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46 演じる理由


 そして、演劇練習の日々は続く……。


「ふあー、やっと休憩だ」


 今は例の魔女と鏡のシーンなので、私は束の間の休息時間に入っていた。

 当然と言えば当然なのだけど、白雪姫は主役なのでとても出番が多い。

 台詞の量も一番多ければ、動く量も一番多い。

 一息つこうと教室の隅の床に腰を下ろす。


「お疲れ様、柊子(とうこ)


 すると隣にすぐに冴姫(さき)が同じように座ってくれる。

 かつての私ならここで一人ぼっちになっていたであろう場面だけど、今の私にはこうして隣で一緒にいてくれる人がいる。


「いいの? 魔女の監視しなくて」


 隙あらば台詞を改変・増量しようとする魔女の姿を、冴姫はよく睨んでいた。

 

「もういいわ、アレの暴走を食い止めるのも時間の無駄に感じてきた」


 冴姫は呆れたように首を振る。

 

「そんな人の事はいいから、柊子の方こそどうなの? 兼任もしてるから疲れが溜まって来てるんじゃないの?」


「ううん、今は演劇の疲れで休んでるだけだから大丈夫だよ」


 さっきは魔女について諦めたような口ぶりだったけど、本当は私の事を心配してこっちに来てくれたのかもしれない。

 冴姫は自分の決断については宣言したり明言する事が多いけど、こういう気遣いをしてくれる時は特に何も言わない事も多い。

 自分の思った事を言っている様で、意外に言わない事も多いのだ。


「そう……それならいいけど。柊子も頑張ってるから自然に白雪姫を演じられるようになってきたんじゃない?」


「い、いやぁ……今でも恐れ多いよ」


 それこそ練習はしてきたから、台詞はだいぶスラスラ言えるようにはなったけど。

 そもそもの場違い感は今だって否めない。

 

「それに冴姫のオーラには負けちゃうよ」


 普段一緒にいる分には、私と双美姉妹の差なんてとっくに受け入れてるけど。

 やはり演劇ともなると、その釣り合いをどうしても意識してしまう。

 凛々しい冴姫と対を成すような存在には、どうしたってなれなかった。


「そんな事ないって言ってるのに、まだ言うのね柊子」


 冴姫はそんな事ないといつも私を肯定してくれるんだけど。

 それは私に対して評価が甘すぎる。

 冴姫に甘やかされる分には嬉しいけど、何せ演劇というものは人様に見せるものだ。

 人様の視点を客観視すれば、私と冴姫の釣り合いがとれていると評価するのは中々難しいのが事実だと思う。


「きっと冴姫が白雪姫だったなら、皆が納得の画になったんだろうけどねぇ……」


 派閥争いの是非を問わなければ、双美(ふたみ)姉妹の華を否定する人はいないだろう。


「柊子は、皆を納得させるのがそんなに大事なの?」


 じっとこちらを覗いてくるその瞳は、私の真意を探ろうとしている気がした。


「え……いや、大事と言われると、どうなんだろ」


 大多数の人に認めてもらった方が良くて、悪い事はないだろうけど。

 それが私にとって大事かと問われると、答えに困った。


「あたしは他人の気持ちなんかより、あたしが良かったと思えることの方が大事。だから誰かがどうこう思ったりしても関係ない」


 それは冴姫らしい答えで、無意識に他の人を意識してしまう私にはない感覚なんだろうなって思ったりする。

 そう生きられたなら、今よりもっと過ごしやすくなるような気がした。


「それに自分すら満足出来ない物は、きっと他の人に見せたって良い物にはならないわよ」


「……なるほど」


 他人の事を意識して何かをするより、自分が良いと思った物を突き詰める。

 その先に他者からの評価があるというのは、真理ではある気がした。


「だからね、柊子が自分なりの白雪姫が演じられればそれでいいの。少なくともあたしはそれが素敵だなって思えるから」


「……冴姫」


 冴姫はいつも私の事を認めてくれる。 

 私はそんなに大した人じゃないのに、嬉しいなぁと思う。

 ……思うのだけれど。


「あの、その理論だと、そもそも私が白雪姫を分相応だと思ってる時点で自分に満足出来ない気がするんですが……」


「……」


 冴姫の気持ちはすごく嬉しかったのだけれど、やはり私への自己肯定感を上げる事は難しい。

 理論の穴を突いてしまうような、卑屈で皮肉な私でごめんなさい。

 

「あたしが柊子の白雪姫は素敵だと思ってるのっ。それに柊子が満足すればいいじゃないっ」


 急にパワープレイになっちゃったぞ……!?


「いや、でもそれは他の人の気持ちであって、私の気持ちじゃないのでは……?」


 冴姫がどんどん理論崩壊しているような気がするんだけど……。


「あたしと柊子は他人だって言いたの? もうそんな浅い仲じゃないでしょっ」


「あ、や、それはそうなんだけど……」


 他人の定義すら飛び越えてくる冴姫。

 それもまた彼女らしい。


「だから、あたしが素敵だと思えば柊子もそうだと思えばいいの。勿論、無理強いは出来ないけど……それでも柊子の白雪姫はあたしにとっては他の誰よりも魅力的よ」


「……ああ、なるほど、そうきたか」


 これまた冴姫らしい力強い理由だけど、確かに冴姫が良いと言ってくれるなら。

 それを受け入れるのは、私らしいのかもしれない。


「冴姫にそう言われると納得しちゃうかもしれない」


「でしょ」


 他の人達に対しての申し訳なさは消えないけれど。

 それでも冴姫に対してだけなら、ほんの少しだけ自信が持てるような気がした。




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