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「はぁ……」


 放課後になると、どっと疲れが体に広がっていくのを感じていた。

 演劇と模擬店を兼任している影響だろうか。

 それとも主人公を巡るヒロインとの確執か、またまた冴姫(さき)颯花(そよか)のバランス調整の気疲れか。


「……まぁ、全部だよね」


 どれも精神を摩耗していく要素ではある。

 一つ一つは些細な事でも、積み重なっていくと疲れてしまうのが人間というものだ。

 私は机に突っ伏して上半身を伸ばす事で、脱力を意識する。


「あ、柊子(とうこ)が寝てる」


「あれー、柊子ちゃんお疲れ様なのかなぁ」


 そうしている内に、双美(ふたみ)姉妹の声が聞こえてくる。

 私の様子が気になるようだ。

 顔を上げると、いつもと変わらぬ二人の姿に疲労の色は見えない。

 体育祭の時も思ったけど、二人とも体力がある。


「いや、ちょっと休憩してただけ」


「あー、分かる。演劇って意外と体力いるものね」


「模擬店は決める事多かったから頭も使ったしねぇ」


 そんな事を言いながら二人ともケロリとしているのだけど。

 それでも共感を得れただけ嬉しい。


「ちょっと颯花、柊子は演劇で疲れてるんだからあんまり負担掛けちゃダメじゃない」


「そういう冴姫ちゃんこそ、何も主役を柊子ちゃんにしなくても良かったんじゃない? それこそ負担だよー」


 ……あ、あれ。

 私そっちのけで私の話が進んで行くのですが。


「仕方ないじゃない、柊子に見合うポジションを考えたらそこしかなかったんだから」


「いや、冴姫……? いまさらだけど、本当に私ってそんな大した存在じゃないからね?」


 やるからには全力で取り組んではいるけど、私が主役の器でない事は重々承知している。

 そもそもがモブである事を考えると、学院際というイベントで主人公もヒロインも悪役令嬢すら押しのけて主役を張っている現状はかなりとんでもない状況とも言えた。


「そろそろ柊子も自己認識を改めるべきね、そんな大した存在になっているって事を」


「い、いやいや……」


 さすがに私如きがおこがましいですよ。


「わたしだって柊子ちゃんの好きなクレープにしようと思って大変だったんだよぉ。星奈(ほしな)さんが妙にやる気出さないから説得するのに時間掛かったんだから」


「私の好みとか言ったせいだよね……ごめん」


 模擬店の方向性があそこまで変わりそうになるとは思っていなかった。

 颯花は私に気を遣ってくれるから、それが議論の原因にもなってしまった。

 不用意な発言は気を付けないといけない。


「ううん、柊子ちゃんに好きな物を食べてもらうのは絶対条件だからいいんだよぉ。その為だったら他の人を説得する事なんてお安い御用だからねぇ」


「あ、ありがとう……」


 冴姫と颯花にも、根本には私に対する思いやりがあるんだよね……。

 もっとありがたみを感じないといけない、気持ちを改める。


「それじゃ帰ろうか、冴姫・颯花」


 二人は頷いて、帰り道を歩き始める。




        ◇◇◇




 夕焼け色に染まる住宅街を三人で歩く。

 家に帰れる解放感からだろうか、それとも双美姉妹だけとの時間だからだろうか。

 少しずつ足が軽くなり、疲れも一緒に飛んでいくような気がした。 


「そういえばなんだけど、白雪姫と王子様ってキスシーンあるよねぇ。それって本当にするの?」


 左隣にいる颯花が聞いて来る。

 そのシーンが今一番上手く行ってないんだけど……。

 私は反応に困って、右隣にいる冴姫に視線を送って判断を委ねる。


「……ケースバイケースね」


 変な回答をしていた。

 目が泳いでいるから、多分今の冴姫は平常ではない。


「しない、しないからね。フリだけだよっ」


 私が訂正しておく。

 颯花にあらぬ誤解を受けても困るからね。


「あー、なんだビックリしたぁ。さすがに女の子同士でキスはしないよねぇ」


 あははぁ、と笑みを零す颯花。

 しかし、その発言に私は思う所があった。


「それは違うよ颯花、女の子同士だって唇を重ねるキスはしてもいいんだよ?」


「え、そ、そうなの……?」


「もちろんそこに想いがなければダメなんだけどね。でも逆を言えば想いがあればいいんだよ。そこに性別は関係ないからね」


「へ、へぇ……知らなかったなぁ……」


 ふぅ……思わず熱く語ってしまった。

 女の子に対するこの情熱が、いつもの私より饒舌にしてくれた。


(え、いいの……? 想いがあればいいの……?)


 冴姫が何やら隣でブツブツ言っている。


「冴姫、どうしたの?」


「へっ、いやっ、な、なんでもないけど……!?」


 慌てた様子の冴姫とはやっぱり目が合わない。

 というか、若干視線が下がって私の口元を見ているような……?

 いや、流石に気のせいだよね。


 「で、でも、演劇の時は本当にするわけじゃないんだよね?」


 颯花が念を押して聞いて来る。

 確かに、さっきの私の熱弁の後だと変な誤解を招いたかもしれない。

 あくまでさっきのは一般論を語っただけで、私と冴姫との関係性では別の話だ。


「しないよ」


「ええ……!?」


 今度は冴姫が素っ頓狂な声を上げていた。

 さっきから落ち着きないね。


「どうしたの冴姫?」


「い、いや、ごめん。何でもないっ」


 また目を反らす冴姫。

 今度は明後日の方を向いていた。


(どっちなの……? どっちが正解なの……? 有りなの無しなの、どっちなのよ……?)


 またブツブツ言っていた。

 何やら考える事が多いらしい。


「ふ、ふん……そういう模擬店の方こそ、クレープを食べさせる時にあーんとかしちゃうんじゃないでしょうね」


 かと思えば、今度は冴姫が鼻を鳴らしながら模擬店について触れ始める。

 いつもの感じに戻っていた。


「そんなサービスあるわけないよ、普通に作って渡すだけ」


「わたしは柊子ちゃんがして欲しかったら、いつでもあーんしてあげるよぉ?」


 私が否定したと思ったら、颯花から肯定される。

 いかがわしいお店になってしまった。


「どうなの柊子ちゃん、お望みならサービスするよぉ?」


「……え」


 こ、これはどう答えるのが正解なんだっ。

 下手に断ってご機嫌を損ねたくないけど、かと言って人様にあーんしてもらってる所を見られるのは恥ずかしいし……。


「だ、ダメに決まってるじゃないっ。冗談で言っただけなのに、あたしがいない所で何する気なのよっ」


 しかし、お姉ちゃんNGが入っていた。

 冴姫がそう言うなら、無しかなぁ。


「でもわたしがいない所でフリでもキスするんだよねぇ? それならあーんくらいしても問題ないよねぇ?」


 ああ……こ、ここでもバランス問題がっ。

 確かに双美姉妹の両立をとるなら、キス(未遂)とあーんは同列かもしれない。

 自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。


「それなら、当日の柊子ちゃんにお任せかなぁ?」


「そ、それもそうねっ。柊子の好きなようにしなさいよ」


「ええ?」


 全ての判断を私に委ねられてしまった。

 ……こ、困る。




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