05 敵対関係の要因
「冴姫と颯花が、変わったように見えるの……?」
私は繰り返しになってしまうが、隣の席に座る主人公 逢沢紬に再度尋ねる。
今の所、クラスに双美姉妹を受け入れるような空気はなく、どこか一触即発な雰囲気も見え隠れしている。
その中で、今後クラスの中心人物になっていく逢沢さんの心象が良い事は、かなりポジティブな要素に繋がるはずだ。
「ええ、勝手ながらそのような印象を受けました。先程の白羽さんに対するお気遣いを、双美さんから見たのは初めてでしたから」
原作での双美姉妹は逢沢紬に対する悪態がフォーカスされ、他人を気遣うような描写は一切なかった。
そのヘイトがピークに達するとヒロインが立ち上がり、それに呼応したクラスメイト達が今までの悪行を悔い改めるよう追求していく。
双美姉妹は自身の正当性を訴えるが、多勢に無勢という事もあり勝ち目はなかった。
そしてそのまま失踪……というのが原作の流れだ。
今回はカムバックして現在に至るんだけどね。
「あの、逢沢さんは双美姉妹のこと……どう思ってるの?」
そもそも、クラスと完全に亀裂が生じた原因は逢沢さんへの悪態だ。
その張本人が、一ケ月以上の時を経て今どう考えているのか。
「お二人には色々とご指摘を頂きました。それは深く受け止めようと思っています、わたしに至らない点は多くありますから」
そう……この主人公、とにかく人が出来ている。
まるで聖女のような落ち着きにヒロイン側が魅了されてしまうのだが、なるほどこうして対峙すると改めてその寛容な人となりは本物だ。
私個人としては……“正しい”だけが正しいって事なのかなとは思っちゃうんだけど。
とは言えさすが、百点満点の答え……なのだけど。
「……あの」
「はい?」
「逢沢さんって本当に同い年?」
人格が出来過ぎていて、逆に嘘くさい。
実は年齢詐称していると言う方が納得出来る。
「うふふ、皆さんと比べたら、わたしなんてお子ちゃまでしたかね」
「い、いや、むしろ逆なんですけど……」
しかも、どこか天然っぽい所まである……。
この、飄々としている感じが雫華女学院の生徒には珍しいんだろうなぁ……。
この学院では令嬢同士による階級意識が根強い。
その枠にとらわれない異端さが、ヒロインには好意的に映るのだろう。
何はともあれ、逢沢さんとの好感度に問題がないのならクラスとの亀裂を修復するチャンスは必ずあるはずだ。
それが分かっただけでも、だいぶ気持ち的には楽になった。
「ちょっとあんた、柊子は今学院に着いたばっかりで疲れてるのが分かんないわけ?」
「今度は病み上がりの柊子ちゃんにちょっかい掛けるつもりぃ? それは許可できません」
「え……」
安心したのも束の間、逢沢さんの前に双美姉妹が仁王立ちしていた。
その視線は鋭く、睨みを利かせて見下ろしている。
ふ、二人とも?
なにしてるのかな?
「お久しぶりです双美さん。長らく休まれていたようですが、ご健在のようで安心しました」
「あたし達は柊子の看病のために休んでたんだから、健在で当然なのよ」
「だからわたし達の心配なんてする必要ないんだよねぇ」
ふ、二人とも?
休み明けから飛ばし過ぎだよ?
