53 最良の選択肢
兎にも角にも、午前の部はやりきったと言っていいだろう。
午後も同様に模擬店と演劇を兼任しながら全力を出し切ればいいだけだ。
大丈夫、一度出来た事なんだから二度目も出来る。
そして、ちょっと気が早いかもしれないけど学院祭の総括もしておきたい。
今回の学院祭の目標としては、何よりも双美姉妹とクラスの仲を深める事にあった。
結果的に、双美姉妹が模擬店と演劇の二手に分かれた事はプラスの要素に働いたと考えていいだろう。
いつも二人で孤立していた姉妹が、一人になってもクラスの輪に馴染める事を証明できたのだ。
模擬店では勿論、その目標をクリア出来ている。
そんな満足感と共に、私は颯花と共にクレープを作っていた。
「おっすー白羽っち、お疲れー」
すると交代の時間になったのか、星奈さんが片手を上げながら軽快な口調で呼びかけてくる。
「お疲れさまー、そろそろ交代?」
「そ、次も演劇でしょ。そら走れ白雪姫ー」
白雪姫はそんなアクティブな人物ではないと思うんだけど、私が急がなきゃいけないのは事実なので持ち場を離れる事にする。
「頑張ってねぇ柊子ちゃん、応援してるよぉ」
エプロンを取る颯花。
その姿を見ながら私は体育館へと向かう事にする。
「いやぁ、負けたよ双美妹と白羽っちには」
「……ん?」
すれ違いざまに、星奈さんが気になる一言を零した。
どうしてかそれを聞き逃す事が出来ずに、私は思わず足を止めた。
「どうしたのさ白羽っち」
「いや、“負けた”って何の事かと思ってね」
「ええ、それって皮肉ぅ~? あたしがやりたかった模擬店をすっかり二人の城にしておいてよく言うよねぇ」
「二人の……城……?」
全くよく分からない表現に首を傾げるしか出来なかった。
「だってそうじゃん? 模擬店の商品は双美妹が推したクレープで、それも白羽っちが好きらしい苺クレープが看板商品扱いでしょ。すっかり二人の為の店みたいになってんじゃん」
「……え、いや、それでもクラスメイトの皆さんと相談しながら円満に決めたと思うのですが」
クラスとの協調性、それが今回の学院祭のテーマでもありました。
「あたしとしては紬の一言がダメ押しにはなったけど、結果的には双美妹の意見が通ったんだから他の子が文句言う訳ないじゃん?」
「……そ、そうなんだ」
そ、そうか。
最初は“クレープ”と“アイス”で争った模擬店の出し物。
そして、模擬店のメンバーは良くも悪くも“星奈派閥”で構成されている。
その星奈さんの意見は通らず、その本人がクレープと言えば皆はそれに従うしかないのか……。
「だから、ここはすっかり双美妹と白羽っちの店として皆の間では認識されてる感じ?」
……あれ、“双美と白羽”という組み合わせだけが粒立っているのだろう。
クラスメイトとの調和という意味では、あまりよろしくない気がしてならない。
「あははっ、いいのいいのっ。あたしは紬とクレープ食べれたらそれで文句なしだから気にすんなしっ」
パンパンッと背中を小気味よく叩いて来る。
友好的なスキンシップなんだろうけど……何かこのままではいけない気がしてならない。
「……星奈さぁん? 柊子ちゃんに何してるのかなぁ?」
「やべ、双美妹が笑いながら睨んできてる。白羽っち、早く演劇行って」
「え、あ、はいっ」
急がなければならないのは事実なので、私は後ろ髪を引かれる思いのまま体育館へと急いだ。
◇◇◇
というわけで、午後の公演も見事にやり切った。
今回は私が首筋にキスする事もなく、冴姫のアドリブも発動しなかった。
至って脚本通りに演劇を終える事が出来たのだ。
「ふぅ……、終わると案外名残惜しく感じるものね」
舞台の幕が閉じて、そう言葉を零したのは冴姫だった。
学院祭の出し物にそんな感慨を抱いてくれるなんて、彼女の気持ちが一際強かった事の証明だ。
