「あちらのお客様は、600円払いましたから。」
どうやって地獄にそんな金なんか持ち込んだんだよあいつ。
「さあ?」
ああ、「地獄の沙汰も金次第」って、本当だったんだ。
◇
喉が渇いてヒリヒリする。くしゃみがまだ止まらねえ。鼻の奥が痛え。
ああ、おれは今、間違いなく本物の地獄にいる。