クラスメイトの視線が一気に集中してるし、このままだとヒロインが登場する危険性もある。
そうなれば、更に状況はややこしくなるわけで……。
やめさせないとっ。
「冴姫に颯花? 逢沢さんは挨拶してくれただけで私は大丈夫だから、ね?」
私は席から立ち上がり、二人の肩に手を掛けてこれ以上の追及をやめさせる。
……のはずが。
「柊子っ! ダメじゃない、杖も使わないで立ったりしたらっ」
「ほんとだよぉ、悪化したらどうするのさぁ」
「え、ええっ」
しかし、冴姫と颯花が今度は大慌て。
二人同時に私に体を滑らせて、肩を貸してくれる。
松葉杖代わり、という事だろう。
「と、柊子の体ってこんなにあたたかいのね……」
「と、柊子ちゃんいい匂い……」
「……ん?」
急に双美姉妹の様子がおかしいように感じたけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「いや、私もう多少の距離なら杖なしで歩いても大丈夫なんだからね?」
「それは家とか慣れた空間の話だって言ってたじゃない。教室の狭い空間で足を引っかけたりしたらどうするのよっ」
「それで捻挫で悪化なんてしたら、笑えないよぉ」
なぜか私の方が宥められて着席を余儀なくされる。
もうだいぶ良くなっていると何度も説明しているのに、過保護すぎると思うんだけど……。
言っても聞いてくれないんだよなぁ。
「本当に、仲睦まじくて素敵ですね」
それを逢沢さんは目を細めて温かい目で見守ってくれている。
あなたはあなたで人間が出来過ぎている。
「柊子の体を労わるのは当たり前だから」
「ていうかぁ、誰のせいで柊子ちゃんが危険な行動したか分かってる? 分かんないんだったら説明してあげよっか? 校舎裏で」
「あら?」
またも双美姉妹に詰め寄られた逢沢さんは、頬に手を添えて首を傾げている。
「そんなに詰め寄ったら逢沢さんも困るでしょ、しかも校舎裏で何するつもりさっ」
絶対に会話だけで終わらないパターンの場所じゃん、それっ。
ダメだ、やっぱり放っておけないっ。
もう一度、席から立とう――
「柊子、ダメだって言ってるじゃない! いきなり立つのは足への負担が大きいって先生も言ってたんだから、ちゃんと何かを支えにして立たないとっ」
「立つ時に体重を支えるのって足だけだよねぇ? 痛みが悪化しちゃう危険性だってあるんだよ」
「――!?」
――として、双美姉妹の目にも止まらなぬ速さで肩を押さえられ、着席を強制される。
逢沢さんには怒気しかないのに、私には悲壮感に満ちている。
なに、この差。
「え、柊子の肩ってこんなに細いの……?」
「で、でも柊子ちゃんらしい柔らかさもあるよね……?」
「……ん?」
なんか必要以上に肩を押さえ続けられている気がする。
もう立とうとしてないんだけど……私ってそんなに暴れん坊だと思われてるのかな。
「ここまで心配して下さる方がいれば、白羽さんも安心してご養生出来ますね」
またも逢沢さんは生暖かい目でこちらを見守ってくれている。
いや、あの、ありがたいんですけど、あなたも同じことをしないで欲しくてですね……。
じゃないと……。
「そのご養生を邪魔してる人がいる事に気づいて欲しいわね」
「博愛ってぇ、つまり本当は誰も愛してないって事じゃないのかなぁ?」
「あら?」
何回このパターンやるんだっ。
このまま逢沢さんと絡み続けているとヒロインが登場し、話が拗れてしまう。
視線を反らすと、正にヒロインが立ち上がろうとしていた。
まずいまずい、このままいくと関係性の修復なんて出来るわけがないっ。
「はーい、HRを始めますよ」
……が、助かった。
教室に担当の教員が到着していた。
「ふん、今回は柊子に免じて不問にしてあげるわ」
「また柊子ちゃんに負担を掛けたら……分かってるよねぇ?」
冴姫と颯花は敵意を残したまま、席へと戻っていく。
な、何とか大事にならずに済んだけど……。
「白羽さんは、わたしとお話したくありせんでしたか?」
いえ、あの……逢沢さんからすると理不尽な事を言われているとは思うんですが。
だけど、私に直接話しかけると双美姉妹が怒るって今ので分かりましたよね?
ほら、席に着いた二人がこっち睨んでるじゃないですか。
「……あはは、いや、そんな事はないんですけど、ねぇ?」
察して下さいと愛想笑いをするしかない。
これでまだ初日の朝のHR。
前途多難な幕開けに、私は頭を抱えた。