47 模擬店を支える理由
合間を縫って、次は模擬店へと向かう……。
「あのさー、颯花的にはこのメニュー表のデザインどうしたらいいと思う?」
「んー、そうだねぇ。ここにデザートの絵とか写真とか入れといたらいいんじゃないかなぁ?」
模擬店の次の準備段階はお店の内装やメニュー表作りになっていた。
デザイン面においては星奈さんは、かなりこだわりがあるため彼女主導で動いていくのだけど、困った場面では颯花もアドバイスをしているようだった。
「あー、確かに。その方が見た目的にも分かりやすいし可愛いかも」
「だよねぇ、出来れば絵の方がいいと思うんだけど。見栄え的にはそっちの方が可愛いし、写真じゃどうやってもプロの物には勝てないしねぇ」
「おっけ、それじゃ絵が得意な子ねお願いしてみる」
「任せたよぉ」
……なるほど。
二人のやり取りは建設的な意見を出し合い、良い物を取り入れようとしている姿勢が垣間見えていた。
「あのお二人、少しずつ打ち解け合ってきた気がしますね?」
すると、一緒に模擬店へ移動してきた逢沢さんがその様子を満足そうに眺めていた。
本来は星奈さんの隣には逢沢さんがいたはずなのだけど、そのポジションにいない事は気にならないのだろうか。
「逢沢さんは、星奈さんと颯花が中心的に動いていても気にならないんですか?」
「はい、勿論です。双美さんと星奈さんの円満な関係が結ばれるのでしたら、それが
一番ですから」
「さ、さようですか……」
やはり逢沢さんは全員の輪が繋がる事を望んでいるため、自分がその隣にいる事は重要視しないみたいだ。
「学院祭をきっかけに星奈さんと双美さんの仲が深まり、それがクラスの輪に繋がるのでしたら最良の結果でしょう」
「……そ、そうですよね」
本当にその通りで、それは私も望んでいる結果のはずだ。
双美姉妹がクラスとの仲を深め、その偏見が解消される事を期待しているのだから。
私も逢沢さんのように今の結果を喜ぶべきなんだ。
そのはずなのに、私は逢沢さんのように心の底から喜べていない。
その違和感はどこから来ているんだろう。
「あ、颯花。この子が絵を描いてくれるってー。どんな感じにしたらいいか、ざっくりアドバイスしてあげてくれない?」
「分かったよぉ。……んーと、それじゃここはねぇ――」
そうしている内に星奈さんはクラスメイトを連れて、颯花が新しく指示を送っていた。
すっかりこの輪の中に馴染みつつある颯花は、確かにこの模擬店においての中心人物となっていた。
それを見ている私は、どうしてか心にモヤが掛かったような感覚を覚えてしまっている。
「あ、紬に白羽っち。来たんだねー、今日も手伝いよろー」
「はい、よろしくお願い致します」
「……よ、よろしくね」
私達の到着に気付いた星奈さんはいつもの調子で軽快に挨拶をしてくれる。
私は遅れるように返事を返した。
「さっそくなんだけどさぁ、試食お願いしていい? 颯花が色々なパターンで作ってくれてるんだけど、意見が分かれてる所があってさー。紬の意見も聞きたいんだよね」
「ええ、喜んで」
すると星奈さんは逢沢さんを連れて、試食へと促していく。
残された私に、星奈さんは付け加えるように話し掛けてくれた。
「本当は白羽っちにも意見聞きたい所なんだけどー、颯花が“柊子ちゃんはクレープの試食は禁止です”なんだってさ。そゆわけで作業のお手伝いは颯花から聞いてねー」
「え、あ、そうなんだ……」
どういう理由かは分からないけど、私は食べてはいけないらしい……。
不思議に思いながら、星奈さんと逢沢さんの後ろ姿を見守る。
和気あいあいと話しながら、調理室へと移動していく姿は仲睦まじさを感じさせた。
「模擬店は、上手く行ってそうだね」
そうだ。
全てが上手く事が進んでいる。
この状況に私は安堵するべきなのに。
どうしていつまでも心が晴々としないのか、自分でも疑問だった。
思っていた以上に私は疲れているのかな?
