42 模擬店の出し物について
次は模擬店のミーティングに参加する。
兼任している私と逢沢さんは、どうしても二つ同時に進める事は出来ないので、少し遅れながら参加する事になった。
別の教室に足を運び、その内容に耳を傾ける。
「だーかーらー、模擬店はアイスにするって言ってるでしょうが」
「はーい、ダメです。絶対にクレープ、それ以外は認めないかなぁ?」
……なにやら、不穏な空気。
星奈さんと颯花で言い合いをしているようだった。
「いや、クレープとか作るの難しいじゃん。それなら、誰でも用意出来るやつにした方が良くない?」
「じゃあわたし一人で作るから大丈夫かなぁ。皆は準備とか売るのだけ頑張ってくれたらそれでいいよ」
「そーいう問題じゃないんだけどっ」
「なら、どーいう問題なのかなぁ?」
どうやら模擬店の出し物で論争を繰り広げているようだった。
星奈さんのアイスに対し、颯花がクレープを譲らないようだけど……って、あれ?
原作であればクレープになるはずだったのに、どうしてここで言い争っているんだ?
と、とにかく、ここは私が仲裁しないとだよねっ。
「ほ、星奈さん……ちょっといい?」
「え、なに、白羽っち……今ちょっと真面目なとこなんだけど」
「そ、それは分かってるんだけど。私も途中から来たから聞かせて欲しくて……えっと、星奈さんはクレープじゃダメなの?」
私の質問に星奈さんは訝し気な表情を隠そうとしない。
「えー、だってさー、別にわざわざそんな難しいの作らなくて良くない? 冷凍庫だけ用意してアイスは大量仕入れしとけば、当日は売ればいいだけなんだし。どーせ暑いんだから売れるくない?」
「え、あ、そう……かな」
一つの意見としては間違ってもいないように聞こえるけど、学院際の出し物としては随分と業務的で味気ない。
何より原作の星奈さんよりも模擬店に対するモチベーションがかなり低いのも感じた。
この意識の差は、どこから来ているのかを考えないと……。
「あの……間違ってたら申し訳ないんだけど、星奈さんはあんまり模擬店にやる気が出てない?」
「まぁねー……だって紬は兼任でしょ? 兼任って事は模擬店の方が後回しにされる可能性もあるし、あたしのモチベ的には微妙かも」
「ああ……」
なるほど、逢沢さんの存在が曖昧な事が原因らしい。
現にミーティングにもこうして遅れてしまっているわけで、その差が星奈さんの意欲低下に繋がり、無難な選択を選ぶようになってしまっているわけだ。
状況を理解した私はその場を離れた。
「そ、颯花……?」
「何かなぁ、柊子ちゃん」
とは言え星奈さんの意見そのものが間違っているわけでもない。
無理に原作に合わせるよりも、彼女の意見を尊重するのも手だろう。
それなら颯花の意見を変えてもらう方が、話はきっと丸く収まるはずだ。
「さっきの話し合い聞いてたんだけど、アイスでもいいんじゃないかな……?」
「だーめ、クレープなの」
頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く颯花。
可愛い……けど、その可愛さをどうしてこのタイミングで発揮するのだろう。
冴姫と同様に、私と意見が合わない時にその魅力を披露してくるのは反則だと思う。
私が何も言えなくなっちゃうからねっ
「ど、どうしてそんなにクレープにこだわるの?」
「そんなの柊子ちゃんが食べたいって言ったからに決まってるよねぇ」
きゅん……。
いや、きゅんじゃないって。
話が前に進まなくなるから冷静になれって私。
「ま、まぁ……そんな理由で、そこまでこだわらなくてもいいと思うよ」
「……そんな理由?」
ぴくりと颯花の眉間に皺が寄る。
まずい……何か気に障る事を言ってしまっただろうか。
「柊子ちゃん、料理は自分の為でもあるかもしれないけど、人の為にもなる事なんだよ?」
「え、うん、そうだろうけど……」
「だからね、誰かの為に作るのをそんな理由とか言っちゃいけません」
颯花の人差し指が私の胸に押し当てられる。
私の発言は間違っていると暗に示していた。
「あ、はい……」
ああ、まずい。
反射的に颯花の発言を認めてしまっていた。
でも、そこまで言われちゃうと私も颯花を否定する事は出来ないわけでえぇぇ……。
「で、でも、私はアイスも好きだよ?」
「……ふーん?」
じっと颯花が私の瞳を覗き込む。
そ、そんなに見つめられると照れちゃうんですが……。
「アイスにしたって買ったのそのまま渡すとか許せませーん。わたしが作った物を柊子ちゃんに食べてもらうんだぁ」
「う、うぐぐっ……」
もう、こうなったら仕方ない。
颯花がここまで私のためにクレープを作りたいと言ってくれているんだから、それを否定するわけにはいかないっ。
熱量が高い人の意見を推す事は、決して間違ってはいないはずだしねっ。
というわけで、私は方向転換して今度は逢沢さんの元へ。
「あの……逢沢さんって、クレープとアイスならどちらが好きですか?」
「どちらも好きですよ?」
百点満点の中立スタイルありがとうございます……。
「でもアイスだと仕入れで、クレープだと手作りです。どちらがいいです?」
「それでしたらクレープの方が特別感があっていいかもしれませんね。手作りは気持ちが伝わりますから」
「そう、それですっ」
「はい?」
首を傾げる逢沢さんだったが、私が求めていた回答をしてくれたので、そのまま逢沢さんを連れて星奈さんの元へ。
「星奈さん、聞いて下さい」
私が呼びかけると星奈さんは気だるげに振り返る。
「えーなに……って紬じゃん」
逢沢さんの姿で目の色を変える星奈さん。
ヒロインさんはどちらとも態度がとっても分かりやすいですね。
私は逢沢さんの後ろに下がり、彼女の発言を待つ。
「わたしは星奈さんが作ったクレープが食べてみたいです……よ?」
胸の前で両手を組み、首を傾げながらお願いする逢沢さん。
はい、この私が演技指導をさせてもらいました。
語尾にクエスチョンがついてしまったのは私が台詞まで指定してしまったせいだと思うけど。
でも発言の根幹は変えていないので、これできっと大丈夫だと思います。
「おっけ、うちらはクレープに決まりね」
即決だった。
ほんとに乙葉さんも星奈さんも、逢沢さんの手に掛かるとチョロインだな……。
いや、原作でもそれが可愛かったんだけど。
「……じー」
「え、あ、そ、颯花?」
颯花が自分で声を発しながらジト目をこちらに向けていた。
な、何か物凄い言いたげな視線を感じる……。
「なんかぁ、今ね。星奈さんの事を可愛いって柊子ちゃんが思ってるように感じたんだよねぇ?」
下から覗き込むように肩をすくめながら、颯花のしなやかな指が私の顎先を伝う。
その仕草があまりに妖艶で息を呑む。
「……え、な、ナンノコトカナ」
「間違っても星奈さんのクレープとか食べたりしないでね? 柊子ちゃんが食べるべきクレープは誰からのもの?」
口元には笑みを浮かべているけど、その瞳は一切笑っていない。
これはマジなやつだねっ。
「はい、颯花のしか食べませんっ」
そこでようやく指先が下りて、颯花のいつもの柔和な笑顔が浮かぶ。
「よろしい」
「……なかなか、颯花先生は手厳しいですね」
「当然だよぉ」
颯花は手を後ろに組んで、朗らかに笑う。
「誰かが作った物を食べる……それってぇ、わたし以外の人を受け入れてるって事だから。それってつまり裏切りなんだよ?」
うん、裏切りの定義、厳し過ぎませんか?