36 思ってたのと違う
朝、教室にて。
「……うむ」
体育祭、私はあのイベント穏便にを終える事が出来たと思っていた。
偶然のハプニングによる助けも大きかったけど、結果的には二大派閥の乙葉さんと星奈さんがペアを組んだ。
主人公の逢沢さんは一人になって困っているクラスメイトとペアになって手を差し伸べた。
私は冴姫と颯花とペアを組む事が出来た。
誰一人として不幸にならない物語を作り上げたと思っていた。
「だと思ってたのに、何だろうこの反応は……」
おかしい。
何がおかしいかと言うと、クラスメイトの誰とも目が合わない。
さっきから視線を反らされている。
被害妄想だと思われるかもしれないけど、明らかに私の存在は認識されている。
視線はあちこちから感じるし、ヒソヒソ話もされていると思う。
なのに、そちらを向くと視線を外されてしまうのだ。
「それじゃ柊子、また休み時間にね」
「じゃあね柊子ちゃん、今日も一日頑張ろうねぇ」
「あ、うん……またね」
そしてその空間に一緒にいるはずの双美姉妹はこの変化に何も気付いていなかった。
その理由は何となく分かってはいるんだけど……。
それよりも、この状況で一人残される事が心寂しかった。
何も出来ない私は二人の背中を見送る。
「えー、なにそれウケる……って、わっ、ごめんっ」
すると、周りの状況が見えていないクラスメイトが冴姫と肩をぶつけてしまっていた。
「って、あ、双美……」
それに気付いたクラスメイトはぶつかった相手が双美姉妹だと見るや否や顔を青ざめる。
恐らく何か良からぬ悪夢を連想しているのだろう。
「大丈夫よ、むしろそっちこそ怪我はない?」
「え、な、ないけど……」
「気を付けてねぇ、他の子で何かあったら大変だから」
「あ、う、うん……気を付ける……」
双美姉妹は悪態を一切つかず、むしろ朗らかな笑みすら浮かべながらクラスメイトの身を案じていた。
クラスメイトはあまりにいつも違う二人の反応に困惑すらしていた程だ。
そう……あの二人、今とってもご機嫌なのである。
ご機嫌すぎて、クラスメイトにも優しさを振り舞うくらいに。
それはとってもいい事ではある事には間違いないのだけど……。
「な、なんで双美姉妹あんな機嫌良さそうなの?」
「分かんないけど……逆に怖いんだけど」
双美姉妹の反応の変化に、クラスメイトは裏があるのではないかと疑っているようだった。
彼女達の優しさが浸透するのにはまだ時間が掛かりそうだ。
だけど、それはいい。
雪解けとは少しずつ進んで行くものだと思うから。
問題は、私への遠巻きな冷遇……。
双美姉妹の身を案じてきた私だけど、実はもう人の心配をしている場合ではないのかもしれない。
◇◇◇
「冷ややかな視線を感じる……ですって?」
休み時間、私は双美姉妹が席を外しているタイミングで乙葉さんに話しかける。
この悩みを相談するには双美姉妹には心配を掛けてしまうし、軋轢を生んでしまう可能性がある。
そこで“学級委員長”としての乙葉さんに頼る事にした。
「あ、はい……もしかしたらただの気のせいで被害妄想なのかもしれないですけど」
私の相談に、乙葉さんは腕を組んで口を引き結ぶ。
何を言っているのか謎の子だと思われているのだろうか。
“そんな事は有り得ない”と否定してくれるなら、それはそれで安心するんだけど。
「それは間違いないでしょうね」
「……ええ」
即肯定だった。
「何で相談して来た貴女が戸惑うのよ」
「いえ、すいません……淡い期待をしていたので……」
陰キャの被害妄想であって欲しかったのだけど、どうやらそういうわけでもないようだ……。
「心当たりはあるかしら?」
「いえ、それが全く……」
むしろ、絶好調だと思っていたのでギャップに苦しんですらいます。
私の察しの悪さに、乙葉さんは頭を振る。
「原因は体育祭での貴女の振る舞いよ」
「え、体育際での私は良い子だったと思うんですけど……」
