57 颯花の様子を覗いてみる
「はーい、柊子ちゃんご飯だよぉ」
お昼休みになると、軽やかな口ぶりで颯花が現れる。
その手にはランチボックスを携えており、私は彼女からお昼ご飯をお世話になっている。
(材料費はちゃんと渡しております)
しかし、その光景に一つの違和感。
「えっと、冴姫は……?」
いつも一緒にいるはずの冴姫がいない。
席にもその姿が見えなかった。
「冴姫ちゃんは“もう食べた”って言ってて、そのまま教室から出て行ったよ?」
「は、早弁……!?」
ここに来て冴姫の別行動。
これは双美姉妹の関係性に不和が起きている事の何よりの証明だ。
分かっていた事だけど、改めて状況の深刻さを感じる。
「まぁまぁ、そういう事もあるよぉ。今日はわたし達で一緒に食べようねぇ?」
「あ、う、うん……そうだよね」
とは言え、これは颯花と話すいい機会だ。
彼女の気持ちも汲み取っておきたい。
「あの……私のせいで喧嘩になったから、冴姫はどこかに行っちゃったのかな?」
お弁当を頂きながら、私は話し掛ける。
「さぁ、どうだろうねぇ。理由は分からないけど、少なくもわたしと冴姫ちゃんは”喧嘩”なんてしてないよ」
「そ、そうなの……?」
冴姫もそうだったけど、颯花も同様に喧嘩については否定する。
それなのに二人共に距離感が生じているのはどういう事なのだろうか。
「正しく言うなら“勝負”じゃないかな? だから、その間だけちょっと接し方が変わったとしても不思議ではないよね」
喧嘩ではなく勝負をしているのだと、颯花は主張する。
でもそれは表現としてマイルドというだけで、二人が敵対関係になっているという意味では酷似している。
私にとって問題なのは“二人で一つ”だったはずの双美姉妹がバラバラになってしまっている事だ。
「わ、私なんかで勝負をしなくてもいいと思うんだけど……」
「うふふ……柊子ちゃんだから勝負になってるんだけどねぇ」
えっと……二人からそう思ってくれるのは大変ありがたいのですが。
私からすると、それは避けたい未来の一つなんですよ。
双美姉妹がシナリオから強制退場するエンディングを認めなかったのと同じくらい、双美姉妹の関係性が変わってしまう事は大問題だ。
「でも、ほら颯花なら冴姫に上手く取り入ってさ。今まで通り仲良くする事も出来るよね?」
颯花の柔軟性なら、難しい事ではないはずだと思った。
「それはムリな相談かなぁ」
「ええ……」
けれど、颯花はふるふると首を振る。
あの颯花ですらも、今回は譲る気は一切ないようだ。
「あの、こう言っちゃなんだけど、私に勉強を教えるのなんてそんなに争うほどの価値はないんじゃないかな……?」
私の勉強のために二人が考えてくれた結果、双美姉妹の主張がぶつかり合ってしまっているのは分かるんだけど。
そもそも、私の勉強にそこまで真剣にならなくてもいいと言うか……。
気持ちは嬉しいんだけど、何も勝負するほどまでの価値あるとは思えないんだけど……。
「あー、柊子ちゃんは分かってないんだねぇ」
「な、なにが……?」
勉強の事なら本当にさっぱりですけど……。
でも、きっと颯花が言っているのはその事ではないのは流石に察する。
「お勉強を教えるっていうのはきっかけでしかなくて、問題の本質はそこじゃない所にあるんだよ」
「え、ええ……?」
冴姫と颯花のどちらかを選択する勝負しているはずなのに、問題の本質はそこではないと言う。
な、謎々か……?
「あの、その本質を教えてもらいたいんだけど……」
「うふふ、それは秘密だねぇ」
颯花は笑顔で人差し指を口元に沿える。
その仕草は可愛らしいけども、私の中には解決しない問題が積み上がっていく。
「きっと冴姫ちゃんも、そこは教えてくれないんじゃないかなぁ」
確かに、冴姫も肝心な事は何も口にしないままだった。
私はそれを明かすべく土曜日にお誘いをしたのだけれど……。
これでは颯花の事も何も分からないままになってしまう。
「とにかく柊子ちゃんはわたしを選んでくれたらいいんだよぉ。そうしてくれたら全て解決するんだから」
いや、絶対に解決しないよね……。
双美姉妹の間で不協和音が加速する予感しかしない。
しかも怖いのが、その不協和音を冴姫も颯花も良しとしてしまっている事だ。
アレだけ二人で一緒にいる事が自然だった二人が、離れるのを許容してしまっている。
その在り方が変わろうとしてしまっているのが、一番の問題だった。
その原因が私なんだから、本当に目も当てられない。
「えっと……その前に、休みの日に一緒に遊ぶっていうのはどうかな?」
「柊子ちゃんと遊ぶ?」
このまま話していても、きっと颯花は口を割らないだろう。
それなら冴姫と同様に、もっと普段とは違う状況を作り出す必要がある。
プライベートな空間を共にする事で、颯花の心の奥を探るのだ。
「そうそう、テスト勉強前に息抜きしたいなって」
「あー、そうだよねぇ。柊子ちゃんもずっと頑張ってたからねぇ。そりゃ息抜きもしたいよねぇ」
やはり颯花も遊ぶ事にはとても肯定的な反応を見せてくれる。
そもそも冴姫とだけ遊ぶというのも良からぬ火種を生みそうだし……。
「で、でしょ? 颯花も息抜きした方がいいと思うし、何かやりたい事ある?」
「そうだねぇ。柊子ちゃんと行って見たい所もあったから、一緒に来てくれる?」
「も、もちろんっ」
よ、良かった……。
休日の颯花との時間を共にする事で、きっとまだ私が知らない彼女の姿が見えてくるはずだ。
そこに期待するしかない。
「あ、それとこの約束は、わたしと柊子ちゃんの約束だよ? この意味分かるよね?」
さすが姉妹と言うべきか。
冴姫と同じように“二人だけで行こう”という釘を差される。
私としても颯花の事を知りたいので、二人きりになれる状況は好都合だから問題はないのだけれど。
「分かってるよ、それじゃあ日曜日でいい?」
「うん、楽しみにしてるねぇ」
こうして、休日の二日間は双美姉妹と過ごす事になった。