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形だけの偽物が嘘になるまで

作者: 東雲白雨
掲載日:2025/12/21

創作短編。

pixivにも投稿しております。

 私が小さい時のことだ。とはいっても、分別がなかったような幼い日のことではない。目の前の人物の人となりを多少なりとも理解し始めていて、そして、相手が自身にまったく関心がないと察していた頃のことだ。

 単純な話、私は大怪我をした。蛇の目の医術がなければ、とうに体の四分の一を失っていただろう。身体を鍛えていたとはいえ素人に毛が生えた程度の動きしかできず、柊の人員としては邪魔でしかなかった頃。

 大怪我をした私に構う暇など、最小限の人員で構成されている集団にはなかった。厳密に言えば、そもそもその集団の一員として認められてもいなかったからではあるのだが。

 誰もが視界の端でこの程度ならと厄介払いをした。足を止めず、今向かっている事態の収拾に奔走した。

 痛いとも思ったし、辛いとも思った。泣き出してもいいと身体が危険信号を出していて、それに素直に従ってもいいと思う心を、奥歯でぎりりと噛み潰した。そうして立ち上がっても、すぐに膝をついてしまった。余計に動いて増した出血が、自分の愚かさを痛感させる。

 死ぬかもしれないということに安堵して、安堵する自分を嫌悪した。何も頑張っていないのに。歩き出せてもいないのに。周囲に誰もいないのは、誰も責めてくれないほどに、何もできていないからだ。

 おかしくなっている呼吸のリズムを取り戻そうと必死に身体の動きに集中する。

 末端から感覚がなくなっていくことしかわからない役立たずの身体に、私はぼんやりとする頭の隅で怒りを感じた。

 その時、ふと目の前に影が落ちた。

「大丈夫?」

 問い掛ける柔らかな声は、器用に抑揚をつけているだけで無感情だった。

「問題ありません」

 現状を正しく報告するべきところを、強がりと見栄で言葉選びを誤った。私の様子を正確に読み取った義兄は、そう、とだけ言って首を傾げている。

「まあ、此処の問題は解決したから、そうだね。大丈夫だと思うよ」

 義兄からすれば現在の重傷などさほどの問題ではないことはわかっている。どうせなんとかはなるのだから、言っていることに間違いはない。すぐに帰れるよ、という意味だと認識しながらも、私は何もかもを抑えつけたギリギリの声音で返答するしかなかった。

 そこからは沈黙だけだった。周囲に仲間は戻らない。どういうわけか、義兄の周りには仲間の人間ですらあまり近寄って来ないのだ。

 私は沈黙だけではあまりに時間が長く感じられたので、形式的な言葉を吐いた。

「皆さんは御無事ですか」

「うん。ふふ、どうして一番弱い君が他の人の心配をするの?」

 義兄は柔和な笑みを浮かべながら、純粋な疑問を述べた。

「仲間ですから」

「……そう? 僕は、あまり聞くことがなかったから」

 そういうこともあるんだね、と義兄は全体に指示を出した。指先だけの簡易的な指示だが、この後の行動は既に作戦で決定している。時間も、早さも、被害も、結果も。全ては当主の想定通りに終わった。故にこの後の行動も、ただそれに沿うだけなのだ。

 唯一の例外が、私。私の弱さ。

「皎夜様は、お怪我はございませんか」

「うん」

「そうですか」

 血液が失われる時間と比例して、意識がゆっくりとぼやけていく。言語や感情を抑制する為の血液が回せないので、私の口からはあまりに正直な言葉が出てしまう。

「まだ、私は死なないのですね」

「うん。平気だね」

 自分に向かっている言葉ではないと知りながら、義兄は律儀に相槌を打つ。

「ご迷惑を……」

「全然。いてもいなくても、何も変わらなかったから」

「そうですね。ええ、そうです。いてもいなくても変わらないなら……」

 体を支えていた体力が尽きて、どさりとその場に倒れこむ。全身が生暖かく濡れて、そこでようやく自分の血液がどれほど失われているかを理解した。

「このまま、此処で……」

 吐いた言葉に乗せた感情は自分でもわからない。それを甘えだと、遠い誰かが叱責する。それはいつだって自分の内側からする声なので、今更だと無視をした。

 こんなに弱いのに。どうせ、今更。

 閉じかけた視界の隅で何かが動く。それが義兄の手で、自分の頭に触れていると気づくのに、私は少しだけ時間がかかってしまった。

「僕は」

 ぎこちない手の動きだった。撫でようとしているけれど、実際には擦るように雑だった。動きは理解しているのに、意味がわからないから、それっぽく動作を繰り返している。あまりに不器用で、私には逆に目の前の人物が憐れに見えてしまう。

「君に、生きていてほしいよ」

 きっと誰かに聞かされたのだろう。いや、戦場で見聞きした言葉かもしれない。読み上げるように不自然なのに、本人の声があまりに穏やかなので、目を閉じてしまいそうになる。

 不要だと避けられるはずもなく。

 大丈夫と強がれるはずもなく。

 私はほんの少しだけ喉を震わせる。失われていく体温と真逆の、あまりの熱さで私は口が上手く開かなかった。

「うそつき」

 偽物の優しさを受け流すことができなくて、それでも、空虚な言葉に縋りついた。

 目の前が真っ暗になる。光を遮る瞼の上の体温は、自分よりもずっと冷たくて、自分よりも先にこの人の方が、死んでしまいそうだと思った。




(初めての嘘を吐いた貴方は、それを嘘と知ることもできない。裏もなければ表もない。それでも、その言葉を選んだ貴方が、いつか意味を手に入れることを願っている)

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