06 二人の輪に
いや、しかし困ったな……。
冴姫と颯花が学院に戻っても、クラスとの不和は続いている。
二人にとっての最悪の結末は変える事は出来たけれど、状況は未だに不穏だ。
仮に私がもっと早く前世の記憶を取り戻していたら、姉妹とクラスの間に亀裂が生じるのを止める事が出来たのだろうか……。
考えても仕方のない事だけど、考えずにはいられない
今から私が出来る事って何かあるのかな……。
「……はぁ」
お昼休み。
私は、不透明な未来に思わず溜め息を吐いた。
「どうしたのよ柊子、やっぱり学院生活が退屈?」
「柊子ちゃん、幸せが逃げちゃうよぉ」
気付けば、双美姉妹が私の元に集まってくれていた。
しかも、私の様子を見て気遣ってくれている。
優しい。
「二人がこうして来てくれるとは思わなくて、どうしたのかなって」
私に用事もないと思うのだけど。
「どうしたのって、昼食の時間じゃない」
「一緒に食べようと思って来たんだよぉ」
「……え」
原作での双美姉妹は他者を絶対に寄せ付けず、いつも二人だけでお弁当を教室で食べていたはずだ。
そんな彼女達が私を誘ってくれるだなんて……。
「……あ、ありがとう」
素直に嬉しい。
なにせ私、ぼっちなのだ。
それは白羽柊子がモブだからか、私だからなのかはさっぱりなんだけど。
とにかく誰も来てくれないのだ。
記憶を掘り起こしても友達らしい友達はいないみたいだし。
結構、詰んでいる人だった。
「でも、私は食堂だから。別々になっちゃうね」
私はお弁当を作るような甲斐性はないので、買って済ませるしかない。
残念だが、双美姉妹とはここでお別れだ。
「ん? いや、あたし達も食堂に行くわよ」
「あれ、でも食堂はお弁当の人はお断りなはず……」
「知ってるよぉ、でも今日はわたし達もお弁当ないんだよねぇ」
「え、忘れたの……?」
でも普段お弁当を持ってくる二人が忘れる事ってあるのかな。
久しぶりの学院だから、うっかりってこと?
「え、えっと、颯花がお弁当作るのに間に合わなかったのよっ」
「あれぇ、わたしのせい? それで言うとずっと寝てる冴姫ちゃんを起こすのに時間が掛かったせいじゃないかなぁ」
「だ、だっていつもより早起きなんだから仕方ないじゃない」
「それを言い訳にするなら、冴姫ちゃんにも原因はあるって認めて欲しいなぁ」
姉妹同士が急に饒舌になって言い争っている。
何か慌てているようにも見えるのだけど……“早起き”って言ってたよね?
それっていつもと状況が違う事があったという事で……。
「……え、もしかして、私のせい?」
今日の朝、二人は私を迎えに来てくれた。
しかも、松葉杖の私は歩く速度も遅い。
それを見越した二人はいつもより早起きして、お弁当を作れなかったという事では……?
「……颯花」
「……冴姫ちゃん」
互いに見つめ合って何かを擦り付け合っていた。
どうやら図星のようだった。
「ご、ごめん。そんなに負担になるんだったらもうお迎えも大丈夫だからね? 今日で一人で歩けるのも分かったし」
「だ、大丈夫よ柊子。颯花のお弁当がなくても、また食堂にすればいいだけなんだから、ねっ」
「いいんだよ柊子ちゃん。それなら冴姫ちゃんにお寝坊してもらえば済む話だから、ねっ」
双美姉妹が詰め寄って力説してくる。
び、端麗な容姿が近すぎて緊張するんだけど……!?
何で二人ともこんな睫毛ふさふさ、瞳ぱっちり、きめ細かくて透けるような肌なのかなっ。
と、とにかく、ずっと私ばかりに縛られるのは良くないわけで……。
もっと二人には自由に生活してもらわないと。
「いや、そういう話じゃなくてさ。もっと冴姫と颯花の思ったようにして欲しいって言うか……」
せっかく取り戻した学院生活、私にだけ囚われる必要はない。
こうして私は退院したのだから、もう少し楽になってくれた方がいいと思う。
「え……? あたし達といるより一人の方がいいってこと?」
「それってぇ、わたし達なんか要らないからどっか行けってこと?」
あ、まずい。
押してはいけないスイッチを押してしまった。
姉妹共々、虚ろな瞳になっている。
「お払い箱みたいね、颯花」
「用済みなんだね、冴姫ちゃん」
そんなヒドイこと私、言ってないよねっ!
