65 闇に落ちる前から
私の気持ちは、最初から決まっていたんだと思う。
冴姫と颯花にとっては、私の事を明確に意識してくれたのは橋の上での出来事からだろうけど。
私はそれ以上よりも遥か前から、彼女達の事を知っていて考えていた。
その思いの結果があの行動に出たんだから、それが全てを物語っていたんだ。
「柊子、帰るわよ」
「柊子ちゃん帰ろー」
放課後。
人気がなくなった教室で、いつものように冴姫と颯花が迎えに来てくれる。
それでも、この光景は朝の繰り返しで、きっとどちらかを選ぶような選択を委ねられるのだろうけど。
「さて、行きは良しとしたけど……分かってるわよね?」
「帰りはどちらかを選んでくれるよねぇ?」
二人の視線が私に集まる。
そこには何もないはずなのに、どこか質量のような物を感じて緊張してしまうけれど。
私はその選択を選ぶ事は出来ない。
私も双美姉妹に対しては譲れないものがあった。
「私はやっぱり二人のどちらかを選ぶなんて出来ないよ」
「……それって、どちらも選ばないってこと?」
「……それが柊子ちゃんの答え、なのかなぁ?」
冴姫と颯花の表情が曇る。
それは私が明言を避けて、曖昧なままにしたせいだと思う。
でも、二人が望んだものじゃなかったとしても、私の答えは最初から決まっている。
「どちらも選ばないんじゃなくて、どっちも私は選びたいんだよ」
「……それは、都合がいいんじゃない?」
「……どちらも選ぶっていうのは、どちらも選んでないとも受け取れちゃうよねぇ」
そんなワガママのような私の答えをすぐに受け入れてくれるわけもなく、二人は未だに難色を示したままだ。
けれど、それでも私はもうこの気持ちを偽る事が出来ない。
「いや、私は最初から二人を選んでるってこと」
「言葉の上なら何とでも言えるわよね」
「それも最初から選んでないとも言えるんじゃないかなぁ?」
そんな事は絶対にないのだけど。
これも私が言葉を濁し続けた結果なんだと思う。
曖昧にし続けた結果、確かな物が失われていて、何も見えなくなってしまったんだ。
だから、私がちゃんと形にしていかないといけない。
「じゃあ……その、論より証拠っていう事でいいかな」
「何よ、行動で示すって事?」
「その行動が見えないから、選んでって言ってたんだけどねぇ?」
もう、言葉を重ねるだけではきっと足りない。
空いてしまった穴は、もっと確かな何かで埋めないといけないんだ。
「それじゃ、二人とも近づいてもらってもいいかな」
「な、なによ……颯花の方に?」
「えっと、冴姫ちゃんの方に近づくの?」
双美姉妹の距離を近づける。
狙っているつもりはなかったのだけど、その姿に橋の上でその身を寄せ合っていた時の二人を連想する。
多分、あの時から私の想いは決まっていた。
それなのに落ちてしまってからの出来事で、色々と有耶無耶になってしまったのだけど。
「……その、行くよ?」
冴姫と颯花は訳も分からないまま、首を傾げている。
けれど、否定はしない。
私が示す行動を待ってくれているように感じた。
だから、そのまま思いをぶつけようと思った。
私から歩み寄って、両腕を広げる。
そうして二人を抱き寄せた。
「え、ちょっと、柊子……!?」
「と、柊子ちゃんっ……!?」
私の短い腕で収まるのかなと内心ハラハラではあったけど、二人の細い体のおかげかどうにかこの腕でも抱き寄せる事が出来た。
次第に二人の体温と、濃密な甘い香りで満たされていく。
緊張も相まって余計に心臓が飛び跳ねそうになるけれど、今は自我を保たないといけない。
まだ伝えなきゃいけない事があるからだ。
「私、橋の上で最初に言ったよね、“冴姫と颯花が好きだからに決まってるじゃん”って」
「い、言ってたけど……」
「勿論、覚えてるけど……」
その言葉の意味を、ずっと言い出せないまま。
二人が寄せてくれた好意に甘えてしまっていたんだと思う。
それを明確にしてしまうのが怖かったし、このままの方が居心地が良かったから。
そんな曖昧さが、この歪な状況を作り出してしまった。
だから、私からちゃんと伝えなきゃいけなかったんだ。
「アレは言葉の通りと言うか……。本当の好き、なんだよねっ。だから私は冴姫と颯花が好きだから、選ぶとか最初からムリというかっ」
ああ、駄目だな。
ちゃんと言おうと思ったのに、いざ言葉にしようとすると上手い言い回しが見つからないし、呂律も回らない。
恰好がつかないまま、変な沈黙の間だけ生まれていた。
い、意味……伝わってるのかな……?
