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63 颯花と語る


「私の願い……?」


「そうそう、柊子(とうこ)ちゃんはどうしたいのかなって」


 そう言われても答えに困るのが正直な感想だ。

 私にとって、双美(ふたみ)姉妹がこの世界で健やかに過ごして欲しかったのだから、その願いはもう成就している。

 だから、これ以上望むべくもない。

 でも、そう答えたところできっと颯花(そよか)冴姫(さき)も納得はしてくれないのだろう。


「……」


 答えに窮している内に気付けば、シナモントーストは食べ終え、アイスコーヒーも飲み干そうとしていた。


「今すぐに答えてとは言わないけどね。勉強相手をどちらにするのかを決める時には教えて欲しいかなぁ」


 困った、非常に。

 結局、私は颯花も冴姫のどちらも説得する事が出来ていない。

 二人の話を聞いて分かったのは、二人とも譲るつもりはないという事だった。


「そろそろ食べ終えるし、帰るにはまだ早いからお散歩でも行かない?」


「う、うん……」


 残りのアイスコーヒーを飲み終えて、私たちはカフェを後にした。




        ◇◇◇




「ちょっと風が出て来たねぇ」


 陽ざしの強さはあるけれど、風のお陰でまだ暑さを忘れる事が出来ていた。

 さらに都心部から離れて行くと、道の中央には小川が流れていた。

 緩い斜面になっていて、整備されているため降りて川の近くまで行く事は出来るようだ。


「あそこに飛び石があるでしょ?」


「え、あ、うん」


 川の中には四角い石が足場のように配列されていて、それを飛び石と言うようだ。


「本当に小さい頃の話なんだけど、冴姫ちゃんとここに来た事があるんだよね。その時、冴姫ちゃんはポンポンと石場に飛び乗って行ったんだよねぇ」


「あー……行きそう」


 小さな頃の冴姫にはわんぱくさがあったのだろう。

 生来の運動神経の良さも相まって軽々と飛び越えていきそうな画が頭に浮かんだ。


「冴姫ちゃんに続くように言われたんだけど、わたしは飛んで行くのが怖くてね。その姿を見守る事しか出来なかったんだよねぇ」


 確かに、飛び石はそれなりに距離がありそうだった。

 それを小さな体で飛び越えるには、かなりの身体能力と勇気が必要になると思う。

 