「その認識のズレが今の結果を生んでいるのね」
ぐうの音も出ない。
確かに現在起きている事と私の認識には大きなズレが起きていた。
「な、何か良からぬ事をしてしまったのでしょうか……?」
「むしろ、貴女は良くやり過ぎたのよ」
「……はい?」
雲をつかむような話に、私は首を傾げる事しか出来なかった。
「客観的に整理させてもらうけど。貴女は犬猿の仲である私と星奈さんとでペアを組ませ、その……れ、恋愛、た、たいしょー……」
急に乙葉さんの呂律が回らなくなる。
恋愛話を人に話すのが恥ずかしいらしい。
でも私は彼女達の恋幕は一通り知っているので安心して欲しい。
「恋愛対象だね」
「わ、分かってるわよ。こほん……その対象である逢沢さんを私達から遠ざけた。そして当の本人である貴女は双美姉妹の二人とペアを組んだ。誰とも交わる事のなかったあの姉妹と」
乙葉さんが私の瞳を覗き込む。
「これって、二大派閥と呼ばれる二人の動きをコントロールしながら、白羽柊子自身は好き放題している……と客観的に捉える事は出来ないかしら」
「……!?」
雷鳴が私の頭の中で落ちる。
「……そう聞くと、何だか全員を私が手の平で転がしているようにも見えますね」
「その通りよ、少なくとも他のクラスメイトにとってはそう見えても仕方ない」
まさかの展開だった。
「何より貴女と双美姉妹が一緒にいる事で、彼女達の精神が安定し始めている事も問題に拍車を掛けているわ」
「え、それはいい事だと思ってたんですが……」
「双美姉妹にとってはそうかもしれないけど。クラス全体から見れば、貴女は双美姉妹を手中に納め、体育祭では私達を意のままに操った……という見方も出来てしまうという事よ」
まさか、私がそんな縦横無尽に好き勝手している人に見られているなんて。
どおりで視線を感じても、何も言われないはずだ。
そんな危ない人にはお近付きにはなりたくないもんね……。
「そもそも“二大派閥”とか言う誰かが勝手に言い始めた枠組みを、私は好んではいないのだけど……。それも今ではその形すら変わってしまったわ」
「え、そうなんですか……?」
おかしい。
二大派閥はヒロインである乙葉さんと星奈さんのどちらかが、主人公である逢沢さんと結ばれる事で雪解けを迎える。
まだまだ物語の最中である現段階ではこの関係性が変わる事はないはずなのだけど。
「貴女達よ」
「……はい?」
乙葉さんに指を差される。
「双美姉妹はどこにも属さないという“孤高の存在”という立ち位置だったけれど。貴女がその先頭を指揮する事で今では“三大派閥”と言われ始めているのよ」
「…………え?」
ご、語彙が失われていく。
私の登場がそんなに事態を混乱に陥れているだなんて……。
解釈のすれ違いがすごすぎる。
全然穏便に事は進んでいなかったっ。
「さらに付け加えておくと、私は貴女にあまり良い印象は持っていないわ」
「ひ、ひどいっ」
加えて乙葉さんからの拒絶までっ。
もう立ち直れないんじゃないかなっ。
「いえ、貴女が悪い人でない事は分かっているの。ただ双美姉妹と仲良くしているだけで、変な野心がないのも理解している」
「そ、それじゃ、なんで……」
「これは私怨よ」
より怖い単語が出てきたんですが。
「貴女は逢沢さんの寵愛を受けている……つまり恋敵という事よ」
その鋭い眼光は、確かに私に対する敵意を滲ませていた。
「い、いやいやっ、私はそんなつもりではっ」
「貴女にそのつもりがなくても、こちらにとってはそう映っているという事よ」
な、なんて事だ……。
三大派閥だけに飽き足らず、恋敵として乙葉さんに睨まれているなんて……。
「負けないわ、逢沢さんを貴女から必ず守って見せる」
「いえ、あの……私は本当に貴女達の恋路を応援しかしてないんですが……」
何をどう間違ったら状況がこんな明後日の方向に向いて行くんですか。
誰か教えてください。