「あ、あの……二人とも?」
何も言わないまま、冴姫と颯花の視線が私の瞳に注がれる。
結構恥ずかしい事を言ったつもりなので、その眼差しが私の体の熱を更に暴走させていく。
自分で抱き寄せておいておかしいんだけど、逃げ出したいくらい羞恥心が勝っていた。
「……どう思う、颯花?」
「……どう思う、冴姫ちゃん?」
すると、隣り合った双子姉妹の視線が互いに絡んでいる。
確かめ合うように二人が頷き合うと、その視線が私に戻って来た。
「遅いのよ柊子」
「遅いよねぇ柊子ちゃん」
胸元に二点の圧が加わる。
冴姫と颯花の人差し指が私の胸元を押し当てていた。
同時に恨めしそうな視線も二倍で、今度は焦りによる熱暴走が……。
「ご、ごめんなさい……」
抱き寄せながら、頭を下げる。
何だろうこの状況。
「そういう事は早く言いなさいよ」
「大事な事はちゃんと言わないとダメなんだけどなぁ」
「は、はい……気を付けます……」
でも、何だろう。
空気が変わったような気がする。
さっきまでの刺々しさ消えていて、あたたかい空気が流れ始めている気がした。
「あの、それじゃ私の気持ちを受け入れてくれるという事でよろしかったですか……?」
双子姉妹のどちらも好きだという、自分でもとんでもない発言をしているのは重々承知なんだけど。
二人から拒否されるような反応はなさそうだから、これは思いが成就したと捉えていいですか……?
「それはねぇ……颯花?」
「聞くのは野暮だよねぇ……冴姫ちゃん?」
「え、え」
二人は楽しそうに見つめ合って肩をすくめているけど、私は全然楽しくない。
私は正直、全然自信はないのです。
出来る事なら、ちゃんとお言葉にして返事を頂けると安心出来るのですが……。
「柊子が言ったんでしょ、“論より証拠”だって」
「なら、その答えも“証拠”で示させて欲しいよねぇ」
「……へ?」
な、なんだろう。
私はこの抱き寄せて告白するという行動が、論より証拠のつもりだったんだけど。
こ、これ以上何をしろと……?
冴姫と颯花の気持ちを確かめるための行動……?
わ、分からない……。
「もうしょうがないわね、ヒントをあげる」
「ここだよ、ここに証拠が欲しいなぁ」
冴姫と颯花の二人ともが、自身の人差し指で唇を指す。
その頬を灯す朱色も相まって、可愛さの中に艶やかさを帯びていた。
その意味を理解して、私は頭の奥まで熱にうかされていく。
「え、えっと、そ、それって……」
「恋人の証明と言ったら、まずはこれじゃない」
「初めては、柊子ちゃんにリードして欲しいなぁ」
ま、まさか、ここまで一気に……!?
これは予想外というか、想像の斜め上というかっ。
い、いいのでしょうか。
こんなに一気に大人の階段を上っていいのでしょうかっ。
「どうなのよ、柊子?」
「出来ないの、柊子ちゃん?」
……い、いや、やるしかないっ。
私の覚悟を伝える為なら、やってみせますとも……!
私は両手の位置を変えて、二人の肩に置く。
覚悟を決めて、そっと近づけて……。
「あ、あれ……?」
いや、待ってよ。
これ三人だからっ。
……。
ど、どっちから、するべきとかあるかなっ!?
これもまた争いのきっかけになりかねないっ。
かと言ってしないのは絶対に有り得ないタイミングだし……ど、どどどどっ、どうしたらっ。
「ちょっと何固まってるのよ柊子」
「え、いや、その、どっちかにしちゃったら、どっちかにしない事になるわけで……」
それはいけない。
私は双美姉妹には公平を期す女。
こんな大事な場面で、二人に優劣を感じさせた日には私は爆発しないといけなくなってしまう。
「もう、柊子ちゃんが選んでくれたのを分かってる上で受け入れてるんだから。ちょっと不器用でもいいから柊子ちゃんなりの表現をしてよぉ」
「な、なるほど……?」
確かに言われてみれば、冴姫と颯花はお互いの頬をすり合わせるくらいに近づいていた。
つまり、それはそう言う事で……。
い、いいのだろうか……初めてが相当ハイレベルな気がするんだけど……。
いや、いいんだっ。
私はそんな茨の道を歩み始めたのだからっ。
覚悟を持て、白羽柊子ッ!
「じゃ、じゃあ……改めて、これからもよろしくお願いしますっ」
そうして、三人一つになって唇を重ねた。
感触を感じる余裕はなくて、ただ混じり合う体温だけが溶けていく。
次の瞬間には拍動を強める心臓だけがうるさくて。
結ばれた思いが実感に変わるのは、もう少しだけ後の事だった。
【あとがき】
以上で最終話とさせて頂きます。
不器用ながら、やりたい事は書いたかなぁとは思ってます。
最後まで読んで下さった方には感謝しかありません。
ありがとうございました。
また機会がありましたら、その時はよろしくお願いします。




