35 おはよう
――ピピピピ
「……ん」
朝、スマホのアラーム音で目が覚める。
私は反射的にスマホを手に取って、アプリを止める。
今日は何だかよく眠れた気がする。
それはいつもより暖かい布団のぬくもりのせいかもしれない。
「冴姫、颯花……」
左右を交互に見ると、そこには天使の寝顔があった。
おかしい。
寝顔って普通はどんな人でも覚醒時よりはおブスになるはずだと思っていたのに、双美姉妹にそんな常識は通用しないらしい。
瞼を閉じた睫毛はふさふさで、小ぶりな口から聞こえてくる呼吸は小鳥のさえずりのようだった。
朝からポエミーすぎる自分が怖い。
それだけ二人の寝顔の可愛らしすぎるという事を分かって欲しい。
「しかも……二人で手を繋いでいるなんて……ぐふっ」
冴姫と颯花の手は繋がれていて、その繋ぎ目の中間地点として私のお腹の上に置かれていた。
この触られている安心感と、双美姉妹の尊さが合わさって私は朝から幸福に包まれてしまっていた。
「眼福……眼福……この幸せを噛み締めないと」
こんな安らかな眠り、最初で最後かもしれない。
私は出来るだけこの幸せを噛み締めようと、改めて双美姉妹を感じながら瞼を閉じた。
◇◇◇
「ちょっと颯花、なんで起こしてくれないのよっ」
「それを言うなら冴姫ちゃんだって、どーしてずっと眠ってたのかなぁ」
「……」
三十分後。
天国は地獄の様相に変わり果てていた。
単純に寝過ごして遅刻しそうなだけなんだけど。
私達はおかげさまで、朝の準備で大忙しとなっていた。
「だって仕方ないじゃない、昨夜は全然眠れなかったんだから」
「それならわたしだって全然眠れなかったんだよ」
「……」
そう、冴姫と颯花はそりゃもうすやすやとお眠りになっていた。
その眠りを邪魔できる者なんて何人たりといないだろう、うん、そうに決まっている。
「じゃあ、柊子は? 柊子が一番先に眠ってたけど、全然起きれなかったの?」
「まぁ、そうだとしても仕方ないけどね。きっと一番疲れてたのは柊子ちゃんなんだから」
「……え、あー、んー」
言えない。
アラームでしっかり起きたけど、二人の寝顔が天使すぎて二度寝しちゃいました。
なんて言えない。
そんなの変な人じゃん。
「そう言えば柊子、アラームをセットしてたわよね?」
「あ、そう言えばそうだったねぇ。止めたの、柊子ちゃん?」
――ギクッ
「……と、止めてた、みたいだね」
ま、まずい、勘づかれている……。
だけど、寝ぼけたままアラームを止めて記憶がありませんなんて誰もが一度は経験しているあるあるだ。
ここで記憶がない事に違和感を持つ人は誰もいないはず。
不注意で眠ってしまったという事にしてしまおう。
それが一番平和だよね。
「そうなんだ。アレだ、覚えてないやつね」
「あるよねぇ、気付かない内にアラーム止めちゃって二度寝しちゃうこと」
「……そ、そーそー、それそれ」
二人に嘘をついてしまっている自分が心苦しいけど。
これは致し方ない。
必ずしも真実を告げる事が幸せに繋がるとは限らない。
私の変人性を隠す事で二人にとって心の平穏が保たれるなら、私は喜んで嘘を吐こう。
「でも全然音に気づかなかった、本当にアラーム鳴ってた?」
「そうだねぇ。柊子ちゃんが止めたにしても、音が鳴ってたならわたし達も気付いて良かったはずなんだけどねぇ?」
「それはほら、私が速攻で止めたから」
二人の安眠を邪魔するわけにはいかない。
そんな深層心理が働いて、私に高速の目覚めを促したのだろう。
自分で言うのもなんだけど、アラームを止めるスピードの自己ベストを記録していたと思う。
「……柊子、覚えてるの?」
「……柊子ちゃん、それって自分の意識で止めてる口ぶりだよねぇ?」
「……あ」
やべ、二人への気遣いアピールがしたくて口走ったら整合性がとれなくなっていたた。
自分のアホすぎる頭脳を叩きたい。
「ねぇ、なんでそのタイミングで起こさないのよっ」
「そうだよぉ、しかもどうしてそこで二度寝するかなぁ」
「……そ、それには深いワケが」
二人が詰め寄って来る。
くっ……ちょっと怒られてる感じもまたいいなと思ってしまう私は歪んでいるのだろうか……。
何をどうあっても双美姉妹だとご褒美になってしまう私はもう頭がどうかしてしまっているのかもしれない。
「そもそも、それならそうと最初からちゃんと言いなさいよ」
「ほんとだよぉ、どうして隠そうとしたのかなぁ。別に二度寝くらいで怒ったりしないのに、そこを隠された事がショックだよぉ」
「そ、それはっ」
ま、まずい。
自業自得とは言え、二人の信用を失うのはツラい。
身から出た錆びだ……洗いざらい言うしかないだろう……。
「……いえ、あの、二人の寝顔があまりに天し……じゃなくて、可愛すぎて私も一緒に眠りたくなっちゃいまして……」
ああ、言葉にすると改めて頭おかしい奴だ、ほんとに。
こんな危険人物と一夜を共にしていたなんて知ったら二人とも恐怖に身の毛がよだつ事だろう。
これで最初で最後のお泊りになるのかもしれない。
悲しい。
「ちょっ……」
「んっ……」
「え?」
怒りの雷が落ちる覚悟で身構えていたが、落雷はなかった。
二人を見直すと、何だかモジモジとしながら二人とも顔を赤く染めている。
私が変人すぎて引いているのだろうか?
「ま、まぁ、そういう理由なら仕方ないんじゃないっ」
「そ、そうだねぇ、そういう理由なら許しちゃおっかなぁ」
「……お、おおっ」
きっと真実を告白した姿勢を評価してくれたのだろう。
私の罪は消せないけれど、その姿勢で許しを得たのだ。
優しい双美姉妹に感謝だなぁ。
「ちなみに、二人はどうして眠れなかったの?」
冴姫と颯花も、私と一緒のタイミングでベッドに入っている。
多少の誤差はあれど、寝過ごす程遅い時間ではなかったはずなんだけど……。
(え……どうする颯花?)
(んー……でも柊子ちゃんに本当の事言わせといて、わたし達だけ隠すのはズルいんじゃないかなぁ冴姫ちゃん?)
(そ、そうよね……じゃあ、仕方ないわよね)
(そ、そうだねぇ……気は進まないけど、言うしかないよね)
何だか二人がヒソヒソ話をしているが、話は決まったようだ。
そんな姉妹会議が必要なほど、重大な事だったのかな?
二人並んでこちらを見据えるので、私は正座で背を正した。
「柊子の寝顔を見てたからよっ」
「柊子ちゃんの寝顔を見てたら眠気来なくなっちゃってねぇ」
「……え」
これまた予想だにしてない理由だった。
「つまり柊子と同じ理由ってこと、その寝顔が可愛いなと思っちゃったのよ」
「ていう事でお互い様だから、今回は言いっこなしだねぇ」
「あ、はっ、はいっ、そうだねっ」
しかし、双美姉妹は私の寝顔を見て眠れなくて……。
私は双美姉妹の寝顔を見て寝すぎちゃって……。
方向性は違えど、理由が同じで。
「「「……」」」
三人共に赤くなってしまった私たちは、それ以上は何も言えなかった。