「でも、その反応の方が普通だと思うけど?」


 アレを飛んで行こうとする方がマイノリティだと思う。

 穏やかな颯花なら、性格も相まってそんな気にはならなくて当然のような気もする塩。


「んー。まぁ、それは一個の例えでしかないんだけどさぁ。つまりね、わたしは冴姫ちゃんの後ろを着いてきただけなんだよ」


「……そう、なの?」


 それも妹らしいというか、颯花らしい気もするけど。


「そうそう、何でも冴姫ちゃんの方が出来るからさ。わたしはその影に隠れてるだけなんだよねぇ」


「……んー?」


 それはちょっと違和感というか、颯花が姉を立てすぎているような気もする。

 基本的に冴姫の事を尊敬しているのは知っているけど、何も颯花自身を下に見る必要はない。


「でも颯花の方が料理得意だったりするよね? 家事全般やってるんだし」


「それは冴姫ちゃんがやりたがらないからやっただけでね。わたし個人の特技じゃないと言うか、隙間を埋めただけなんだよ」


「ほう……?」


「だから本気でやれば冴姫ちゃんの方が上手にやっちゃうんだろうなぁ、とは思ってるよ」


 なるほど……。

 颯花が冴姫の姉としての後ろ姿をとても大きく評価している事は分かった。

 でもわたしからすると、その隙間を埋めるのだって十分な能力だと思うんだけど。


「わたしは颯花も冴姫もどっちも同じくらいすごいと思ってるけどね……?」


「あはは、そう言ってくれるのは嬉しいけどね。でもきっと冴姫ちゃんが本気出しちゃったら、選ばれるのは冴姫ちゃんの方なんだろうなぁとは正直思ってるんだ」


 そんな事を颯花は川を眺めながら零すのだ。

 その視線の先に、今はいない冴姫の後ろ姿を見つめるように。

 だけど、それは何だかわたしには腑に落ちなかった。

 その違和感の理由を探して何となく答えが見つかると、私の足は斜面を降り始めていた。


「え、柊子ちゃん……? どうしたの?」


 どうしたのこうしたも、颯花が変に自分を卑下するのが良くないのだ。

 わたしは川の側まで近寄って、飛び石との距離を測る。

 上から見ていると頑張れば届きそうな気がしたけど、こうして平行線で見るとかなりの距離を感じる。

 これを幼少期の冴姫は飛んでいたのか……恐ろしい子……。


「颯花、見ててよ」


「……え?」


 とは言え、大事なのは結果ではない。

 私が伝えたい事はそんな浅い所ではないのだからっ。


「えりゃっ」


 飛んだ。

 私は渾身の力を足に込めて大地を蹴り、空高く飛翔した。

 この足は怪我を乗り越え、二人三脚を走破し、白雪姫を務め上げた両脚だ。

 飛び石に乗る事なんて造作もない。


 ――バシャッ


 そして、水しぶきが天高く舞う。

 足元は一瞬で水没し、跳ね返った水滴が全身を濡らす。

 私の両足は確かに川の水面を捉えていた。


「何やってるの柊子ちゃん!?」


 見ての通り、川に飛び込んだのだ。

 ……うん、本当は飛び越えたかったんだけど。

 飛び石は視線の遥か先にある。

 恐ろしいほどまでに自分の身体能力が低かった。

 まさか、幼少期の冴姫にすら敵わないとは思わず、自身の過大評価を恥じる。

 いや、今はそれはいいんだけどっ。


「どう思った、颯花?」


 私は何食わぬ顔で振り返り、颯花を見つめる。

 本当は足が冷たいんだけど。 

 でも今それを言ってしまうと話がブレてしまうので我慢、我慢。


「ど、どうって……? いや、危ないし、冷たそうだし早く戻って来てほしいんだけど」


 冷たいと感じているのもバレていた。

 さすがの颯花の洞察力。


「そう、そういう事だよ」


「え……?」


「これが出来ないからって、誰と比べたりなんかしないでしょ? 颯花は私の事だけを考えてるよね?」


「え、まぁ……そうだけど」


 こんなにも冴姫の話をした上でも、颯花は私の事だけを考えている。

 そう、人なんてそんなものなのだ。

 自身は誰かと比較して一喜一憂してしまうけれど、それが他の人だったらなら、そこに優劣を見たりしない。

 少なくとも私と颯花は、そういう人間である事は間違いない。


「だから、颯花も颯花でいいんだよ。冴姫がどうとか関係ない。何かが出来ないからって私をどう思ったりもしないでしょ?」


 いや、正確には私が“何も出来ない人間”という評価にはなってしまうかもだけど。

 だけど、それがどうしたんだい? って話。

 何かが出来ないからって人を嫌いにはならないし、そこで価値が決まるような事もない。

 だから、そんな事を考える必要はなくて。

 颯花は颯花の良い所に目を向けてくれたら、それでいいんだと私は思っている。


「……あははぁ、やっぱり柊子ちゃんはさすがだね、まいっちゃうねぇ」


 すると、颯花は困ったように眉をひそめながらも笑っていた。

 私の言いいたい事は伝わったような気がした。


「それじゃ」


「え?」


 しかし、今度は颯花が斜面を降りてくる。


「えいっ」


「なんでっ!?」


 今度は颯花が飛んできた。

 しかも、助走もつけずに勢いもないから当然ながら足は川へと落ちる。


 ――バシャッ


 と、同じように水しぶきが舞った。


「颯花、濡れてるけどっ」


「お互い様だよねぇ」


「いやいや、ほらスカートとかも濡れちゃってるよっ」


 私の安物の服が多少濡れるくらいなら何でもないけど。

 颯花の洋服は高級そうだから、浸水してはいけないような気がするっ。


「あはは、これくらい構わないよぉ」


「……え、ちょっ」


 颯花は楽しそうに笑いながら、濡れた裾のスカートをたくし上げて絞る。

 めくれあがったスカートの奥にある白い素足が露わになって、思わずドギマギしてしまうのだけど。

 何でこんな感情を抱いてるのか分からないまま、慌てて視線を反らす。

 

「確かに、出来ない者同士で一緒にいるのも楽しいよねぇ」


「……いや、颯花は絶対やろうと思えば出来たでしょ」


 明らかに勢いをつける気が彼女の素振りにはなくて、私と一緒になろうとしていたのが目に見えた。


「出来るも出来ないも関係なくて、わたしと柊子ちゃんの事を考えればいいんだもんねぇ?」


「……いや、颯花の事は考えてとは言ったけど。私の事は言ってないよ?」


「わたしがわたしの事を考えると、柊子ちゃんが出てくるんだから仕方ないよねぇ」


「……なるほど」


 颯花がそう言うのなら仕方ない。

 少なくとも冴姫を引き合いに出して自信を卑下するよりはずっといいかな。


「柊子ちゃんは、わたしの事を考えてくれるのかなぁ?」


 颯花が自身の事を見つめると素直な感情はそこに落ち着くようで。

 これはこれで困ったなと思いつつも、嬉しそうに笑う颯花を見ていると、まぁいいかと楽観的になってしまう私なのだった。




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