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44 模擬店の主役とは


 次は模擬店のお手伝いになるわけですが……。


「いや、苺の量さすがに多くない? 一回のクレープにこんなに使うの厳しい気がする」


「これくらいは入ってないと食べた気にならないから、入れた方がいいと思うんだよねぇ」


 さっそく星奈(ほしな)さんと颯花(そよか)が言い争いをしている。

 現在はメニューに対する分量を決めているようだった。


「しかも苺は高いから原価の事も考えないとだし、採算合わなくなるの困るんだよねー」


 雫華(しずは)女学院はお嬢様も多いが、一般的な生活圏の生徒も受け入れている校風のため、学生の出し物と言えどコストの意識は強く持つよう言われ評価されていた。


「それなら、苺増量のトッピングで追加料金を取る事にすればいいかなぁ?」


「……まぁ、それならギリいけるだろうけど。なんで、そこまで苺にこだわるわけ?」


「それは――」


 ちらりと颯花がこちらを見て、その視線が合うと穏やかに微笑んでいた。


「――食べて欲しいと思う人がいるからだよねぇ」


 ……私かな。

 私がこの前、苺の入ったクレープが好きと言ったから。

 その為に颯花は苺を多くするよう働きかけてくれているのかもしれない。

 ありがたさと申し訳なさが同時に押し寄せる。


「まぁ、苺は人気かもだけど……追加料金払ってまで食べようとしてくれる人いる?」


「いいのいいの、誰か一人が頼んでくれたらそれでいいからねぇ」


 もう一度、颯花がこちらを見る。

 うん、やっぱり私の為だね……これ。

 私は両手を重ねて、頭を下げた。


「オッケー、それじゃメニューはだいたい決まったから。次は担当分けしていくかな」


 模擬店のメニューの方向性はだいたい決まったようなので、次は担当の割り振りに移るようだ。


「はーい、わたしは調理を担当するよぉ」


双美(ふたみ)妹が作りたがってるのは分かったって……」


 意気揚々と手を挙げる颯花に、はいはいと星奈さんは名前を書き足していく。


「次は買い出しとかの事前準備の人決めたいんだけど、誰かやりたい人いる?」


 それなら、私がやった方がいいかな。

 当日は演劇もあって色々忙しいから、準備とかを任せてくれた方がありがたい。


「あ、それなら私がやります」


「わたしもご一緒してよろしいですか?」


 すると私と一緒に逢沢(あいざわ)さんの手が挙がる。

 考える事は同じで、私も逢沢さんも演劇の出番があるので当日の負担を減らそうとしているのだと思う。


「却下だよねぇ」「却下だし」


「え……」


「あらぁ……?」


 さっきまで言い争っていた颯花と星奈さんの声が重なっていた。

 どうしてこのタイミングだけ息が合うんですかね。


柊子(とうこ)ちゃんは当日の売り子担当だよ、それ以外は認めないからねぇ?」


「同じく(つむぎ)も売り子ね、それ以外は認めないし」


 あ、あれれ?

