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58 冴姫との休日


「ふぅ、間に合ったかな」


 土曜日、冴姫(さき)との待ち合わせは繁華街の中心部だった。

 誘ったのは私なんだから遅れるわけにはいかないと30分前に到着。

 もう少しすれば冴姫の姿も見えてくるだろうと思っていると……。


「あら、早いわね柊子(とうこ)


「え、さ、冴姫……!?」


 既に到着していたのは冴姫の方だった。

 声が上擦ってしまったのは私よりも早い到着に驚いた事もそうだけど、何よりもその姿にも目を奪われたからだ。

 頭にはキャップを被り、ドレープ感のあるグレーのシャツにデニムのショートパンツ。

 レザーのショルダーバッグを肩にかけ、足元はスポーツブランドのスニーカーに黒いソックスが足首より上まで伸びている。

 可愛さの中にカッコよさが内包している、冴姫らしい装いに感嘆してしまった。


「何よ、先に来てたらダメなわけ?」


「い、いや……その冴姫の私服って初めてだなと思って……」


「あ、ああ……それはでも柊子もそうじゃない」


 私の視線の意味に気付いた冴姫は気まずそうに後退りしながら、足元をトントンと爪先で叩く。

 ちなみに私は黒Tシャツにデニムという恐ろしいくらいの安牌コーデ……。

 私にお洒落は百年早いので、これくらいで勘弁して欲しい。


「私は何の変哲もない私服ですので」


「それだけシンプルだと素材勝負になるから、柊子自身が際立つわね」


「……そんな恐ろしい事言わないで下さいな」


「あたしはいいと思って言ってるんだけど?」


 確かに言われてみるとこのシンプルコーデって、いわゆる自分に自信がある人がする恰好とも揶揄される奴だ……。

 オシャレな冒険は出来ず、シンプルになれば素材勝負になってしまう。

 引くも地獄、進むも地獄だった。


「モブに安寧は許されないのか……」


「何言ってるの?」


 すいません、独り言です。


「それで冴姫は今日はどのような用事があるのでしょうか?」


 誘っておいてプランは人任せという恐ろしい事をやっている自覚はあるのだけど。

 私の目的は“休日に遊びに誘う”という事だったので、私自身にやりたい事はないのです。

 話したい事はあるけどね。


「そうね、もう暑い時期だしトップスを見たいのよね」


「……買い物ですか?」


「だから街に来たんでしょ」


「行く先はアパレルですか?」


「そりゃそうでしょ」


 そうかぁ……。

 お洒落じゃない事に悲観した途端、この展開かぁ……。

 

「柊子も見たいお店あったら言ってよ、柊子の趣味も知りたいし」


「……あ、うん、そだね」


 ここで“ないよ”とか言うほど空気読めない奴ではないですよ。

 冴姫のお買い物に付いて行きながら、少しずつお話が出来ればいいと思います。




        ◇◇◇




 とあるファッションビルに入ると、数々のお店が立ち並ぶ。

 同世代の子も多い中、冴姫は特に気にする素振りもなく真っすぐお目当てのお店へと入店していく。


「これとかどう?」


 冴姫は数ある商品の中から一つ手にとり、広げて私に向けてくれてる。

 それは色褪せた灰色のボディに擦れたプリントのTシャツだった。


「……え、これ中古?」


 だが、周囲を見渡せばパリッとした洋服が並び、匂いも新品の洋服屋さんの香りに満ちている。

 だというのに、どうしてこのTシャツはこんなによれているのか。

 異物が混入していると思われる。

 直ちに店員さんにお知らせして引き下げてもらおう。


「そういう加工よ、古いように見せてるの」


「……え、新品なのに古く見せてるの?」


「そうそう」


「な、なんでだ……新品て綺麗な事に価値があるんじゃないの?」


 それを古く見せるとは何事だ。

 どうせ着てたら古くなるんだから、最初くらい綺麗であって欲しいのだけど。


「流行ってるのよ、こういうのが可愛いの」


「……じゃあ、中古を買えばいいのでは?」


「それだとサイズ感が合わないのが多いのよね、今っぽくないというか」


 ……な、何を言ってるんだ?

 新品を昔風にしているのに、中古を買ったら今風ではない……?

 そりゃそうでしょ、と言いたくなる私がおかしいのか……?


「とりあえず柊子の好みじゃなかったみたいね、それじゃこっちのは……」


 Tシャツを戻して、また次の物を見つけようとする冴姫だが……。


「い、いや、冴姫、私の意見を取り入れようとするのは止めてもらった方がいいと思う」


「何でよ、あたしだけの好みだけじゃ偏るでしょ。柊子の意見も聞いてみたいんだけど」


「それはお洒落の人がやるべき事であって、知識ゼロの人がやる事じゃないと思う」


「ええ……?」


 今度は冴姫が首を傾げ始める。

 いや、私が力不足なのは非常に申し訳ないのだけど、そういう人だっているはずだ。

 それでも、冴姫は理解出来ないような反応を示している。

 その理由は、きっと。


「アレかな、颯花(そよか)だと結構意見を言ってくれるんでしょ?」


「まぁ……そうね。あの子は色々言ってくれるわね」


 そういう事だ。

 冴姫は普段、颯花と買い物に来るから意見交換が当たり前になっている。

 そこに私のような良く分かっていない人物との買い物体験は初めてなのだろう。


「やっぱり、颯花もいた方が良かったんだよね、きっと」


 私が原因での争いがなければ、今頃は買い物だって三人で来ていたと思う。

 その機会が失われてしまうのは、冴姫にとっても面白い事ではないはずだ。


「今は仕方ないでしょ、そういう空気にならないんだから」


 だけど、その空気を作ってしまったのは私に大きな原因がある。

 やはり、私が双美姉妹に不和をもたらしていた。


「それでも冴姫が意見を曲げようとしない理由を、教えてもらってもいいかな?」


「それは……」


 何か言いかけて、その唇は引き結ばれていた。


「自分だけ教えてもらおうなんて、そう都合よくいかないわよ柊子」


 しかし、冴姫はまた視線を洋服に戻し、その手はTシャツの山に触れていく。

 チャンスかと思ったが、そう上手くはいかなかった。


「はい、これは?」


 新しいTシャツを出されるが、これはと聞かれても……。


「分からないなら分かるまで考えて、その中で見えた柊子の好みをあたしは知りたいわ」


「え、ええっ」


「あたしの話が聞きたいなら、まずは柊子の好みを教える事ね」


 ああ……なるほど交換条件のようです。

 それなら私も向き合うしかない。

 冴姫の気持ちを知る為なら、苦手なジャンルも頑張りますとも。




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