52 トライアングル
「見せつけてくれるねぇ、柊子ちゃんに冴姫ちゃん?」
制服に戻り、人気が消えた体育館に顔を出すとそこには颯花の姿があった。
いつもの朗らかな笑顔の裏で何か感情を隠しているように感じるのは、颯花の口調に少しばかり棘があるからだろうか。
「何のこと?」
「皆の前で抱き合ったりしちゃってさぁ、あんなの脚本にはなかったはずだよねぇ?」
「……ああ」
どういうわけか、颯花は脚本まで把握済みだったらしい。
冴姫のアドリブ展開に、何か物申したいようだ。
「だって冴姫」
つまり、これは当事者に話を聞くしかないだろう。
私は冴姫にパスをする。
「あたしが思うに、演技って脚本のままに演じればいいってわけじゃないと思うのよね」
急に演技論について語り出す冴姫。
大丈夫だろうか、学院祭レベルで演技論を語り出して上手く着地できる未来が想像出来ない。
「それじゃあ、冴姫ちゃん自らの考えで抱き着いたって事でいいんだねぇ?」
「王子としてね、白雪姫をこの手に収めようとするのは当然の反応じゃない」
あくまで冴姫は王子としての感情を表現したに過ぎないと主張する。
「でも王子様の方からキスしたり抱き着いたり、ちょっとスキンシップが過剰じゃないかなぁ? 王子様にしては優雅さに欠けるんじゃない?」
「それは解釈の違いね。王子としての品位よりも、一人の人間として求めてしまう本能の落差があるからこそ、そこのギャップにある恋心が浮き彫りになるのよ」
「……ねぇ、冴姫ちゃんにしては上手に語り過ぎじゃないかなぁ?」
ジト目を向ける颯花だったが、冴姫は至って冷静。
涼しい顔で自身の後ろ髪を払う。
「あたしの王子としての役作りの賜物ね」
「それって逆で、本当の冴姫ちゃんの気持ちを、王子様というベールで隠してるだけなんじゃないかなぁ?」
「……面白い発想ね」
「むしろそっちの解釈の方が自然だと思うけどなぁ」
一進一退を繰り広げる双美姉妹。
恐らくお互いが認める事はないだろうから、答えは迷宮入りになる気がする。
仲睦まじい二人に喧嘩は似合わないから止めたい所なのだけど。
「まぁ、それはいいとしてもさ。ここからが一番聞きたい所なんだけど」
「なによ」
「キスシーンは脚本通りに、棺に顔を近づけるだけで終わったのかなぁ?」
「……も、もちろんよ」
おい、冴姫。
露骨にどもりすぎだぞっ。
絶対勘づかれちゃうよっ。
「怪しいなぁ、何で目を反らすのかな冴姫ちゃん?」
「あたしは顔を近づけただけよ、あたしはね。ねぇ柊子?」
目線を反らした先に、私を見つめる冴姫。
こういう時だけ急に私にパスを回してくるとは……。
いや、アレは私が発端だから仕方ないんだけど……。
「そうだねっ、冴姫はちゃんと脚本通りにやってくれたからねっ。完璧な演技だったよ」
「そうでしょそうでしょ、何の問題もなかったわよね」
私と冴姫で協力して、あくまで脚本通りだったという事にしておく。
これは隠し事と思われるかもしれないけど、私は颯花とのクレープの出来事を冴姫に話していない。
だから、これはこれで秘密保持のフェアを保っているのだ。
「ふーん、そこは脚本通りにやったんだぁ?」
「そうね、あたしだってアドリブばっかりじゃないわよ」
「そうなんだ、じゃあ王子様が首筋を押さえて立ち上がったのも脚本通りなんだ?」
「……」
冴姫、そこで黙ったらダメだと思うよ?
「冴姫ちゃん? どうなのかな?」
「……アレは反射的にとった行動ね」
「反射って事は、何かあったって事だよね?」
「……何か、あったのかしら……柊子?」
冴姫さん。
身動きがとれなくなってから私にパスをするのはやめてくれないかな?
私にもどうにも出来そうにないよ?
「これって、わたしの勝手な推測なんだけどぉ。柊子ちゃんが首筋にキスしちゃって驚いた冴姫ちゃんが慌てて立ち上がりその感情に振り回された結果、柊子ちゃんに抱き着いたと見てるんだけど、どうかなぁ?」
ドンピシャですよ。
その通りですよ。
「事実は小説より奇なりって言うわよね」
冴姫、それは誤魔化してるのか認めてるのか、もうよく分からないよ。
「ふーん、否定しないって事は認めたって事だよねぇ。そうなんだぁ、二人は演劇の最中にそんなイケない事してたんだねぇ?」
「「……」」
あー、まずい。
颯花の視線に私も冴姫も耐えられなくなってきている。
この背徳感……、だけどこれを冴姫だけ一方的に感じるのもどうなのだろうか?
それはフェアではない気がしてきたぞ。
「でも私、颯花にもクレープであーんしたからお互い様だよね?」
「え、ちょっ、柊子ちゃんっ!?」
ごめん颯花。
私は双美姉妹のバランスを司る女。
冴姫が暴かれたのなら、颯花も暴かれなければならないのだ。
「何よそれ、柊子っ。あーんはしてないって言ってたじゃないっ」
当然知らない事実に牙をむく冴姫。
しかし、私は彼女に嘘を吐いていない事も説明しなければならない。
「言ったよ、“あーんはされてない”ってね。私がする側だったんだよ」
「……へ、屁理屈じゃんっ!」
すいません、それはその通りです。
でも結局、全部告白してるから許して下さい。
「どういう事よ颯花、それを隠してあたしの事を責めてたの?」
「で、でも、冴姫ちゃんは柊子ちゃんの唇に直接触れられてるんでしょ? あーんくらいで、そんな強く言わなくてもいいよね」
「え、そ、それは……」
しかし、すぐに形勢逆転してしまう双美姉妹。
まだ颯花が優勢のようだ。
「でもクレープは私の食べかけだったから間接キスでもあるよ」
「だったら颯花も相当なことやってるじゃない……!」
「なんで柊子ちゃん全部言っちゃうかなぁ……!?」
全ては双美姉妹の均衡と平和を保つためです。
許して下さい。
「よしよし、これで二人共おあいこという事が分かったね。これからも仲睦まじい双美姉妹でいようね?」
「「……」」
ん?
双美姉妹が二人とも私にジト目を向けてきている。
何でだろう、急に意気投合しているような気がする。
さっきまであんなに言い合っていたのに。
「冷静に考えると、首筋にキスしてきたのは柊子の方じゃない」
「クレープの食べかけをあーんしてきたのは柊子ちゃんの方だよねぇ」
「……え、まぁ、そうだけど」
あれ、風向きが変わったかと思えば、私の方に吹いていたのか?
「なんで柊子が問題を起こしてるのに仲裁側に回ってるのよっ!」
「そうだよ、仲睦まじくいようねって……どの口が言ってるのかなぁっ!?」
「……はっ!?」
確かに、今回の波乱は私が起こした行動が多分に含まれる。
私自ら双美姉妹に衝突を起こしておいて、その恩恵に預かり、尚且つ仲裁しようとしていたのか。
我ながら何て恐ろしい立ち回り……。
「わ、私は二人の仲を保とうと……」
「柊子のおかげで変な事になってるのよっ」
「柊子ちゃんが大人しくしてたら、もっと平和だったよっ」
ふ、二人に怒られてしまった……。
私は双美姉妹の平和を望んでいたはずなのに……。