 なぜか私と逢沢さんの担当が二人の中で決定されている。

 しかし、売り子という事は模擬店にある程度の時間、拘束されてしまうという事だ。

 出来ればそれは避けたいんだけど……。


「あ、演劇があるとかそういう理由はやめてねぇ? どちらも同じ学院際の出し物としてのイベントなのに、変な優劣とかつけるのはおかしな話だよねぇ?」


「……あ、え、えっと」


 まずい。

 私の心の中が颯花には透けて見えているのか、考えている事がそのまま言い当てられてしまう。

 確かに言われてみると、演劇の方に気が持って行かれてたのは否定出来ないんだけど……。


「ですがわたしも演劇での出番がありますから、出来れば時間に余裕があると嬉しいのですが……」


「紬ってナレーションなんでしょ? 音声だけ録音しといて当日流しとけばいいじゃん」


 とんでもない事を言い始める星奈さん……。

 そんなの乙葉(おとわ)さんが絶対に許さないに決まっている。

 兼任できてしまった弊害で、ヒロイン同士の奪い合いが勃発していた。


「そ、そうなんだよ颯花。私も白雪姫を演じる事になったから……音声録音とか出来ないし、時間に余裕があると嬉しいんだけど……」


 逢沢さんと理由は重複してしまうが、自分でも悲しいかな私は主役でもある。

 兼任しているという事情も重なり、さすがに憂慮してくれる理由だとは思うんだけど……。


「そうなんだねぇ、柊子ちゃん白雪姫やるんだぁ。初耳ぃ、誰が王子様をやるの?」


 あれ……なんでだろう……颯花の笑顔に温度を感じない。

 若干のうすら寒さすら感じ始めたのだけど、気のせいかな……。


「さ、冴姫(さき)だよ?」


「あ、そーなんだぁ。冴姫ちゃんと一緒にやるんだぁ」


 そうそう、冴姫となら裏切りにならないよね?

 大丈夫なはずだよね?


「冴姫ちゃんとは一緒に主役を演じるのにぃ、わたしとは事前準備でどっか行っちゃうんだぁ。そーなんだぁ、柊子ちゃんってそんなに演劇が好きだったんだねぇ?」


「……」


 グサグサとハートに弓矢が突き刺さるような気持ちになった。

 確かにそう言われるとその通りで。

 同じ出し物で、冴姫と颯花の関係性のはずなのに。

 演劇と冴姫を優先していると言われても仕方ない状況だった。


「どーなのかなぁ? 柊子ちゃん自身で白雪姫は分不相応って言っててぇ、クレープは好きだって言ってくれてたのにぃ、実際に優先するのは白雪姫なの? あれれぇ? わたしよく分かんないなぁ、とっても不思議な状況に感じちゃうなぁ。どういう事か説明してくれるよね、柊子ちゃん?」


「……あ、え、えっと」


 颯花の笑顔は笑ってないし、いつも以上に語尾が伸びるタイミングが多い。

 意図的に作られているおっとりとした話し方は、逆に気持ちを押し殺している表現のようにも聞こえて、それはそれでとっても怖いのだ……。


「柊子ちゃんと冴姫ちゃんが白雪姫と王子様。それって今回のお店で例えるなら調理と売り子さんだと思うんだよねぇ。相互補完の関係性って言うのかなぁ? それをしてくれないって事は、柊子ちゃんはわたしを捨てたって解釈でいいかなぁ?」


 畳みかけてくる颯花のトークが止まらない……!

 しかも的を射ているし、間違っているとは言い切れないのが恐ろしい。


「ううん、でも柊子ちゃんが忙しいのは分かってるよ。演技は大変だもんね、しかも主役なんだもん。それをわたしのワガママに付き合わせちゃいけないよね。ごめんね、子供みたいな事言っちゃって大人げなかったよね。いいよ、事前準備も大事なお仕事だもん。わたしは当日、一人でクレープ作るから大丈夫だよ」


「そ、そのっ」


「……柊子ちゃんが好きって言ってくれた苺クレープが、たくさん売れるといいなぁ」


「がはっ」


 こ、心が……っ。

 私の心が罪悪感で押しつぶされそうになっていた……。

 いや、颯花は何も間違った事は言っていない。

 間違っていたのは、私の方だった。


「や、やります。私は当日の売り子をやらせて頂きますっ」


「え、いいんだよ柊子ちゃん? 無理しなくても。わたしもワガママ言っちゃっただけなのは分かってるから」


「いや、颯花はワガママなんて何一つ言ってないよ。ワガママを言ってたのは私の方だったから」


 そうだよ、あれだけ冴姫と颯花に優劣をつけちゃいけないって自分から言っといて、何を甘ったれていたんだ私は。

 本当に平等にしたいのなら、演劇も主役で、模擬店も主役を張るしかない。

 自分の覚悟のなさを改めて、気を引き締める。


「本当にいいの……? 柊子ちゃん?」


 颯花の笑顔に柔らかさが戻り、声にも感情の色が宿っている。

 そうだ、これが答えだったのだと颯花本人が教えてくれる。


「うん、私は白雪姫を演じるし、お店の売り子もどっちも全力で頑張るよっ!」


 ……。


 だ、大丈夫だよね?

 出来るよね、私?




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