55 姉妹トラブル
「もうちょっとで期末試験ね」
「そろそろ勉強ちゃんとしないとだねぇ」
「……うげ」
体育祭、学院祭をやり切ったと思えば次はテスト期間が待っていた。
忙しすぎる。
どうしてこんなに学院生活というのはイベントに追われているのか。
私は机の上で頭を抱えた。
「柊子のその様子だと、勉強の進捗具合は芳しくなさそうね」
「期末試験も怪しいの柊子ちゃん?」
中間試験は双美姉妹に勉強を教えてもらう事で、何とか赤点を回避したけど、低空飛行が平常運転の私だ。
期末試験で不安がないわけがない。
「自信は全くないね」
「……自信がない事を自信満々に言うのってどうなの?」
「……柊子ちゃんって、自分の苦手な所を曝け出すのは躊躇ないからねぇ」
はははっ。
だって私に自信がある所なんてないからねっ。
「自信のなさで構成されている私は、自分の事を話し始めるとネガティブ発言しか出てこないんだよねっ」
「……いや、だからそれを普通は堂々と言わないと思うんだけど」
「自分の事は割り切って諦めてるからねっ」
「……こんな大胆な割り切り方してる人あんまりいないよねぇ」
双美姉妹が引き攣った笑みを浮かべていた。
私みたいなネガティブ人間は自分語りするとこういう空気にしがちだ。
だから普段はあまり自分の事は話さないようしてるんだけど。
今回はテストのせいで少しばかり曝け出す事になってしまった。
ダメだダメだ、改めよう。
「でも自分の出来ない事を素直に認めるのって大事よね」
「そうだねぇ、それに勉強ならお手伝いも出来るし」
「い、いいの……?」
またお二人に勉強を教えてもらえるのだろうか……?
それはとってもありがたい。
「ええ、いいわよ。あたしが教えてあげるわ」
「うん、いいよぉ。わたしが教えてあげるね」
「……ん?」
何だろう、双美姉妹の発言に違和感。
二人とも一人称になっていて、個人で教えてくれようとしているニュアンスが強いような……。
いや、気のせいかな?
その違和感を照らし合わせるように、双美姉妹は互いに見合っていた。
「颯花? 大丈夫よ、柊子の勉強ならあたしが教えてあげるから」
「冴姫ちゃん? わたしの方がお勉強は得意なんだから、柊子ちゃんにはわたしが教えてあげるよ」
え、あれ……?
なんかバチバチじゃないかな……?
以前から時折、二人が争い合う構図はあったけど、学院祭以降それが顕著になってきているように感じる。
「ほら中間試験の時みたいに、二人から教えてもらうのってどうかな……?」
とは言え、この不穏な空気になってしまっているのは私が原因だ。
二人とも私を思うがあまりに衝突してしまっているのだから、責任を取るべきは私の方だ。
「二人で教えても効率悪いでしょ。大丈夫、あたしが教えるから」
「効率重視ならわたしの方がお勉強得意だから任せて欲しいなぁ」
え、えっと……お二人とも?
私は仲睦まじい双美姉妹が好きなのであって、喧嘩するお二人を見たくはないんですが?
「颯花、ここは姉であるあたしに任せて」
「冴姫ちゃん、ここは妹のわたしに譲ってくれもいいんじゃないかなぁ」
ああ……平行線だ。
まずい事に両者譲る気配がなく、折衷案も認められない。
こんな時、どうすればいいんだ。
「ご、ごめんね。それじゃ私は一人で勉強するねっ。二人に頼ろうとしてた私が甘かったよ」
そうだ、ここは大人しく私が引く事にしよう。
それで万事解決。
「柊子、中間試験でギリギリだったのに期末試験は一人で大丈夫って本当に言い切れるの?」
「……ぎく」
「柊子ちゃん、この学院は追試の方が難しくなるんだよ? もしも赤点なんて取って留年なんてしたらどうするの?」
「……うぎぎ」
そ、そうだ……。
二人の仲を優先したとして、それで私が留年してしまったらどうなる。
その結果として予想される最悪のシナリオは、また二人がクラスと良からぬ関係性に至ってしまう事だ。
何より私としてもそんな未来は悲しいから描きたくないし。
は、八方ふさがりじゃね……?
「じゃ、じゃあ……」
私は自然と視線を三方向に反らす。
逢沢、乙葉、星奈さんの方向へ。
きっと、お願いしたらお勉強を教えてくれると思うんだけど……。
「あはは、まさか柊子、あたし以外から勉強を教わろうとかしてないわよね?」
――ギリリリッ
「え、あの……」
冴姫は満面な笑顔を浮かべながら、私の左肩を掴む。
指がめり込みそうなほどの握力で……。
「うふふ、柊子ちゃん、時間を貰うって人生を頂く事と同義なんだよ? わたし以外の人と人生を共に歩もうとしてるなんて事はないよねぇ?」
――ギリリリッ
「す、すごい解釈……」
颯花も朗らかな笑みを浮かべながら、私の右肩を掴む。
同じく指がめり込みそうです……。
両肩が大変な事になっていた。
「さぁ、選ぶのよ柊子。あたしをね」
「さぁ、選んでねぇ柊子ちゃん。わたしをね」
や、やばいぞ……。
退路が全く見当たらない。
私が二人のどちらかを選ぶ事なんて出来るわけないと言うのに。
「ちょ、ちょっと時間を貰ってもいい……? すぐには答えを出せないんだけど……」
先延ばしの回答に、双美姉妹は私を見つめたまま、少し溜め息を吐いてから手を離す。
「まぁ、柊子がそう言うなら待つけど」
「でも早く決めてね。勉強始めるのが遅れちゃって赤点なんて本末転倒だからねぇ」
「あ、はい……」
とは言え、きっと今は二人とも感情的になっているに違いない。
時間が経てばすぐに仲直りして、折衷案も認めてくれるに違いない……。
「そういうわけだから、柊子があたしを選ぶんだし、颯花は自己学習を進める事ね」
「それは有り得なくて、柊子ちゃんはわたしを選ぶから、待ってる間に教える練習でも始めてよっかなぁ?」
え……あ、あれ……?
双美姉妹が別々になって席に戻っていくんですが……。
こんな光景見た事ないんだけど……。
「ま、まずいぞ、今回は本当にまずい気がする……」
私の存在理由は双美姉妹の仲を結ぶ事だったはずなのに。
私が理由で姉妹喧嘩が勃発してしまった。
その重圧のせいか、手が離れたはずの肩はいつまで経っても重たいままだった。