「あ、柊子ちゃん。来てくれたんだねぇ?」
「そ、颯花……うん、今来た所だよ」
私に気付いた颯花が小走りでこちらに駆け寄ってくれる。
その姿に、いつもなら私も心躍る筈なのに。
「色々と星奈さんと話し合っててねぇ、結構上手く行きそうなんだよ」
「そ、そうなんだ……良かったね。すっかり星奈さんとも打ち解けてるみたいで」
「んー、打ち解けてるとまでは言わないけどねぇ。お互いに模擬店をより良くしようっていう気持ちだけはあるから、その為に無駄な争いはしないようにしてるって感じかなぁ?」
んー、と首を傾げる颯花だったけど。
私は不思議と頷けなかった。
「でも、星奈さん“颯花”って名前で呼んでたよね? この前まで“双美妹”とかって言ってたのに」
名前の呼び方が変わるのは、親しくなった証拠だと思う。
「んー、単純に長くて言いづらいだけじゃないかな? どうしたって話し合いはするからその度に双美妹だときっと面倒だったんだよ」
「でも、それだけ話すって事は前よりは距離は縮まってるわけだし……」
どんな理由があったにせよ、呼び方が変わった事は確かなのだから。
その分の距離は縮まっているんだと思う。
いや、それ自体はいい事なんだけどね。
「それに颯花が作ったクレープを皆は試食してるんでしょ? きっと美味しいのが出来るだろうから、心配なんてしてないんだけどさ」
「……じー」
すると颯花は私の言葉に返事は返さず、代わりと言わんばかりにジト目を向けていた。
どうして私がそんな目を向けられるのかはよく分からないのだけど。
「な、なに?」
「柊子ちゃん……もしかしてだけどぉ、ちょっとジェラシー感じちゃってる?」
「え」
ジェラシー……嫉妬?
私がそんな感情を颯花に覚えている?
「わたしと星奈さんとがよく話してて、名前呼びに代わっちゃってぇ。クレープは柊子ちゃんだけ食べさせてくれなくて、ちょっとムッとしてたり?」
「い、いや……えっと、その……」
「仕方ないとは言え柊子ちゃんは演劇もあるから、ずっと模擬店にもいれないよね。だから柊子ちゃんが見てない内にわたしがさっきみたいに動いちゃってるのが……ちょっと複雑だなぁって思ってたり、しない?」
そう言われると、そうなのかもしれない。
いつも冴姫と颯花の間には私がいたから。
そこに私がいなくて成立していて、しかも皆と仲を深めている颯花を見ていて、何か取り残されたような感覚を覚えていたのかもしれない。
「……ご、ごめん。そうかもしれない、何だか颯花が遠くへ行ったような気がしたのかも」
いつの間にか、私は傲慢になっていた部分があったのかもしれない。
その言葉で、すっと心のモヤが少しだけ晴れたような気がする。
自分の中にあった違和感を言い当てられていると感じたから。
「あは」
なのに、それを白状すると颯花は嬉しそうに笑った。
その反応のギャップは、やっぱりよく分からない。
「もー、柊子ちゃん心配しすぎだよぉ。私が模擬店を頑張るのは柊子ちゃんにクレープを食べて欲しいからで他に理由はないからねぇ? その理由がなかったら、最初からこんな事しないんだから」
「……そ、そうだよね。そう言ってくれてたよね」
「それに、柊子ちゃんだけ試食禁止にしたのは当日に一番美味しいの食べてもらいたかったからだからね。仲間外れにしたわけじゃないんだよ?」
「あ……そうだったんだ」
こうして一つずつ理由を明かされていくと、颯花の中には必ず私が理由として存在していた。
それなのに、遠ざけられたように感じていた私は何だったんだろう……。
「ご、ごめんね……な、なんか勝手に勘違いしちゃって……」
全てが明らかになっていくと、急に恥ずかしくなってくる。
自分一人で暴走していた事と、それを颯花に知られてしまう事がこんなにも体を熱くさせていくとは思わなかった。
「もー、柊子ちゃんって意外に独占欲強めなのかなぁ?」
「い、いや……そんなつもりはなかったんだけど……」
顔を隠そうとする私を覗いてくるように、後ろに手を組んで上目遣いでこちらを見てくる颯花の姿が蠱惑的だった。
「でも、わたしはそういうの嬉しいよ? 独占欲って言葉の通り、独り占めしたいって思われてる事だからぁ。それって特別だよね?」
けれど、そんな恥ずかしい感情すらも颯花には好意的に感じてくれるみたいで。
それは嬉しい事なんだけど。
私は恥ずかしさに悶えながら、この感情の落としどころに悩んでしまっていた。