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43 演劇練習

 

 そして、学園祭準備は着々と進められていく。

 今日から本格的に演劇の練習が始まったのだけど……。


「ちょっと魔女、今柊子(とうこ)の指に触れたでしょ。そんなスキンシップ要らないと思うんだけどっ」


「はぁ……? 毒林檎を渡す時にちょっと触れただけですよね? こんなのスキンシップに入らないと思いますが?」


「……いや、あの……お二人とも……」


 白雪姫と魔女との一幕で冴姫(さき)乙葉(おとわ)さんが声を上げていた。


「あー、そうやって偶然を装って柊子に触ろうとしてるんでしょ? いやらしいんだけど」


「別に触ろうともしてませんし、触る理由もありません。そんな事を連想する貴女の方こそ、不埒(ふらち)だと思いますが」


「だ、大丈夫……私は大丈夫だから」


 一触即発の二人には、私の声が届かない。


「そもそも毒林檎とか要らなくない? シナリオを変えて白雪姫は不治の病に掛かったことにして王子様のキスで奇跡が起こるとかにしよ」


「そうなったら私の役がなくなるでしょうがっ。……な、何より鏡役の逢沢(あいざわ)さんも困るでしょうし」


 自分の役よりも逢沢さんとの絡みを大事にしている乙葉さんの本音が零れていた。


「白雪姫の内容より、鏡を気にするって何なの?」


「そ、それは……ごほんっ。とにかく、練習を続けますよ!」


 乙葉さんはゴリ押ししていた。







 魔女と鏡のシーンに移る。

 鏡役の台詞は逢沢さんが担当している。


「鏡よ鏡、この世で最も知的なのは誰かしら?」


「はい、この世で最も知的なのは魔女様です」


「よろしい。なら、この世で最も黒髪が似合うのは誰かしら?」


「はい、この世で最も黒髪が似合うのは魔女様です」


「そうね。なら、この世で最も恋人にふさわしいのは誰かしら?」


「はい、この世で最も恋人にふさわしいのは魔女様です」


 ん?

 乙葉さん?

 改めて見ると原作のシナリオから、かなりズレている気がするんですが?


「ふ、ふぅー……なら、か、鏡が思う理性の女性って、だ、だだ、誰かしら?」


「カット」


 冴姫が演技を中断させていた。


「ちょっと何かしら、まだ演技の途中じゃない」


「おかしいでしょ、なんで魔女が鏡の個人的な好み聞いてんのよっ。それにここのシーン長すぎだし、なんでこんなにシナリオ加筆してるのよっ」


 それは完全に乙葉さんの私情が挟んでいる事は否定できない。

 しかし、私がその恋幕を邪魔している自覚もあるので何も言えず、こうして遠巻きから見守っているしか出来なかった。


「ここは魔女が如何に尊大で自己陶酔しているのかを見せるシーンです。彼女が黒く輝くことで、純粋無垢な白雪姫との対比がコントラストを生み、物語に抑揚を作っていきます。軽視されがちですが、こういう積み重ねが物語にリアリティと重厚感を生んでいくのですよ」


 乙葉さんの知性が取り繕うのに発揮されると、こんなにも最もらしい事が言えるんだと感心してしまう。

 絶対、本音は逢沢さんとの絡みを増やしたいだけなんだけどね。


「言いわけ長っ、それにしたって鏡への質問多すぎだから。これでまだ半分も終わってないんでしょ?」


 確かに、そこには若干の狂気を感じる。


「必要なシーンです」


「いらないって!」







 今日の練習の大詰め、白雪姫と王子のシーンに移る。


「な、なんて美しい女性なんだ……」


『眠る白雪姫を見た王子様は、その美しさに息を呑みます。そして、彼女を呪いから解き放つべく愛の誓いを立てるのです』


 ナレーションと共に、場面はキスシーンへ。

 勿論、練習も本番もそれっぽく見せるだけで本当にキスをしたりはしない。

 私は床に仰向けになって目をつぶりながら、冴姫が顔を近づけるのを待つ。


「……」


「……」


 あ、あれ。

 いつまで経っても冴姫の顔が近づいて来る気配がない。

 これでは私も目覚めようがないのだけど。


「……はぁはぁ」


 ん?

 冴姫さん?


「カット」


 乙葉さんが演技を中断させていた。


「は? 何よ、まだ演技の途中でしょうが」


「変な声が出ていました。ナレーションで“息を呑む”と言われているのに、逆に息が荒立ってる王子なんて聞いた事ありません」


「じゃあナレーションの説明を変えなさいよ」


「その前に貴女が態度を改めなさいっ」


 いがみ合う乙葉さんと冴姫……。

 二人は対立しあう宿命でも背負わされているのだろうか……?


「それに、待てど暮らせど顔すら近づけないのは何でなのですか。普通にキスシーンに移って下さい」


「……普通? むしろ、これが普通なんだけどっ」


 チラチラとこっちを見てくる冴姫だけど、さすがにそれには同意出来ない。

 いつまで経ってもキスしない王子様では白雪姫も目覚められなくて困ってしまう。


「どうしたの冴姫、なんか疲れちゃったとか?」


 こう言っては何だけど、頬にちゅーはしてもらっている関係だ。

 キスのふりくらいならそんなに尻込みする仲でもないと思うんだけど……。


「と、柊子のせいよっ」


「え、私?」


 何だろう……私がそんなに冴姫にプレッシャーを与えるような事もしてないはずなんだけどなぁ……。


「あー、分かりました。それでは王子のキスではなく、魔法で呪いを解く事にしましょう。魔法の呪文でもこれから考えますか?」


 いきなり乙葉さんがやっつけ仕事になっていた。


「勝手にあたしのシーン変えるんじゃないわよっ」


「私と鏡のシーンを半分もカットしたのですから、これくらいの変更は許容範囲かと」


 乙葉さんが完全に根に持っているようだった……。

 ごめんね、乙葉さん。

 でも半分カットしてもまだ長いくらいだったから許して欲しいな……。


「こんな定番のシーンを変える理由にならないわよっ。本番でちゃんとやるから、とりあえず今は流しといてっ」


「練習で出来ない事は本番でも出来ません、今すぐやって下さい」


 乙葉さんが思った以上にスパルタだった。


「……え、えっと」


 ちらりとまた冴姫の視線がこちらを向く。

 私はずっと仰向けで寝ている状態なので、向こうから見下ろされている構図になる。


「や、やっぱり今はムリっ」


 そしてすぐにそっぽを向かれる。

 王子様からのキスを拒否された白雪姫……。

 冴姫から拒絶されてるみたいで何か悲しい……とほほ……。


 あと今更なのは分かってるんだけど、私が白雪姫はやっぱり違和感しかないから、ちょっと精神的にツラいかも……。


「そしたら、やっぱり白雪姫は他の人に交代する?」


「それは絶対ダメっ」


 それも断固拒否の冴姫。

 一体私はどうしたらいいんでしょうか……?




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