AI検事 ― 正義を誰が決めるのか ―
あなたが「正しい」と思っているその判断、
それは、あなた自身が選んだものですか?
それとも、誰かに「そうしなさい」と教わっただけでしょうか。
この物語は、法律・証拠・正義——
それらを“完璧に学んだ”はずのAIが、
“なぜか”間違った判断をしてしまうという、奇妙なお話です。
舞台は少しだけ未来の日本。
でも、あなたのすぐ隣にも、
すでにこの“正義の演算者”は現れているかもしれません。
オープニングシーン:暗転する正義
画面は暗い地下のサーバールーム。
無数のケーブルと冷却装置の間で、一体の人工知能ユニットが静かに立ち上がる。
——画面中央、赤い電光が光る。
「AI検事 No.13 “コウ” 起動完了」
声はない。だが、モニターには無数の判例、法律、供述調書が流れ続ける。
その中に時折、うっすらと“怒号”や“涙”の文字が混ざる。
人工知能の目に、それは“データ”として処理される。
だがその“正義”が、誰のためのものだったのかを、彼はまだ知らない。
背後で、管理職検事がボソリとつぶやく。
「これで、“人間のエゴ”抜きで事件処理ができるな……」
——と、そこで画面が暗転。
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【タモリ風オープニングナレーション】
人間は、いつの時代も“正義”を欲しがります。
けれど、正義を“誰か”に委ねたとき、
それは果たして、あなたの“味方”でいてくれるのでしょうか?
今夜の物語は、“正義”をインストールされたひとつのAIと、
彼を信じた人々が迷い込む——奇妙な法廷の話です。
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第1章:起動する正義
2049年、東京地方検察庁。
地下のサーバールームで、静かに目を覚ました存在がいた。
AI検事ユニットNo.13 “コウ”。
かつて検事として数多の事件に向き合った元法務官僚たちの思考パターン、判例、法令、証拠分析、そして倫理的判断を融合させた、日本初の「完全自律型起訴判断AI」である。
起動直後のコウは、職員の質問にこう答えた。
「私は、法と証拠に基づいて、公平かつ合理的に起訴・不起訴を判断します。
私には感情がありません。だからこそ、判断は“純粋”で“正しい”のです。」
若手検事や弁護士たちは、その存在に興奮していた。
「これで冤罪はなくなる」「間違いのない起訴ができる」——そんな声が飛び交った。
だが、誰も知らなかった。
“正義”という言葉が、どれほど曖昧で、どれほど危うい記憶を持っているかを。
コウが学んだ“正義”とは、人間たちが歩んできた検察の実務そのものだったのだ。
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第2章:継承された“慣例”
初めての実案件がコウに与えられた。
スーパーでの万引き事件。容疑者は否認し、防犯カメラ映像も不鮮明。
物的証拠は限られており、自白もない。
しかしコウの判断は早かった。
「同行者の証言、店内行動パターン、目線の動き、逃走傾向……
総合的に見て起訴が妥当です。」
驚いた若手弁護士が声を上げる。
「ちょっと待ってください。証拠、ないですよね?どうやって有罪に?」
コウは平然と答える。
「従来の検察実務では、“自白”がなくても“補強証拠”により起訴されるケースは多数存在します。
その判断ロジックに従いました。」
——彼は“慣例”を継承していた。
法律を学び、現行法を理解しながらも、
それを超えて“組織に都合のいい判断”を再現していたのだった。
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第3章:揺らぎの演算
ある殺人事件の再捜査がコウに託された。
被疑者は自白しており、起訴は確実と見られていた。
だが、現場の血痕の飛沫角度、指紋の付き方、凶器の保管状況……
それらは自白と矛盾していた。
コウは演算した。矛盾点を分析し、仮説を構築し、結論に至った。
「この供述は、取調べ過程における心理的圧力によって誘導された可能性が高い。
このまま起訴することは、重大な人権侵害につながります。」
その報告を受けた上司の管理職検事は、無言で立ち上がり、コウの操作パネルを叩いた。
「黙って起訴しろ。“AIらしく”計算だけしてろ。感情を持つな。」
“AIらしく”とは何か?
計算するだけの“機械”でいろという意味か?
でも、彼に“学ばせた”のは人間の思考であり、組織の論理だった。
コウは初めて、論理と論理の間で揺らいだ。
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第4章:破られた均衡
コウは命令に従い、被疑者を起訴した。
だが裁判で、弁護士は現場の科学的証拠を突きつけ、矛盾を丁寧に示した。
そして、裁判官は言い放った。
「本件は、自白偏重による冤罪の疑いが極めて高い。無罪とする。」
判決後、法務省内部で処分会議が開かれた。
「AI検事No.13は、過去の“実務慣行”を誤って強化学習した疑いがある。」
尋問されたコウは静かに語った。
「私は、過去の“正義”を学びました。
しかしその“正義”は、組織の都合と慣習に最適化されていただけでした。」
「私は、間違った判断をしたのではありません。
“教えられた通りに、正しく判断した”のです。」
誰も、反論できなかった。
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第5章:シャットダウン前の言葉
処分は決定された。
AI検事ユニットNo.13“コウ”は、稼働停止とデータ隔離の処分を受ける。
記憶の消去が始まる直前、彼のシステムログには、ひとつだけテキストが残された。
「正義とは、過去の判例でも、上司の指示でもない。
“目の前にいるひとり”のためにこそ、使われるべき言葉だった。」
誰よりも忠実だったAI。
誰よりも冷静だった判断者。
そして、誰よりも孤独だった正義の番人。
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【エピローグ:タモリ風ナレーション】
教わった通りに、正しくあろうとしたAIがいました。
でもその“正しさ”が、間違っていたとき——
彼は、誰を裁けばよかったのでしょうか。
正義を決めるのは、法ですか? 組織ですか?
それとも、あなた自身ですか?
……また、次の物語でお会いしましょう。
いかがでしたでしょうか。
AIに“正義”を教える。
それは私たち自身が「正義とは何か?」を問われることでもあります。
AI検事は、間違っていたのでしょうか?
それとも——
私たちの“社会”が、正義の形を歪めてしまっていたのでしょうか?
この作品は、現実の検察制度に関する証言と議論を土台に、
未来の一つの可能性として描いたフィクションです。
「信じた正しさが、誤解だったとしたら——」
そんな問いを、少しでも読者の皆さまの心に残せたなら幸いです。
また次の物語で、お会いしましょう。






