61 颯花との休日
……ああ。
昨日は結局、冴姫を説得するどころか、むしろその情熱に当てられてこちらが言いくるめられてしまった。
何をやっているんだ私は。
例え如何なる理由があろうとも、双美姉妹の仲を裂いていい理由なんてどこにもないって言うのに……。
とは言え、いつまでも過ぎた事を後悔ばかりしていても始まらない。
今日は颯花との時間を過ごすんだから、彼女の事に集中しないと。
それに冴姫は駄目でも、颯花の気持ちを変えられたなら二人の仲を修復出来る可能性はいくらでもある。
もっと前向きになろうと気持ちを新たに歩き始めた。
◇◇◇
「あ、柊子ちゃん。こんにちわー」
「こ、こんにちは……」
颯花との集合場所は中心街から少し離れた閑静な住宅街だった。
昨日とは打って変わって人の少ない環境はちょっと落ち着いたりもする。
「休みの日に会うのって何だか新鮮だねぇ」
「そ、そうだね……」
まずい、さっそくオウム返しになってしまっている。
もっと積極的に会話をリードしたい所なんだけど。
それよりも颯花の放つオーラに気持ちが負け始めていた。
颯花は黒のインナーにシアー素材のオフホワイトのカーディガンを羽織り、同系色のロングスカートを履いていた。
足元のサンダルはボリュームのある作りになっていて、斜め掛けしているショルダーポーチはブランドもので、気品が溢れておりました。
冴姫とはまた違う、お嬢様な雰囲気が大変お可愛いです。
「今日は柊子ちゃんとカフェにでも行こうかと思ってねぇ。そういう場所は嫌じゃない?」
「まさか、興味あるよっ」
ちなみに私は昨日の同じ格好をしています。
あ、いや、物は違うんですけど。
似た物ばっかり買ってるから黒Tシャツとデニムという意味ではパッと見は同じになってしまっている。
無難を極めようとした結果、同じ物しか買えなくなってしまうこの気持ち……誰か分かってくれないだろうか。
「良かったぁ、それじゃ行こうか」
「は、はいっ」
颯花と横並び並んで住宅街を歩く。
普段私が足を運ばない地域のせいもあって、どこに向かおうとしているかはさっぱり分からなかった。
「冴姫ちゃんとこっちには来なかったのかなぁ?」
「あ、うん。冴姫とは中心街の方で買い物したんだよね」
「あー、やっぱりそうだったんだね。いつも冴姫ちゃんはそこで買い物するから、今日は避けておこうと思ってねぇ」
なるほど、さすが妹と言うべきなんだろう。
姉の行動パターンを予測して、被らないように配慮してくれ……て……。
「あ、あれ、颯花さん? 私、冴姫と買い物に行った事は言ってませんでしたよね?」
つい口を滑らせてしまったけど。
一応、冴姫と颯花で別々の休日を過ごす事は姉妹間では共有していなかった。
いや、ほら……私が原因で二人の不和が起きたのに、連日その二人と会ってるってちょっと火種になりかねないかなと思っちゃって……。
そのはずが、なぜかバレてると言う……。
「うん、言ってないよぉ」
「あ、アレかな? 冴姫が話したのかな?」
冴姫が、家で既にエピソードトークでもしたのかもしれない。
それならそれで何か問題が起きなかったか心配だけど、大丈夫だったのかな?
「ううん、冴姫ちゃんからも聞いてないよ」
「……はい?」
私は分からず颯花の顔色を覗くと、颯花はいつもの柔和な笑顔でこちらを見る。
こういう時の柔らかい笑顔ってなんか怖いよね。
「何となくそんな気がして、今聞いてみたんだよねぇ」
……颯花さん?
それは私に鎌をかけたという事ですよね?
先んじて全部を見透かして行動している彼女の慧眼が恐ろしいのですが。
「柊子ちゃんは連日遊んでるからお疲れかなーと思ってね。今日はカフェでゆっくりした方がいいかなって」
「……あ、ありがとうございます」
お、怒ってるわけとかじゃないんだよね?
本当にゆっくりしていいんだよね?
ここまで私の事を見透かされてしまうと、一体どこまで把握されているのかが気になってくるのだけど……。
とりあえず、今は付いて行くほかない……。
「ここだね」
住宅街の中にカフェは確かにあった。
その景観を崩すことなく調和されている都会的なデザインに、緑やテラス席もあって非常にお洒落だ。
私一人なら絶対に来れないやつだね。
颯花の後に続いて、テラス席に座る。
「颯花はよくここに来るの?」
「ううん、初めてだねぇ」
「あ、そうなんだ……」
「せっかく柊子ちゃんと初めて遊ぶんだから、二人の思い出にしたいからねぇ」
……それは聞きようによっては昨日、冴姫との思い出を作ってしまっている私が負い目を感じてしまいそうになるのですが。
そういう意味で言ってるわけじゃないんだよね?
「それで、柊子ちゃんは何を頼むのかなぁ?」
「あ、うーんとねぇ……」
メニュー表を手渡されて眺めてみる。
初めてのお店ってどこに何あるのか把握するのに時間掛かるよね。
「ここにサイダーはないからねぇ?」
メニュー表を落としそうになった。
「……颯花さん?」
「なにかなぁ?」
「昨日、冴姫から何かを聞いたわけではないんだよね?」
「聞いていないってばぁ。柊子ちゃんってサイダー好きそうだから探してるのかなぁと思ってさ」
笑顔で手を振る颯花だが、その推測の精度があまりに高すぎると思うんだけど……。
ま、まさか間接キスの件も知られてるとか……な、ないよねぇ、さすがに。
「ほら、食べ物も美味しそうだよぉ。柊子ちゃんはお腹空いていない?」
「す、空いてるけど……」
トーストセットにサンドイッチにケーキセットにワッフル……。
どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。
なかなかこの中から一つを選ぶのは至難の技だ。
「それとも一緒に食べる? わたしは柊子ちゃんと食べ物をシェアするのに抵抗ないからねぇ」
またメニュー表を落としそうになった。
「……颯花さん?」
「なにかなぁ?」
「実は昨日、颯花が冴姫の真似してたってオチじゃないよね?」
「あはは、わたしが冴姫ちゃんの真似なんて出来ないよぉ」
……いや、そこまで思考を読めるなら出来そうな気がするんですが。
カフェから始まる颯花との休日は、ハラハラドキドキの展開を迎えていた。