64 自身の胸に
休日が終わり、日常が始まる。
「おはよう柊子」
「おはよう柊子ちゃん」
「……おはよう冴姫、颯花」
朝、扉を開けると二人の姿があった。
「なんでポカンとした顔してるのよ」
「いつも一緒に登校してるよねぇ?」
「いや、二人が揃ってるとは思わなくて……」
てっきり二人とは別々に登校して、私は一人で登校するものだと思っていた。
それが姉妹共に私を出迎えてくれていたので、面を食らってしまったのだ。
「そりゃ来るに決まってるでしょ、いつもあたしと一緒に行ってるんだから」
「それはそうだよぉ、いつもわたしと一緒に学院に行ってるんだからねぇ」
……うん、二人とも?
笑顔で姉妹で目線を交わさずに主張だけしてくるのやめてくれないかな?
ひじょーに反応に困っちゃうんだけどな。
「じゃ、じゃあ……行きますか」
私は二人の地雷を踏まないよう間を這うように一緒に学院に向かう事にする。
……だ、大丈夫だろうか。
そうして、いつもと変わらぬ朝。
三人での登校風景ぽくはなったのだけど……。
「あれぇ、柊子ちゃん。車道側を通ると危ないからこっちに来た方がいいんじゃないかなぁ?」
「え、あ、そう?」
颯花に誘導されて、もう少し歩道側に近づくのだけど……。
「それで危ないとか言うなら、もっとリスク回避するためにあたしの後ろにいた方がいいんじゃない? その方が安全でしょ」
「……え、あ、そう?」
今度は冴姫の方に誘導されて……まずい予感。
「それなら柊子ちゃんが歩きにくくて仕方ないんじゃないかなぁ?」
「広がって歩くよりはいいでしょ?」
……ああ、お二人とも。
朝からバチバチで困ってしまうのですが。
どっちに味方していいかも分からず、こちらの方があたふたしてしまう。
「ま、真ん中にしよう。二人の真ん中に歩く事にするよっ」
「それってなんか中途半端だよねぇ」
「どっちかつかずよね」
……ど、どうしろと言うのですか。
本当に二人のどちらかを選ばないとこの張り詰めた空気は終わらないのだろうか。
いやはや……こ、困ったなぁ……。
「……げふ」
教室に辿り着いて、自身の席に着いてようやく解放感。
おかしいな。
私の唯一のオアシスである双美姉妹と一緒にいる事の方が疲労感を感じてしまうだなんて……そんなの、あってはならないのに。
とは言っても、この脱力感は言い逃れできないし……。
「朝からお疲れですか?」
「あ、逢沢さん……」
お隣にいる主人公が朗らかな笑顔でこちらを見ていた。
私の様子を見て、汲み取ってくれたようだ。
「いえ、ちょっとだけ……心配させてすみません」
「そうですか? 何かお困りでしたら相談に乗りますが」
……相談。
と言っても、私の悩みを逢沢さんに打ち明けても、答えを頂けるのだろうか。
いや、煽っているわけでも高飛車になっているわけでもないのだけど。
私の悩みは双美姉妹の二者択一を迫られていて、選べないという事にある。
逢沢さんは乙葉さんと星奈さんの二者択一を選ぶ事が出来る人なのだから、根本的に私のような悩みを持ちえない人だと思っているのだ。
だからもし、どちらかを選ぶようにアドバイスをされても困ってしまうという側面がある。
「いや、その……これは私の問題と言いますか……」
「勿論、無理強いはしませんが。それでも悩みは案外、口にするだけでも光が差す事があるそうですよ。わたしが答え出せずとも、白羽さん自身が見つけるきっかけになるかもしれません」
……そう言われるとその通りで。
一人で悶々としていて何か解決の糸口が見つかると言われると、そういうわけでもなくて。
自分に出来る事は、もう全てやってみたという感覚も強かった。
「あの、例えばなんですけど。二人に迫られてどちらかを選べと言われたら、逢沢さんはどうします?」
「……ああ」
逢沢さんの生暖かい目が一瞬、教室の端……恐らく双美姉妹の方に向けられる。
いや、そうだよね。
私が二人とか言ったらそれしか選択肢ないよね。
オブラートの意味なしっ。
「なるほど、そういう事でしたか。二人からの寵愛を受けて、その反応に困っていると?」
「……そういう事になるんでしょうね」
改めてそういう表現をされるとむず痒さを感じるけども。
まぁ当たらずも遠からずという事で否定はしないでおく。
「ですが、その答えは白羽さんにしか分かりませんよ」
「……え」
急な突き放し。
もっと歩み寄ってくれるものと思っていたのに、案外身も蓋もない答えが返って来た。
「だって、その二人のどちらかを選ぶのか、それともどちらも選ばないのか。そして二人とも求めているのか。その答えは白羽さんにしか分からないでしょう?」
「え……あ、いや、そうなんですけど。こういう状況だと逢沢さんならきっと、どちらかを選ぶんですよね?」
「さぁ……わたしもその立場にならないと分かりませんが。大事なのはわたし自身がどう感じているかだと思います。それをないがしろにしてしまえば、きっと傷つけてしまうのは相手になってしまいますから」
すごい……シンプルな答えだけど……。
そうか、逢沢さんは一人に絞る事にこだわっているわけじゃなくて、自分が感じた答えに従っているだけなのか。
私も決めなきゃいけないという固定概念に、知らず知らずのうちにこだわりすぎていたのかもしれない。
「ですから、白羽さんもご自身の想いに正直になればいいのです。その先にある答えを受け入れてくれるかどうかは、それはまた相手の問題なのですから。後は委ねるしかありません」
「……なるほど、ですね」
確かに、どのような結果が待っているにしても答えは私が出すしかない。
その思いに報いるには、私が本当の気持ちを打ち明ける事以外にはないのだろうから。
「ありがとうございます、何だかやるべき事が見えてきたような気がしました」
「そうですか、お役に立てたなら何よりです」
嬉しそうに微笑む逢沢さん。
話してみるとすぐに分かった。
私は悩んでいる様で、答えを言い出せない事に四苦八苦しているだけだったんだ。
だって、私の答えなんて最初に出会った時から決まっていたんだから。