そして演劇とは誰か一人欠けては完成し得ない総合芸術だ。
これをやりきった冴姫は完全にクラスに打ち解けたと言っていいだろう。
そう、絶対にっ。
「全く……双美さんと白羽さんが主役の舞台なのですから、そう感じるのは当然でしょうに」
冴姫の一言に、溜め息交じりで返していたのは乙葉さんだった。
何だろう、星奈さんの時のデジャブだろうか、何か嫌な予感がした。
私は乙葉さんの側へと近寄る。
「あの……乙葉さん、冴姫と私が主役の舞台というのは?」
「え……言葉のままですが、白雪姫と王子を演じた貴女方が主役の舞台でなければ誰が主役だと言うのです?」
言葉のまま……確かにその通りの解釈なのなら、私と冴姫の舞台と言ってもいいのかもしれない。
だけど、素直に頷けない雰囲気を感じてしまっているのは考え過ぎだろうか。
模擬店の事を引きずり過ぎているのかもしれない。
「それに、双美さんは私から王子役を勝ち取り、白雪姫に貴女を抜擢した……ふふ、完敗ですよ。正直な話、双美さんと衝突してしまったのはそんな私の子供じみた悔しさのせいだったのかもしれませんね」
そんな達観した笑みを浮かべる乙葉さん。
いや、あの、乙葉さんの方から完敗とかは言わないで欲しいのですが……。
それってなんか力関係があるみたいじゃないですか。
私は皆と横並びを望んでいるのに、それだと上下関係のようで……。
「安心して下さい、広義としても狭義としてもこの舞台は“双美さんと白羽さん”にスポットライトを当てた舞台。私達は添え物ですよ」
「……い、いやいや」
乙葉さんは負けました、みたいな雰囲気をすっごい流してくるけど。
それは困るんですよ。
私は皆と円満な関係性を望んでいるのに。
「いいんです、私は逢沢さんとのペアで演じられたのですから。それで満足なのです」
「そう言わずに、皆との仲を深めたと言ってもいいんですよ?」
「……? 双美さんと白羽さんの独壇場、それを私が支えたというのが大半の見方だと思いますが?」
「……ええ」
悲報すぎる。
横並びどころか、乙葉さんが縁の下の力持ちになっていたという見方が濃厚らしい。
どうしてこんな事に……?
「あの……乙葉さんって最近私たちが“三大派閥”とか言われ始めてるの知ってます?」
「ええ、存じています。これ以上クラスの仲を分断するのはどうかと思いましたが、それはもう止めようがありませんね」
……あの、学級委員長が諦めないで欲しいのですが。
悪い予感が、現実になる足音が聞こえ始めていた。
「双美姉妹と白羽さんは名実ともに三大派閥と扱われています。それゆえ、クラスメイトの皆さんは物申せなくなっているのでしょう」
「……はぁ」
ああ、なんだ。
皆と仲良く出来てるのかなって思ってたけど、三大派閥として距離感が明確になったこと。
そして学院祭に関しては星奈さんも乙葉さんも白旗を上げていたから、誰も何も言ってこなかったんだね。
その静けさを、私は平穏と勘違いしてたわけなんだ。
あははっ、恥ずかしー。
だけど、私はまだ諦めないよっ。
「あの乙葉さん、私は双美姉妹と皆さんとで仲良くしたくて――」
「あ、柊子っ、颯花の所に行くわよー。集団で一緒にいるの苦手だから移動したいのよね」
「……だ、そうですか?」
“あれでは無理でしょう?”
と、乙葉さんは肩をすくめていた。
そしてそんな冴姫に対して私はどうするかと言うと……。
「よし、行こうっ。颯花の所へっ」
勿論、最優先事項は冴姫と颯花なので。
二人の元を離れるわけにはいかない。
結局のところ、私達は最初からこうなる運命だったのかもしれない。
「……それも一つの選択だと思いますよ。必ずしも不特定多数の中にいる事だけが最良とは、私も思いませんから」
「え?」
背中に聞こえた乙葉さんの言葉を聞き返そうとして――
「ほら、行くわよ柊子っ」
――冴姫に手を引かれて、体育館を後にするのだった。