59 双美冴姫においての移ろい
こんなにも明確に颯花と争い事をしたのは、今回が初めてだと思う。
多少の言い争いなんかはいくらでもあったけど、意見を対立させてお互いに譲らない事はなかった。
それはどうしてだろうかと考えてみる。
「いや、うーん……私的にはこの無地の黒Tシャツなんかがいいかと思いますけどねぇ」
「それって今着てる柊子の服と一緒じゃない?」
「ああ……言われてみれば無意識で……つまり私は無地が好みという事では?」
「そういう事なの? でもなんかそれって考えるの放棄してない?」
「いやいやいや、自分で無地が好きとかも考えた事なかったんだから」
「それじゃ何を基準に服を見てるのよ」
「……冴姫さんには、服に興味が持てない人間がいるという事も知って欲しいかも」
それはきっと、あたしと颯花の間には“求めるもの”がなかったからだ。
その価値観も境遇も、常に同じ物を共有してきたあたし達には分かち合えない物がなかった。
個人の好みに微差はあれど、お互いに欲する物はなかった。
だって、あたしと颯花は二人で完結していたんだから。
そこに、柊子が現れた。
「興味がなくても今日のコーディネートは柊子が考えたんでしょ? それって少なからず柊子の好みが反映されているんじゃないの?」
「いや、冴姫さん……私の服装ごときに“コーディネート”という単語を使わないで欲しいです……さ、寒気が……」
「何でよ、本当の事でしょ」
「違うんですよ……服に興味がない私はお洋服を着ているだけで、そんな高尚な次元の行為をしてないんですよ……」
柊子は一人だ。
だから、柊子を分かち合う事は出来ない。
いや、それすらも正確じゃないか。
最初の頃、あたしと颯花にそんな不和は起こりえなかったのだから。
それは、あたしと颯花の中で、柊子に求める物が変わってしまったからだと思う。
柊子をより深く知りたいと、そう望む心があたしと颯花の在り方まで変えてしまった。
「でもそれだと柊子の事を知れないわね、そうなるとあたしも自分の事は話したくないんだけど」
「いや、そこは“服に興味が持てない柊子を知れた”という解釈でどうでしょう?」
「……上手い事言うわね。でも同時に柊子の口車に乗せられているような気もする」
「いやいや、本当の事なんですから。勘弁して下さいよ」
少なくともあたしは、誰かにここまで関心を持った事はなかった。
誰かを知りたいと思う事もなかったし、誰かに知られたいと思う事もなかった。
それはあたしと颯花が、無関心な人間だからとも思っていた。
だけど、そうじゃなくて。
「でも、あたしには柊子の無関心な部分だけ教えておいて、柊子はあたしのディープな所を知ろうとするのはフェアじゃないんじゃない?」
「うっ……それもそうだね」
きっと始まりは、柊子からの無条件の好意を受け取ったからだと思う。
橋の上で無関心なあたし達に対して、柊子はそれを省みずにあたし達を助けてくれた。
その最大の好意と関心を受け取っておきながら、それを無視し続ける事なんて出来るわけがない。
あたし達の関心は興味から好意へと移り変わり、その形を少しずつ変えていった。
そして颯花と分かち合えたその好意の在り方も、今では難しくなっている。
二人で分け合うという事は、受け取れる価値も半分になってしまう。
今まであたしと颯花がそうしていられたのは、その半分の価値でも満足出来たり、そもそも二個以上の物があったからだ。
だけど柊子は一人で、受け取りたい価値が半分で満足出来なくなってしまったなら。
その時、あたし達はどうしたらいいのだろう。
「あー、それじゃ柊子が着る事を考えるんじゃなくて、単純に好きな服装とかは? 自分で着たりはしないけど、見る分には好きな服装ってあるでしょ?」
「……それもまた服好きの発想という事を分かっておりませんな」
「……どうしたらいいのよ、もう」
答えは分かりきっていて。
その先にあったのは、柊子を独り占めしたいという願望だった。
学院祭の頃から、その兆しは明確になっていったんだと思う。
その想いが今、こうしてあたし達の許容量を超えてしまった。
だから、あたしと颯花の関係が少しだけ形を変えてしまったのは必然だったんだと思う。
だって、あたしと颯花の中にある価値観が変わってしまったんだから。
お互いにある価値観が変わってしまったなら、関係性もまた変わって当然だと思う。
だから、あたしは今の状況をそこまで悲観はしていない。
むしろ、一切変わる事のなかったあたしと颯花の関係性が変わったんだから。
柊子に対する想いが、それだけ強いという事の証明でもあると思う。
あたし達は、あたし達で完結している世界よりも、目指したい場所が出来たんだ。
だから、振り返ろうとは思わない。
この手を伸ばす事だけを考えている。
「あ、でもね。ファッションの事には無頓着ながらも考えてみると、いいなと思う服装はあったよ」
「何よあるんじゃない、それを教えなさいよ」
ようやく柊子の事がまた一つ知れると思って安堵する。
どんなのが柊子の好みなのだろうかと思って待ち構えていると、柊子は何かを指し示すわけでもなくあたしの方をずっと見つめている。
「あれ、このお店にはない系統のファッション?」
「ううん、あるよここに」
「……? スマホで見せようってわけでもないのよね」
「もう目に見えてるからね」
何だろう、柊子の考えている事がよく分からない。
柊子は笑顔を浮かべて、その指先をこちらに向けていた。
「冴姫の服装が可愛いね、そういうのが好きって事に今日気付けたよ」
「……ちょっ」
ああ、そうだ。
ここで予想の斜め上を行くから柊子なんだ。
知ろうとすれば知るほど、あたしの中にはなかった価値観と白羽柊子という存在が大きくなっていく。
そして、あたしの中にあるこの感情が育って行けば行くほど、手放したくなくなってしまう。
それが例え颯花も求めているものだとしても、あたしの物にしたいと願ってしまう。
姉であるあたしが、妹でも譲れない想いが生まれてしまったんだ。