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48 どちらがお好き?


 学院祭当日まで残りわずかとなった。

 作業の確認や仕上げ等も大詰めとなり、クラスには緊張感が漂い始めている。

 私も演劇の練習と、模擬店の準備に追われているため息着く暇もなくなってしまっていた。


柊子(とうこ)、お疲れさまね」


「はーい柊子ちゃん、お昼ご飯だよぉ」 


「あ、冴姫(さき)颯花(そよか)


 そんな中、こうしてお昼休みに一緒に昼食を食べるのが息抜きの時間となっている。

 唯一の癒しの時間と言ってもいいだろう。

 この時間がなければ、今の私は学院祭を乗り越えられないかもしれない。


「いただきます」


 私は今日もありがたく颯花の手作りお弁当を頂く事にする。

 三人でこうして一緒に食事が出来る幸せを噛み締めていた。


「そういえば模擬店の方はどうなのよ。順調なの?」


「あ、うん、勿論だよぉ。柊子ちゃん推しの苺クレープもしっかりメニューに入れといたんだから」


 そんな中、双美(ふたみ)姉妹の話題は互いの出し物について。

 私も二人と一緒に作業をしているから、その経緯は分かっている。

 どちらの出し物も最初こそ波乱はあれど、今は順調に進める事が出来ていた。


「へぇ、柊子が好きなクレープがメインでちゃんと話が進んでるんだ」


「そうだよ、柊子ちゃんが好きな苺は追加で増量出来る予定だしね」


 颯花は私の為にとにかく尽力してくれていた。

 その結果、メニュー表の一番上には苺クレープが乗っていて、イラストも苺クレープが描かれている。

 店の内装も苺をイメージした淡いピンクカラーとホイップクリームを意識したホワイトカラーで装飾していく予定になっていた。

 ここまで私の為にしてくれたのかと思うと、それには素直に喜ぶしかなかった。


「きっと柊子ちゃんが一番喜んでくれるものになると思うんだよねぇ」


「……一番?」


「そうだよ、一番だよぉ?」


「……それはどうかしらね」


 あれ、双美姉妹の間に何か不穏な空気が流れたような……?


「そーいう、演劇の方は上手く進んでるのかな?」


「勿論よ。柊子の白雪姫もすっかり上達して、誰よりも輝く事は間違いないわね」


 演劇は冴姫のアドバイスもあり、私は臆する事なく白雪姫を演じられるようになっていた。

 不安な部分は練習にも付き合ってくれるし、舞台の調整なんかも冴姫が率先してしてくれたから。

 きっと素晴らしい演劇になる事は疑いようはなくなっていた。

 後はどれくらい細部にこだわれるかの段階だと思う。


「きっと柊子が一番に喜んでくれるに違いないわ」


「……一番?」


「そうね、一番よ」


「……それはどうかなぁ?」


 あ、あれれ。

 デジャブな空気……。

 二人は笑顔なはずなのに、そこから流れる空気はどこかピリついている……。


「悪いけど、一番喜んでくれるのは演劇よ。柊子がまだ見た事のない白雪姫という主役の景色が見れるんだもの。クレープも美味しいけど、食べた事がないわけじゃないからね。どちらの喜びが上かと言えば……そりゃね、柊子?」


「え、あ、え……?」


 とっても返しづらいパスが冴姫から飛んでくる。

 喜びに優劣をつけるなんて、良くない流れだと思うのだけど……。


「残念だけどぉ、一番喜んでくれるのは模擬店だよ。柊子ちゃんの好みに完璧に合わせたわたしが作るクレープを食べるのは初めてなんだからねぇ。白雪姫は童話でも映像でも見た事がある分、もうよく分かってるお話だからねぇ。どちらの喜びが上かと言われたら……ねぇ、柊子ちゃん?」


「あ、や、それは……」


 まずい、まずい流れだよ。

 冴姫と颯花の二人共が主張してきたよ?

 

「好みに合わせてるって事は想像がつく味ってことよね。柊子は白雪姫を演じるのは初めてなんだから、それをやり終えた達成感はどちらが上かは分かりそうな感じするけど」


「そもそも柊子ちゃんは白雪姫を演じるのには消極的だったよねぇ。でもクレープは最初から食べたいって言ってくれてたんだから、その満足度は比べなくても分かると思うけどなぁ」


 ああ……お互いがお互いのアドバンテージを主張し始めている……。

 

「ねぇ、柊子。白雪姫よね?」


「ねぇ、柊子ちゃん。クレープだよね?」


 二人の姉妹が結論を求めて、私に視線を向けてくる。

 おかしい……ここは幸せで唯一息が抜ける時間のはずだったのに。

 いきなり緊張感で息が止まるような空間が展開されていた。


「ど、どっちも素晴らしいと思うよ……?」


 この議論に優劣をつける事は許されない。


「どっちも素晴らしいのなんて分かってるわ。今聞きたいのは柊子の主観だから」


「そうそう、柊子ちゃんの素直な気持ちを聞きたいだけなんだよ。人には気分だってあるんだから、どっちも全く同じなんて事はないよねぇ」


 ……まずい。

 体のいい逃げ道は塞がれてしまう。

 双美姉妹はあくまで私個人の感想を求めている。

 いつの間に、仲睦まじい二人はこうして上下を争うようになってしまったのだろう。


 原因は、私……?


 いやいや、そんな事があってはいけない。

 そんなの私の存在否定に他ならない。

 私は双美姉妹の仲を保つために今まで行動してきたんだから。


「え、えっと……今すぐには決められない、かな。だってまだ学院祭は始まってもないんだから」


「……まぁ、そうよね。やり切って初めて見えるものがあるしね」


「……そうだよねぇ。まだ食べてもいないのに分かるわけないよね」


 納得してくれたのか、二人は静かに頷き始める。


「それじゃ、本番が終わったら答えを教えてもらうわね柊子」


「それなら、実際に食べてもらったら答えを教えてもらうからねぇ柊子ちゃん」


「あ……うん……」


 しかし、分かってはいたけどこれは答えの先延ばしに過ぎない……。

 というか、当日には“白雪姫のキス問題”と“クレープのあーん問題”も残されている。

 本番目前の学院祭。

 双美姉妹に迫られる私は、究極の二択を強いられようしていた。




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