09 モブのムーブ
私は冴姫と颯花に連れて行かれるままに、カフェへと入店する。
誰もが目にした事のある大手チェーンを模した店であり、木製のインテリアを基調としたモダンなデザインの内装だった。
店内にはコーヒーの香ばしい香りと、サイドメニューであろうデザートの甘い香りが合わさり、匂いだけで幸せな気分に浸れる。
放課後の時間は比較的お客さんも多い。
私は前世を含め、こういうオシャレなお店とは無縁だった。
「柊子は、何が好みなの?」
「え、えっと……」
冴姫からメニュー表を渡されるが馴染みのない単語の羅列に、何を選べばいいか分からない。
日本語表記で書かれているはずなのに、上手く読み取る事が出来なかった。
「あ、それじゃ、わたしのオススメにしてあげようか柊子ちゃん?」
すると、私の困惑を察した颯花が助け船を出してくれる。
助かる。
自分じゃ決められないし、颯花のオススメを知りたい気持ちもあるし、一石二鳥だ。
「あ、ずるい。それならあたしのオススメにするべきよ柊子」
「え」
まさかの冴姫と颯花で意見が対立してしまう。
「冴姫と颯花でオススメがちがうの?」
てっきり、いつも仲良しで二人でいる双美姉妹は好みも一緒だと思っていたんだけど……。
「颯花は紅茶系を飲むから、あたしの好みじゃないのよ」
「冴姫ちゃんは甘いのばっかりで、わたしはあんまりなんだよねぇ」
し、知らなかった……。
こうして意見が真っ二つに分かれる事もあるなんて。
二人の好みを知れたのは嬉しいが、こうして対立の中に立たされるのは困ってしまう。
「どうするのよ?」「どうするのかなぁ?」
「……」
二者択一というあまりに酷な選択。
私に冴姫と颯花のどちらかを選べばと言うのか……。
「えっと、私は――」
◇◇◇
注文を終えると、私達はテラス席に座る事にした。
夕方の涼やかな風が頬を撫で、黒いパラソルが夕陽の日差しをカットしてくれる。
周囲は手の行き届いた草木で覆われており、雑多な視線に晒される事もない。
「はい、どうぞ柊子」
すると冴姫が私の前に注文した飲み物を置いてくれる。
チョコ系のフラペチーノに生クリームを乗せたものだった。
甘くて美味しそうである。
「はぁい、どうぞだよ柊子ちゃん」
それにすかさず颯花も続いて飲み物を置いてくれる。
紅色に光を反射しているアイスティーだった。
茶葉の中に渋みと甘みのある約束された味である。
「ありがとう冴姫・颯花」
「「……」」
あれ、どうしてだろう。
どこか不服そうな視線を向けられている気がする。
いわゆるジト目というヤツだった。
「いや、いいんだけど」
「でも両方取るのはちょっとズルいんじゃないかなぁ」
そう、私はオススメの両方を注文させてもらった。
私に冴姫と颯花のどちらかを選べと言うのに無理がある。
私は二人で一つの双美姉妹が好きなのだ。
その姉妹の関係性を引き裂くような行為を私が出来るはずがない。
何と言われようとこれが最適解なのだ。
「喉渇いてたからね」
「また上手いこと言って」
「さすがに誤魔化されないよぉ」
テラス席では、私の対面に二人が並んで同じ飲み物を頂く。
こんな贅沢な事があるだろうか。
「二人の好みを知れて嬉しいから、いいんだよ」
すると姉妹は一瞬ぽかんと口を開けて呆然とする。
「……ま、まぁ、疲れてる柊子の体には糖分が必要なんだから、あたしのが気に入るんだろうけどねっ」
「……い、いやいや、柊子ちゃんは喉が渇いてるんだから、わたしの方が飲みやすくて気に入ると思うよぉ」
と、なぜか視線を外しながら早口でまくし立てるのだった。
態度の移り変わりが早くて、私もついていくのが大変だ。
「どっちも美味しいよ」
私の感想としては二人の言う通りで。
疲れている体に甘さは染みるし、乾いてる体にお茶は潤いを与えてくれる。
その美味しさと解放感で私は思わず笑顔になってしまう。
「……な、納得いかないのに、でもいいやと思っちゃうっ」
「……はっきりしない人は苦手だと思ってたけど、どうでもよくなる事もあるんだねぇっ」
二人ともごくごくと飲み物を勢いよく飲んでいた。
案外、疲れて喉が渇いていたのは私だけじゃなかったらしい。
「冴姫と颯花は、よくここに来るの?」
原作では基本的に学院内でしか双美姉妹とは話す機会がないため、放課後はどう時間を過ごしているのかは知らなかった。
だから、二人の時間の過ごし方に興味があった。
「まぁ、たまにね。人が多い時はあんまり来ないんだけど」
「学校帰りに寄ることが多いかなぁ?」
オシャレカフェで優雅に過ごす陽キャムーブは、冴えない私には憧れる学生像だ。
「二人らしいね」
私のような一人でただ学院を行き来するだけの存在に、二人は眩しい。
「そういう柊子は、普段何しているの?」
「ここは初めてみたいだったけど、どこか行きつけのお店はあるの?」
すると、今度は双美姉妹が私に質問を投げかける。
これまた答えに窮する難問だった。
「……いや、特に出掛けたりはしないかなぁ」
家に帰ってSNS、ゲーム、漫画、アニメ。
こんな陰キャの恥ずかしいムーブを二人に曝け出すのは、かなりの羞恥プレイだった。
「ふーん、インドア派なのね?」
「分かるよぉ、学院に行くくらいなら部屋にいる方が楽しいもんねぇ」
なんだろう。
情報だけは合っているんだけど、そこにあるマインドは合っていない気がする。
双美姉妹が言えば数ある選択肢の中の一つだから陰キャ感がないんだけど、選択肢がそれしかない私だと陰キャ感に溢れてしまう。
“何を話すかより、誰が話すか”を端的に感じた瞬間だった。
「でも不思議よね。柊子の事って今まであんまり意識した事なかったわ」
「そうだねぇ、いつも変な人達に構い過ぎてたのかなぁ?」
全ては私がモブだからという言葉で全て解決なのだけど。
華のある双美姉妹には理解し難い感覚なんだと思う。
「地味だからね、仕方ないよ」
私は言葉を変えて、肩をすくめる。
目立たない存在を意識しないのは至って普通の事だ。
「そうでもないと思うのよね、だってほら柊子って一人じゃない」
――グサ
「二人だけでいるわたし達でさえ浮いてるからねぇ」
――グサグサ
分かっていても、知人から言われると傷つく言葉ってあるよね。
何も言い返す事が出来ず、冴姫と颯花から教えてもらったフラペチーノとアイスティーが私を癒すという若干のマッチポンプ。
「あ、ちがうちがうっ。ディスってるんじゃないのよ柊子っ」
「そ、そうそうっ。皆と違うからこそ仲良くなれたと思ってるんだよ」
私の様子がおかしい事に気付いたのか、姉妹同時にフォローに回るがもう遅い。
本音というのは零れた時が最も本音なのだ。
何も間違った事は言われていないのだから、き、気になんかしてないもんっ。
「あは、謎メン見っけー」
そこに、第三者の声が加わる。
席の側に立っていたのは、長いピンク髪を揺らし、ふさふさの睫毛にネイルにピアス、雫華女学院では珍しい着崩した制服。
スマホを片手に、カップに口をつけるギャルな印象の少女。
――星奈雅
彼女もまた、カノハナのヒロインだった。