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39 二者択一


 放課後。


「「……」」


 ――ジーッ


 なんて音が聞こえてきそうなほど冴姫(さき)颯花(そよか)の熱い視線が、私に注がれている。

 それは本来なら双美(ふたみ)姉妹を独り占めできている事に喜ぶ所なんだけど。

 今は勝手が違った。

 私にはその視線の意味が何となく分かっていて、そして理由が複雑だからだ。


「……うん、二人とも何か話してくれないかな?」


「べっつにー、柊子(とうこ)から話してくれてもいいんじゃなーい?」


「そうだよねぇー、柊子ちゃんからの話だって聞きたいかなぁー?」


 そうやって今度はむくれてそっぽを向き始める双美姉妹。

 視線が注がれていたと思えば、次の瞬間には反らされる。

 その行動が示す通り、今のお二人は少々気持ちに落ち着きがないようだ。


「じゃ、じゃあ……帰ろっか二人とも」


「帰るけど、演劇って題目は何なのかしらねー。配役とか誰がいいのかしらねー」


「帰るけどぉ、模擬店って何作るんだろうねー。皆何食べたいとかあるのかなー」


 ……き、君達。

 結局、そっちから話題振ってるよとかそんな細かい指摘はさておきだね。

 話題のチョイスが露骨すぎないかな。


「まぁ、それは明日決まる事なんだし、それから考えても……」


「あたしは柊子の話が聞きたいのよねー」


「わたしは柊子ちゃんの話が聞きたいんだけどねぇー」


 ……そう、この通り。

 双美姉妹は出し物の回答を保留にしている私が気に入らないらしく、早く答えを出しなさいと言わんばかりの剣幕なのだ。

 だが、これは同時に二人の無自覚な罠でもある。

 どちらかの話題に食いついてしまえば、それは二人の中で優劣をつける事になってしまう。

 それは絶対に私の望む所ではない。

 仲睦まじい双美姉妹の仲を引き裂くような事はあってはならないからだ。


雫華(しずは)女学院は硬派な所があるから、演劇の題目は古典的になりそうだし、模擬店も定番の物しか出さないだろうね」


 なので私は同時に二つとも回答する。

 これで二人に優劣をつける事はなく、平和は保たれる。


「あたしは と・う・こ の好みを聞いてるんだけどなー」


「わたしは と・う・こ・ちゃ・ん の好みを聞いてるんだけどねぇー」


「……」


 当たり障りない客観的な回答は却下されるらしい。

 しかし、二人がこんなにも意固地になるとは予想外すぎる。

 回答を濁したら空気が悪くなる事は確定しているので、答えるしかないという……。

 これも双美姉妹を推す者としての十字架か。

 喜んで背負いますとも。


「演劇なら白雪姫、模擬店ならクレープを希望します」


 というかこれは原作知識なんだけど。

 どちらかを選択すれば、シナリオはそう進むようになっていた。

 何にせよ、二人の質問には回答したからねっ。


「そう、白雪姫……ふーん、柊子はそういうのが好きなのね」


「そうなんだ、クレープ……うんうん、柊子ちゃんはそういうのが好きなんだねぇ」


 意味深に頷く双美姉妹。

 何か私の知らない範疇で変な憶測されているような気がしてならないんだけど……。


「ち、ちなみに白雪姫だと柊子は誰を演じたいとかあるの……?」


「え……いや、私は強いて言うなら裏方のスタッフさんで準備がいいかな」


「はぁ……? そこまで具体的に言うんだから、演じたいんじゃないの? それこそ白雪姫とか」


「へ、変な事言わないでよ……!?」


 私が白雪姫だって……?

 そんなの有り得るわけがないっ。

 ちなみに本来のシナリオであれば白雪姫が逢沢紬(あいざわつむぎ)で、王子様を乙葉美月(おとわみつき)が演じる事になる。


「別に変じゃないし、やりたい事をやったらいいじゃない」


「いやいや、白雪姫が私は荷が重いというか、分不相応すぎだから」


 原作シナリオとかそういうの関係なしに、私の性格上そんなの無理すぎる。

 そんな大役を務める華も私にはない。


「あたしはそんな事ないと思うけど」


「私はあまりに華がないから厳しいよ……」


「じゃあ、柊子の言う華があってふさわしい人って誰なのよ?」


「え、誰って……」


 そりゃシナリオそのままなら逢沢さんの名前を出すのが正解なんだろうけど。

 “白雪姫にふさわしい華のある人”という質問をされたら、そんなの答えるのは一人しかない。


「冴姫みたいな人でしょ」


「……え、ちょっ」


 冴姫が言葉を失って、変な空気になってしまった。

 思った事を言い過ぎるのも、考え物かもしれない。




「ちなみにクレープだと柊子ちゃんはどんなのが作りたいのかなぁ?」


 冴姫の沈黙の間を縫うように、今度は颯花が質問をしてくる。


「いや、私は特に作りたいとかはないよ。出来れば売り子とかでいいかな」


 作るのは不器用だし、かと言って何も役割がないのもその自由に耐えられる自信がない。

 ほどよくずっと仕事があるのが理想だった。

 本当は何もやりたくないんだけど、何かしていないとイベントの空間に耐えられないぼっちの悲しい性だった。


「あれ、そうなんだ。てっきり柊子ちゃんが食べたいのかと思ってたのに……」


 すると気を落としてしまったのか、しゅんとしてしまう颯花。

 誤解を招いてしまっていた。


「あ、ちがうんだよ。クレープは好きだから食べたいとは思ってるんだけどね?」


「あ、やっぱりそうだよねぇ」


 笑顔を取り戻す颯花。

 よかったよかった……。


「ちなみに柊子ちゃんはどんな具材が好きなの?」


「私はクリームとイチゴが入ってれば満足かな」


 無難に美味しいよね。


「あー、美味しいよねぇ。……でも柊子ちゃんは作らないって事は、クラスメイトの誰かが作った物を食べさせてほしいんだー?」


 しかし、その結論に至った颯花の目が少しだけ鋭くなる。

 あ、なるほど……。

 私はクラスメイトの作った物を食べるのもご法度なんですねっ。

 勿論、そこまで深く考えていたわけじゃないんだけど、これに関しては私が軽率だったねっ。


「いや、そこは颯花に作って欲しいかなっ。颯花って料理上手だし絶対に美味しいに決まってるからねっ」


「……もう、柊子ちゃん、それは言い過ぎだってぇ。誰が作ってもそんなに変わらないよー」


 はにかみながら、ぱたぱたと手を振る颯花。

 良かった……何とか生暖かい温度を姉妹共に保つ事が出来た……。

 ほっと私は胸を撫でおろす。


「で、柊子は結局どっちがいいの?」


「それで、柊子ちゃんは結局どっちがいいのかなぁ?」


 と安堵したのも束の間、にじり寄って来る冴姫と颯花。


「え、えっと……」


 いや、結局選ばせるんだねっ。

 ……なんて事は口には出来ないんだけど。

 どうしても私に答えを引き出したい双美姉妹は、二者択一を選ばせようとしてくる。

 だけど、それは私には絶対に出来ない事でぇぇぇえ。




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