「あはは、なんちゃって、やせ我慢しただけだよっ。本当は二人が来てくれた方が嬉しいに決まってるじゃんっ」
「勘違いだったみたいよ、颯花」
「安心したね、冴姫ちゃん」
二人の瞳にハイライトが戻って来る。
そ、そこまで私と一緒に行動をしないとダメなのかな……?
いや、嬉しいよ?
嬉しいんだけど、なんか依存体質も否めないような……。
は、早く、足治そう……。
◇◇◇
「……立派だ」
雫華女学院の食堂は、世間一般のイメージするものよりも豪奢だ。
木目が落ち着いた雰囲気を演出するインテリアに、吹き抜けの天井にはシーリングファンが備え付けられ、ガラス張りの全面窓は学院の広大な景色を眺望できる。
食堂とは思えないオシャレさ、カフェと言われた方が納得できる内観の美しさだった。
「ほら、柊子は何食べるの? 注文するから教えなさいよ」
「え、あ、ごめん」
私が呆気に取られていると、冴姫が率先して注文をしてくれていた。
口調は強いんだけど、優しいんだよなぁ。
ギャップだ。
「いつ来ても混んでるよねぇ……」
颯花が愚痴るのもこればっかりは同意する。
広々とした食堂だが、比例して集まる生徒も多い。
私は急いで歩く事が出来ないので、ここまで来るのに時間を要し、その間に席が埋まってしまっていた。
「ほら、あっちが空いてるみたいよ」
「う、うん……」
しかし、それでも冴姫は率先して席を見つけて誘導してくれる。
力強いリーダーシップは姉御肌を感じさせた。
「お料理持ってくるから柊子ちゃんは座ってていいからねぇ」
「あ、ありがとう……」
席に着くと、颯花はすぐに気を利かして動いてくれる。
私が動き出す前に気付いてしまう気配りと配慮は、妹らしさを感じる。
「はぁい、柊子ちゃんの分も持ってきたからねぇ」
颯花が私の頼んだ日替わりランチを目の前に置いてくれる。
「あ、颯花、私が運ぶって言ったじゃない」
「だって冴姫ちゃんが運ぶと落としたりするから、危ないし」
「それは家の話でしょ、外では大丈夫よっ」
「そう言ってる今もスープが零れそうに見えるけどぉ?」
「え……わ、ほんとだっ」
和気藹々と話す姉妹の仲睦まじさに、微笑ましさを覚えつつ。
私は結局、二人におんぶにだっこな状態になってしまった。
「冴姫と颯花もごめん。私一人で出来ると思ってたのに、結局全部やってもらっちゃって……」
冴姫が、松葉杖を置くために席は角のポジションをとってくれたし。
颯花に運んでもらわなかったら、私が人混みの中をこの足で食事を運べたかは正直怪しい。
思っていたよりも不自由な体と、助けてもらっている現状に情けなさを感じてしまう。
「何言ってるのよ、これくらい当たり前じゃない」
「そうだよぉ、その怪我はわたし達のせいなんだから。これくらいじゃ全然罪滅ぼしにもならないよ」
けれど、姉妹はそうする事が当たり前のように語るのだ。
怪我を負ったのは、私の勝手な行動とドジのせいだと何度も言っているのに。
原作での双美姉妹は常に自己中心的で、周囲を否定するばかりの悪役令嬢として扱われていたけど。
一体この二人のどこにそんな利己的な姿勢があるだろう。
彼女達はこんなにも利他的にその身を尽くしてくれているのに。
「あたしは受けた恩は必ず返す、それまでは絶対に柊子を離したりはしないから」
「わたしも出来る事は何でもするからねぇ、そうでもしないとお返しがいつまで経っても出来そうにないからさぁ」
「……そこまで言われると困っちゃうね」
私の一方的な思いで始めた事なのに、そこまで感謝されるのは身に余る。
それでも、彼女達と過ごす居心地の良さには、もうかなり前から気づいてはいたのだけれど。