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62 双美颯花においての移ろい


 冴姫(さき)ちゃんとここまで争うようになったのは、初めての事だと思う。

 姉妹であるわたし達は意見が対立する事はあっても、姉妹の間だけならお互いに譲れるタイプだった。

 それはわたし達にはお互いしかいないから、どちらかを完全否定するわけにはいかなくて、いわゆる相互補完の関係性なんだと思う。


 でも、それはもう崩れてしまっていた。


「さぁ、柊子(とうこ)ちゃんは何が食べたいのかな?」


「あ、えっと私は……じゃあ、シナモントーストにしようかな」


「なるほどね、飲み物は?」


「あ、アイスコーヒーで……」


「大人だねぇ」


「サイダーだけの女じゃないって所を見せようかなって」


 柊子ちゃんがちょっと変わった見栄を張っているけど、わたしに対しての警戒心がそうさせたみたいだった。

 そんなに身構えなくてもいいのにねぇ。

 姉の事なんだから何をするかなんて考えたら分かるし、柊子ちゃんの事だって同じくらいずっと考えているんだから予測が当たってもおかしくないのに。


「そういう颯花(そよか)は何を頼むの?」


「同じのにするかな?」


「……全く一緒?」


「うん、わたしってあんまりこだわりがなくてね。何となく真似しちゃう事が多いんだよねぇ」


「そ、そうなんだ……」


 それでも、わたしが真似するのは冴姫ちゃんだけのはずだったんだけど、いつの間にか選択肢の中に柊子ちゃんも入るようになった。

 それでも同じ真似をするという行為の、その意味はかなり違うんだけどね。


「あ、すいませーん」


 わたしは店員さんを呼んで、二人分の注文をお願いした。




        ◇◇◇




「シナモントーストとアイスコーヒーでございます」


 店員さんによって全く同じ商品がテーブルに並ぶ。

 シナモントーストは厚めの食パンにシナモンパウダーが掛かり、煮られたリンゴが乗っている。アイスクリームも添えられて、甘いシナモンの香りが鼻孔をついた。


「絶対美味しいやつだ……」


「だねぇ」


 思いの外、柊子ちゃんのテンションは上がっているようだった。

 それを見ているとこっちも嬉しい気持ちになる。

 

「いただきます」


「いただきましょう」


 柊子ちゃんに続きながら、ナイフとフォークで食べやすいサイズにパンを切り分ける。

 口の中に放り込むと、サクサクのパンの食感に、シナモンの風味とリンゴとシロップの甘みが広がる。

 アイスクリームもさっぱりとした牛乳の味わいがあって、一緒に食べても調和がとれて、くどくなる事は一切なかった。

 アイスコーヒーの香ばしい苦さも、甘くなった口の中をリセットするにはベストバランスだ。


「美味しいねっ」


「本当だねぇ」


 そして何より、そんな美味しい物を柊子ちゃんと共有出来ている事が嬉しかったりする。

 そんな感情になるのは柊子ちゃんにだけで、冴姫ちゃんにすら感じないものだった。

 

「あれ、だね。今度は冴姫にもオススメしたくなる感じだね……」


 柊子ちゃんはこちらの様子を伺いながら、そんな事を口にする。

 やっぱり柊子ちゃんは姉妹として一緒にいて欲しいみたいで、今日の誘いの目的もそこにある事は分かっていた。


「いや、これはわたしと柊子ちゃんだけの秘密にしたいかなぁ」


 だけど、柊子ちゃんのお願いを簡単に受け入れる事は難しい。

 だってそれは、わたしと冴姫ちゃんの思いからは反しているものだから。


「な、なんで……?」


 柊子ちゃんにその理由を聞かれて、考えてみる。

 どう説明したらこの気持ちを分かってくれるだろうか。

 きっと、柊子ちゃんにとっては理解し難い感情なのかもしれない。

 だからこそ、ちゃんと伝えないといけないとは思ってるんだけど。


「わたしね、元々あんまり欲しいものとか願望とかもないんだよね。だからいつも冴姫ちゃんの後ろをついて行くのも平気だったし、それが楽だったんだ」


「颯花らしい感じはするね……」


「でもさ、そんなわたしでも初めて欲しいものが出来たんだよ。その時くらいはさ、独り占めしたいって思うのが普通の感情なんじゃないかなーって思うんだけど。柊子ちゃんはどう思う?」


「……そう、だね。欲しいものは自分のにしたいとは思うかも」


 それで、その欲しいものが柊子ちゃんなんだから。

 そりゃ冴姫ちゃんに譲れるわけないよねーって話ではあるんだけど。

 ここまで言っちゃうとフライングだよね。

 きっと冴姫ちゃんも、そこまでの事は言ってないだろうし。


「逆にさ、欲しいものが譲れたり共有できるようなものなんだとしたら。それって本当に心から望んでるわけじゃないと思うんだよねぇ」


 そんなシンプルで子供みたいな感情だけど。

 でも、今のわたしはそんな子供じみた感情を大事にしたい。

 割と何でもどうでも良くて、自暴自棄になった事もあったけど。

 わたしはやっと、わたしとしての願望を見つけたんだから、この時くらいはちょっとワガママな自分になってみたい。


「それも、その通りだね……」


「でしょぉ? だからねぇ、柊子ちゃんにも聞いてみたいんだよね」


「な、何を……?」


 それも簡単な話でさ。

 わたしの願いを叶えるためには柊子ちゃんの気持ちは必要不可欠なんだから。

 その気持ちはどこにあるのかを知りたいと思うのは当然の事だよね。


「柊子ちゃんの願いは何なのかな、ってさ」


 隣にいて欲しいのはわたしなのか、冴姫ちゃんなのか。

 あるいはそこまでは望んでいないのか。

 その答えを聞かせて欲しい。




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